第1話 娘が来た

「あの、お父さんですか?」


「は? お父さん? ……俺が?」


 コクり、と目の前の少女が首を振る。

 何を言われたのか、俺、杉本柚希すぎもとゆずきにはよく分からなかった。


 バイトを終えて家に帰っている途中、見知らぬ少女からこう声を掛けられた。

 大学生になって早1年と少し。様々な地域の人や変な人に会ったけど、ここまでおかしな事を言われたのは初めてだ。


「ええっと……? どちら様ですか? 君に『お父さん』と呼ばれる筋合いはありません。そもそも結婚すらしてませんが」


「まあそうなんだけどね。取り敢えず話を聞いてくれますかお父さん」


「お父さんじゃないんだけど……ってまあいいや。それで話って? 俺は君のことを知らないし初めて会うんだけど?」


 いや、正確には1度だけ見たことがあるな。

 今日のバイト中、俺の名札と顔を凝視していた人だ。

端からは俺がにらまれているように見えたかもしれない。

 その様子を見ていた先輩からは『杉本君あの美人さんと昔何かあったの? もしかして元カノ!?』なんてからかわれた。

 確かに目の前の少女は美人だと思うけど。


 腰上まで伸びた黒髪に端正な顔立ち。格好も清楚で、こんな美少女はそうそういないと思う。

 だからこそ、こんな美少女を見たら忘れるわけがないし、ましてや『お父さん』なんて言われる理由など皆目見当が付かない。


 少女は話を聞いてくれることに満足したのか、少しばかり表情が柔らかくなったような気がした。


「それでは改めまして。初めまして、お父さん。わたしの名前は杉本すぎもと真奈実まなみ。約30年後の未来から来た、あなたの娘です」


 なるほど…………。


 約30年後の未来の国からはるばると。

 自分の娘がやってきたって訳ね。


 いったいどこのドラ○もんかな?


 やっぱり聞かなきゃ良かったと後悔した。


 だって明らかに嘘だよな!? 普通詐欺か何かを疑うよ?

 だとしたら早く逃げないと。


「あー! 信じて無いでしょ」


 顔に出ていたのか、少女から突き詰められる。


「当たり前だ! 未来から来たとか信じられるか。そもそもたかだか30年でタイムマシンなんて出来るわけ無いからな。ドラ○もんですら100年後……90年後ぐらいか? とにかく大分先の話なんだぞ」


「確かにすぐ信じられたらそれはそれで頭大丈夫? ってなるけど」


「さてはあんた信じさせる気無いな? 詐欺ならもっと上手くやれよ。って事でじゃあな。俺この後用事あるから」


「待って待って! 違うから! 詐欺じゃないから。未来から来た証拠とかはあるから」


「証拠?」


 言われて彼女が取り出したのは、片耳だけのヘッドホンみたいな機械。

 なんだかオー○マーみたい、って思ったのは仕方が無いと思う。

 だって似てるんだもん。


「じゃーん。これはアルンって言うこの時代には無い携帯だよ」


「そのオーグ○ーみたいなのが? AR機能でも付いてんの?」


「お父さんも実は現代人とかそういうオチは無いよね? まあお父さんの言うとおりAR機能が付いているんだけどさ」


「俺は今2020年代を生きる2000年代生れの現代人ですが何か?」


「あ、そっか。ごめん現代って2050年代の事ね。ここ30年も昔だから」


 何だか今の時代を馬鹿にされたような気がする。

 昔の人を見る目でこっちを見ている彼女はきっと悪気は無いんだろうけど。


「まあ取り敢えず付けてみてよ。5Gだからネット関係は使えないけど写真とかはいけるよ」


「だから俺この後用事が」


「まあまあそう言わず。騙されたと思って」


「騙そうとしていたんじゃなかったっけ?」


「だから嘘じゃないんだって! ほらさっさと付ける」


 渋々その機械を受け取って頭にセットする。

 俺が取り付けたのを確認した彼女は、鞄からスマホのような機械を取り出し操作を始めた。

 と言うかあれ完全にスマホだよな?


 懐疑の視線を少女の手元に向けていると、突然目の端にアイコンらしきものが複数発生した。


「うわっ!? 何これ。えっ、凄。マジでAR?」


「色々出てきたでしょ。適当に触ってみて」


 見たことの無い景色に不覚にもテンションが上がってしまう。

 ひとまずカメラが描かれたアイコンに手を伸ばすと、ピコンという電子音と共にシャッターボタンが現われた。

 

 何の気なしに触れてみると、カシャッというシャッター音。


 え、これで写真撮れたの?


「見ていた景色がそのまま写真になるんだよ」


 疑問に思うのも束の間、隣から解説が入る。


「ズームとかどうすんだよ」


「視界の右端に虫眼鏡あるでしょ。それで調節」


「あ、ホントだ。……視界が拡大して気持ち悪いな」


「大丈夫、すぐ慣れるよー」


 ズームされ拡大された視界に酔いそうになるが、VR画面だと思えばそれ程苦でもないように感じる。

 しばらく目線を右左に動かして、夜の町並みに目を向けいく。

 周囲には住宅ばかりで見通しもそれ程良くはないのだが、だからこそ拡大された視界の中では非日常的に感じる。

 そんなこんなで未知のカメラをそこそこ堪能してしまった。


「どう? これでわたしが時を翔けてきた少女だって理解してもらえた?」


「まぁ確かにこれは凄い技術なんだろうけど、それだけで信じるってのもなぁ」


「むうう。昔のお父さんって疑り深いんだね」


「用心深いと言ってくれ。ただ用心深く無くても未来から来たとか普通信じないからな? というかホントにそろそろ帰りたいんだけど続きは明日以降じゃだめか」


 本当はこんな所で立ち止まっている訳にはいかない。

 なぜならこの後恋人が家に来るから。

 早く帰って準備しないといけないのに。


 何の準備かって?

 お泊りの準備だよ!!


「さっきから言ってる用事ってもしかしてお母さんとのデート?」


「君のお母さんが誰か知らないし何なら俺も父ではないんだけど、まあ今から彼女と会うんだよ」


「ふう〜ん。やっぱりお母さんじゃん。あ、見せたほうが早いよね。はい、これ」


 言うやいなや端末を操作したと思ったら、俺の視界が突然夜の住宅街から昼の草原へと切り替わった。


 そう言えばまだ例の機械頭に付けたままだったな。

 穏やかで陽気な陽が差し込むこの丘には、爽やかな風が吹抜けていくようで……ってマジで風吹いてるよ。

 5月とは思えないような乾いて冷たい穏やかな風。

 北欧辺りに吹いていそうな風だと勝手に偏見を持った。


 その風の向こう側、丘の上に並ぶ3人の人影が逆光の中に垣間見える。


「ん? 誰だあの3人。何だか全員見覚えが……」


 目をこらすと、1人はすぐに分かった。今の今まで俺の前にいた少女。

 3人いるうちの真ん中で、満面の笑みで指をフレミングにしてかざしている。


 最近の流行りはピースじゃなくてフレミングなのかと考えていると、もう1人の顔が判明した。


 俺の父親だ。

 いや、正確には違うな。


 父に比べてまったりしているというか、覇気が無い。

 まるで自分自身を大人にしたかのような…………。


 もしかして、これは俺か?

 『わたしの名前は杉本真奈美。あなたの娘です』という先程の言葉が脳裏に蘇る。


 それじゃあ、本当に未来から?


 だったら、真奈美という少女を挟んで反対にいる女性は。


「柚希? 何をしてるのこんな所で。今日は家に行く約束だったわよね。というか隣の女は誰よ」


 冷たい声音で後ろから声をかけられる。

 突き放すような感じに聞こえるからもう少し穏やかに喋りたい、とこの間愚痴っていた気がするけど、今日はいつにもまして冷え切った声ですな。

 まだまだ夜は肌寒い、5月の北陸よりも冷えていると思う。


 機械を外し振り返ると、そこには写真の女性をあどけなくさせた様な1人の少女。


 大きめの鞄を肩に掛け、腕を組んで目を細めている。

 俺の最愛の恋人、安城明音あんじょうあかねがそこにいた。



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