第2話 母と娘、出会う
「それで? 説明してくれるわよね。これ、どういう状況?」
腕を組んだまま、ジトリと訝しむように視線を投げ続ける彼女の明音。
確かに今の状況は傍から見たら若い男女が道端でおかしな事をしている様に見えただろう。
大丈夫、当の本人も普通では無いことをしていた自覚はあります。
未知のAR機械に触れられたのはテンション上がったけど。
何はともあれ明音には何と説明しよう……
「あ、お母さんだ」
かと悩んでいると、件の少女が先に口を開いた。
「お母さん? 私が?」
「そーそー。あ、もう一度自己紹介した方が良いかな?」
困惑する明音を他所に、真奈美という少女は笑顔で堂々と言い放つ。
「オホンッ。では改めまして、わたしは杉本真奈美。30年ぐらい未来から来た、杉本柚希と杉本明音の娘です!」
改めてこう聞くとにわかには信じられないのだが、明音と真奈美が親子、というか血縁があると言われたら納得出来そうだ。
真奈美の腰上辺りまで伸びた黒髪に対し、明音は肩下までのボブカットという違いはあれど、その髪質はほぼ同じ様に見える。
2人共澄んだ夜のような黒髪に、顔立ちもどことなく共通点がある。
目元はぱっちりした二重だし、鼻の形とかよく見ると似ている。
姉妹と言われたら信じてしまうぐらいには。
何故今まで気が付かなかったのか不思議なぐらいだ。
それにしても『俺と明音の娘』か。つまり俺と明音は、将来結婚するということになるな。
そんな未来があったらさぞかし幸せなんだろう。
ただそれで完全に信じられるかどうかは別問題。
ましてや今来たばかりの明音がこんな突飛な話を信じるとは思えないけど。
普段から冷静沈着で、対応力もある。物事を冷静に見極められて、バイト中に明音がミスをしたところは見たことがない。
そんなクールで大人げな一面も、俺が彼女を好きになった所の1つだ。
「杉本明音…………。悪くないわね。仮に私が将来柚希と結婚する未来があるとして、」
そのクールで大人な彼女は、顎に指を置いて何やらブツブツと考え事を始める。
「あ、明音?」
「何?」
予想していた展開とは異なって少し戸惑い、思わず明音に声を掛ける。
「もしかして今の話信じてる?」
「いいえ、全然」
「え、じゃあ今のは」
「あれは単に語感が良かったからよ。未来なんてどうなるか分からないけど、もし柚希とそうなったら楽しそうって思っただけ。……なに笑ってるのよ」
「何でも無いって。嬉しいだけだから」
事も無げに言う彼女は俺の反応に不服らしい。
付き合っている彼女がそんな風に思ってくれて、嬉しくならない方がおかしいだろ。
……付き合って数ヶ月でこんなことを考えるなんて、もしかして俺達2人とも重いのかな?
「あ、でもこれで俺は悪くないって分かったよな。浮気とかそういう類いでは一切ないし、これからもしないから」
「ええ。それは信じるわ」
良かった、これで変な誤解はされなくて済みそう。
「えーっとぉ、早くもわたし蚊帳の外になってない? なってるよね。出来ればもう少し話を聞いて欲しいな~っていうかいい加減に信じてよ」
俺達が2人の世界にトリップして間もない頃、外野から待ったがかかる。
「寧ろ突然『娘です』と言われて信じる方が難しいんじゃないかしら?」
「む。まあそうかもしれないけど」
「あなたが未来から来たという証拠、私達の娘だという証拠が無ければ信じることは出来ないわよ」
「お母さんこういう時理詰めしてくるの昔からなんだ。ってそれは置いといて、じゃあ証拠見せるね。お父さんちょっとしゃがんで」
「え、ああうん」
明音の言葉に少女は俺からAR実装の機械を掴み取る。
そしてそのまま明音に手渡した。
「これはアルンって言う現代の携帯でね、AR機能が付いてるの」
そして明音が装置を取り付けたのを確認し、また操作を始めた。
「わっ! 景色が変わった。……映像では無いのね」
「ARだからね~」
おそらく写真でも見せたのだろう。
俺の時と似たような反応だ。まあ初めてあんなものを見たら普通驚くよな。
「こんな感じで写真は没入感が体験できるんだよ。他にも機能はあるんだけど回線弱いというかそもそもこれに対応してないから通信系は使えなさそうかな」
「思ったよりも凄かったわ」
「これが未来から来たって言う証拠。で、これが2人の子供っていう証拠ね」
「ん、これ? さっきみたいな写真じゃない。……もしかしてあれ私達?」
俺が見せられた家族写真だなきっと。
「そーだよ。この前観光ついでに、って言って2人が一人暮らしをしてるわたしの所に来たんだけどね。その時に撮ったの」
「一人暮らしって、ここでか?」
かく言う俺と明音も、地元を出てここ北陸で大学に通いながら一人暮らしをしている。
それはこの少女も同じみたいだ。
「うん。両親と同じ大学に入るなんて面白いよねー。運命かな? はい、これ学生証。もっと早くに見せれば良かったね」
デザインに多少の違いはあれど、確かに俺達が通う大学と同じものだ。
経済学部経営科 杉本真奈美 203X年9月5日生 205X年入学
学生証から読み取れるのはこれぐらいか。
いよいよ未来から来た、って言うのに信憑性が高まってきてしまった。
「何だか本当に未来から来た、って感じね。これが偽物ではなければ、だけど」
装置を取り外したらしい明音も同意のようだ。
まだ少し疑っているみたいだけど。
「だな。もうあと何かあれば完全に信じられそうだけど、他には無いのか?」
「あーそう言えばこの前お父さんとお母さんが来たときに『常に持っていなさい』って渡された物があったっけ」
「渡された物?」
「うん。確か鞄に入れてたはずなんだけどね~」
ごそごそと鞄の中を漁り、ようやく見つけたらしいそれは、茶色の封筒だった。
薄めだけど、大きさ的に札束が入っていそうな封筒だ。
「中には何が入っているんだ?」
「えーわかんない。『5月12日になるまでは空けるな』って言われたからまだ見てない。あと1月先の話だしね~」
1月先なら関係ないと思ったけど、何か引っかかった。
「え、でも5月12日って今日のことよね」
「ああ、ほんとだ」
そう、日付だ!
少女のいた未来では1月後の話かもしれないけど、今現代では今日が5月12日だ。
……これは偶然か?
未来の俺達が渡した物が今日、5月12日に空けろだなんて。
もしかして未来の俺達はこの事を知っていた、いや過去に経験したのだろうか。
俺が悩んでいる横で、少女はいそいそと袋を空けていた。
「空けて良いのか? もしかしたら今じゃ無いかもしれないのに」
「えー、もう考えるの面倒臭いからいいや。もし違ったら忘れるから。ええっと、中には何が入ってるのかな~。……ん? 何これ」
「ちょっと、それって……」
中には、まごう事なき1万円札の束。
10人の諭吉さんが集合していた。
「これってお金だよね? あ、あと紙が入ってる」
「だよねって、正真正銘の1万円札だろこれ」
「へー、これが? ……ああ! 旧札か」
「旧札って……今は諭吉さん現役だろ。もしかして30年先には流通してないのか」
「もうすぐ新紙幣に変わるわよ。渋沢栄一だったかしら」
疑問に思っていたところを明音が教えてくれる。
なるほど、確かにそんなニュースをやっていた気もする。
「まったく。最近500円玉も新しくなっているでしょう? 入金機がまだ対応していないから手持ちのものと交換して計上するって店長が言っていなかったかしら」
「ああ、言ってたな。何なら一昨日その新しいやつがあったな」
最近発行を始めたという新500円には、バイト先でのお金の保管機械が対応していない。
なのでもしその500円があったら手持ちのお金と交換して機械に入れるという手間が発生する。
とまあそんなことがあったが、俺はすっかりとそのことを忘れていた。
「じゃあ2人は栄一さん見たこと無いんだ」
「ええ。無いわね」
「じゃあこれも証明になるね。はい、これ。持ってて良かった~」
はい、と手渡されたがこれを見て、おお……とはならなかった。
新しい1万円と言っても素人の俺には具体的に何が違うとかよく分からない。
デザインが一新されたな、位の感想だ。
強いて言うなら手触りが違うかな? 程度だ。
そしてそれは明音も同じようで。
「確かに見たこと無いけど実感は無いわね。でもさすがにお金の偽装は出来ないわよね」
と納得してはいる様子。
「あと何か紙も入っていたよね。これ何だろう……って手紙だ。……ふーん、なるほどね~。滅茶苦茶イージーモードじゃん」
「何か分かったのか?」
「うん、分かったよ」
手紙を読み終えた少女、真奈美は俺達に向き直り、笑顔で一言。
「これから1年間、2人の所でお世話になります。よろしくね?」
「「はい?」」
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