第3話 未来の自分を殴りたくなった

 俺達2人の所で世話になる?

 どういうことだ。


 明音も隣で怪訝そうにしている。


 そもそも俺はまだ完全に信じたわけでは無いんだけどな。

 いやまあほとんど信じてはいるんだけど。


「いきなりこんなこと言ってもあれだから、まずは2人の信用を得たいと思います」


 俺達の疑問を感じ取ったのか、真奈美がこう宣言した。


「手紙に何か書いてあったのね」


「うん。ええと確か、『君ははまだ俺のことを好きじゃ無いかもしれないしこれからも好いてくれるかは分からない。けど好きになって貰えるように努力はするし君と楽しい時間を過ごしたいんだ。だからこそ、俺と付き合ってくれませんか』だっけ?」


「ぐはっ」


「っ!? え、ちょっと柚希? 大丈夫、ではなさそうね」


「うん、ちょっとフラッシュバックした。しばらく立ち直れそうに無い」


 これは俺が明音に告白したときの言葉だ。

 こう言ったことに後悔は無いけど、改めて聞くと痛すぎる台詞。


 ……穴があったら入りたい。

 穴が無かったら引き籠もりたい。


「お父さんが絶大なダメージ負ってるけど。どう、信じて貰えた?」


「はい。信じます」


「私も、信じても良いかなって思うわ。手紙に今のが書いてあったのね」


 当然だけどこれは俺達以外誰も知らない。

 そもそもこんな恥ずかしいこと他人に言えるかよ!


 大体俺達が付き合っていることすら誰にも言っていないんだから。

 言ったら面倒な事になるのは目に見えているからな。


 だからこそ、これを知っているのは当人以外あり得ないんだ。

 手紙にもこの痛い台詞が記されていると思うと今すぐ燃やしたい。


 そう思っていたが、


「ううん? 手紙には『告白の台詞を言ったら信じるから。ついでに出会った経緯も話してしまいなさいな』ってお母さんの字で書いてあったよ」


「え、そうなの? だったらどうして俺がなんて告白したか知ってるんだ」


「どうして、ってそんなの散々2人から聞かされたからだよ?」


「もしかして、……私も?」


 明音が蒼白になりながら真奈美に問う。


「当たり前じゃん」


「う、嘘よ。私がそんなこと言うわけ……」


「むしろお父さんより嬉々として話してくれた、というか聞かされたよ?」


「未来の私が、そんなことを……。……ほ、本当に?」


 そんな未来の自分を想像したのか、明音は白から朱へと顔を染め、手で覆ってうずくまってしまう。


「あれだね。2人が付き合ってどれ位かは分からないけど、お母さんもう結構お父さんのこと好きだよね」


「う、うるさいわよ……」


「違うの?」


「ち、違わないけど……」


「クールぶってるけど、お母さんがお父さんにべた惚れなのは嫌って程見てきたからね? 友達には言えないような話聞く?」


「も、もうやだぁ」


 真奈美に詰められ、更に顔を赤くさせる明音。


 その姿には思わずぐっときてしまった。

 何せ明音がここまで羞恥にもだえるのは見たことが無い。


 付き合って2ヶ月しか経っていないけど、また新しい明音の姿を知れた。

 それと同時、明音が俺のことを好きになってくれていたようで、それがたまらなく嬉しかった。


「じゃあまあ続きだけど、出会った経緯だよね。2人は同じチェーン店のバイトをしていて、お父さんが別店舗で働いてるお母さんのお店にヘルプで行ったことがきっかけだったよね。これで合ってる?」


「ああ。合ってるけど、それも話していたのか?」


「そーだよ?」


「そーですか……」


 その後俺達2人しか知らないことを散々話されて、俺も明音も完全に信じてしまう。


 それにしても彼女との出会いから告白まで、何を娘に惚気てやがる未来の自分。

 今すぐぶん殴ってやりたい。


 だけどそのおかげで真奈実の事を信じられたから結果として良かったのか?


 その後しばらくして明音も復活して、これからどうするかという話しになった。


「立ち話も何だし、取り敢えず場所を変えましょうか。Joyf○llでも行く?」


「そうだな」


 ひとまず、近くのファミレスへと移動する。


 先程から明音がこちらを見てくれない気がするけど、気のせいか?


「なあ明音。もしかして怒ってる?」


「どうしてそうなるのよ。別に怒ってなんていないわ」


「それなら良いんだけど。……やっぱりさっきのこと?」


 未来の自分が真奈美に嬉々として惚気を話していたことは明音にとってはそこそこのダメージがあったようだ。


「まあ、それもあるけど」


「他にもあるのか」


「まあ、うん。…………好きよ、柚希。それだけ」


 突然の、明音からの愛の告白。

 付き合ってから初めてのことだ。


 あまりにも嬉しすぎて、考えるよりも先に明音のことを抱きしめていた。


「ちょ! ちょっと柚希!?」


「ごめん、つい」


「ついって……もう」


 諦めたかのように明音も抱き返してくれて、何というか、幸福感が物凄い。


 身長差もあり、こちらを見る明音は上目遣いになっている。

 その姿に思わずドキリとする。


 そのまま良い雰囲気でゆっくり顔が近づき、そして……


「もう完全にわたしの事忘れてるよね。っていうか何でわたしは両親のイチャコラを眺めないといけないのかな~。いやまあ昔から散々見てきてはいるんだけどさ、自分と同世代の両親が目の前でキスするのを見ていられるほどでは無いよね」


 横から待ったがかかる。


 折角の所を邪魔された不満はあるが、それを見られた事の恥ずかしさも大きい。


「い、いや別に真奈美の存在を忘れていたわけでは無いからな。ただ明音から言われたことが嬉しくてついハグをしてしまっただけで…………すみません」


「取り敢えず一旦離れようよ2人とも」


「え、ええ」

 

 真顔で、ジトッとこちらを見る目は呆れ色が強く出ているな。

 おそらくこれまでもこういう場面を散々見てきたんだろうなと、ふと思った。


 俺も明音も何だかいたたまれなくなっている。

 仕方ないとはいえ娘にこういう場面を見られるのは恥ずかしいな。


 この視線を物ともせずに2人の世界を作れる未来の俺達は凄いなと内心で尊敬した。


「まあいきなり現われたわたしが偉そうにあれこれ言う資格は無いんだけどさ、少なくとも外では控えた方が良いと思うよ?」


「むしろ今までした事無いから大丈夫だと思うわよ。今回だけ特別」


「そうそう、多分大丈夫。するなら家でするから安心しろって」


「……柚希?」


「あ、ええっと、明音が嫌ならしないから。そこは、安心して欲しいというか」


「別に嫌だなんて一言も言ってないわ」


「え、良いの?」


「これ以上言わせないでよ」


「やっぱり不安だ……外ではわたしが気をつけよ。それはそれとしてお母さん可愛いかよ。もう結構好きじゃなくて完全に好きじゃん!?」


「当たり前だ。明音が可愛くないわけ無いだろ」


「もうっ! さっさと行くわよ」


 羞恥に耐えかねたのか、明音は俺と真奈美の腕を引っ張り先へと進んだ。


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