春にさよなら・中
「four🍀seasons」が結成されてから四年の月日が経った。おれたちは毎日、歌とダンスの練習をしていたが四人の息はなかなか合わない。歌がうまいのは断トツでハルだ。彼の透明感のある歌声はアイドルというよりソプラノ歌手のようで、通りすがりの練習生が立ち止まって聞いていくくらいだった。一方、踊りがうまいのはアキ。無駄のない動きで、俺を含め他の三人はついていくのがやっとだ。聞けば彼は元々ミュージカル俳優を志していたとかで、歌もダンスも自信があったらしい。
「歌も人目を引く力も、ハルには勝てないみたいだけどな」
自嘲気味に呟いたアキは足を放り出して座り、無邪気に歌の練習をするハルを見やる。隣にいたフユもため息をついた。
「今はまだ、ハルだけ変声期を迎えていないんだよね。声変わりしたら、チームの雰囲気はがらっと変わるよ。だから今の彼の歌声に合わせて練習する意味を感じないんだけど」
フユの言う通り、ハルは十二歳になった今も幼いころのままの声をしていた。同い年でありながら背が高かった俺は、一足先に変声期を迎えて高音が出なくなってしまった。むろん、おれより年上のアキとフユはとっくの昔にそれを経験しているのだろう。
とはいえ、フユの発言はハルに対してあまりにも否定的過ぎた。何か言い返そうと思って口を開きかけた時、ハルがおれたちのほうに向かって走ってきた。
「みんな、お待たせ! ちょっともう一回、合わせてみない? 今度はさっきよりもうまく歌える気がするんだ」
ハルの提案を断るという選択肢はない。立ち上がりかけたおれのTシャツを、アキが引っ張った。
「なあハル、お前いつまでその声でいるつもりだ」
「え?」
無邪気な雰囲気で首をかしげるハルに、アキは語気を強めた。
「俺たちの売りは繊細なダンスとハーモニーだ。ハルだけそんな声じゃ、チームとして浮きすぎる。せめてもうちょっと俺たちに合わせる努力をしろよ。お前だけ目立ってたって、チームにならないんだよ」
「ご、ごめん……」
ハルは泣きそうな声で下を向く。しかし本人の声変わりがいつ始まるかなんて、誰にもわからない。ハルのせいじゃない。そう言いかけた時にフユも口を開いた。
「そうだよ。泣き落としはマネージャーには通じるかもしれないけれど、僕らには通じないから。かわい子ぶる相手、間違えないでよね」
「そんなつもりじゃ……」
かわい子ぶっているんじゃなくて、本当に素なのだ。ハルはますますうつむいてしまう。隣でフユが大げさにため息をついた。
「ま、ハルが声変わりをするまでの辛抱とはいえさ? 待っている方の身にもなってよね。“ハモリパート、どうせ今練習している通りにはいかないんだろうな”って思いながら歌ってたらさ、やる気なくなるよ。それでいてハル本人はのんきにしてるし。僕の同期はもうデビューしてる人もいるっていうのに。あんた、もうちょっと周りをイライラさせてるって自覚した方がいいよ」
勝手なことだけ告げたフユは立ち上がり、アキと共に出口へ向かっていく。
「今日は練習する気、無くなったわ。あとはナツと仲良くやったら? ナツはハルのうざったい感じに付き合えるんでしょう?」
「そんな言い方……!」
「じゃあな、お二人さん。もっとも、マネージャーが期待しているのはハルだけみたいだけどな」
言い返そうとした俺の言葉をアキが遮り、さっさと練習室を出て行ってしまった。残されたおれは泣きそうなハルと向かい合った状態で、なんと声をかけたらいいのか頭を巡らせる。
「やっぱり、ぼく、他の人と仲良くなるのは難しいみたいだ。……このままじゃずっと、ひとりぼっちだよ」
「ハルは悪くない」
ぽつんと呟いたハルの言葉を否定したくて、俺は彼の両肩をつかんだ。
「アキとフユは、年下のハルのほうが歌がうまいのが気に入らないだけだ。ハルが声変わりをして、皆でコーラスが揃うようになったらきっと、二人も納得してくれる」
「それっていつ? なんでぼくだけ声が変わらないの? やっぱり背が低いから? どうしたら背が伸びるの? 教えてよ、ナツ!」
ハルはくしゃくしゃな顔をおれに向けた。おれは返す言葉が見つからなくて黙り込む。中性的な美しさを保っているハルに、いつになったら二次性徴が訪れるのかはまったくわからなかった。何となく、彼はこのまま大人になってしまうんじゃないかという気さえしていた。でもそんなことを言ったら、ハルはますます心を閉ざしてしまうだろう。答えを探して視線をさまよわせていると、彼が右手を伸ばして、おれが肩をつかんでいる左手の袖を引っ張った。
「ねぇ、ナツはいなくならない? ぼく、ひとりぼっちにならない?」
「ああ。おれはずっと、ハルの味方だ」
それだけは迷わず答えられる。おれはハルを裏切るなんてこれっぽちも考えられないし、アキ・フユとハル、どちらの味方につくかと問われたら迷わず後者だと言える。きっぱりとしたおれの返答に安心したのか、ハルは少しだけ微笑みを浮かべてくれた。
「ありがとう。……だったらぼく、もうちょっとだけ頑張れる」
「ああ。一緒に頑張ろう」
おれとハルはお互いの目を見つめて、しっかりと頷きあった。
🍀 🍀 🍀 🍀
十四歳になっても、ハルは声変わりをしなかった。男子の変声期は、遅い人は十七歳くらいになることもあると保健の教科書で読んだから、ハルもそのタイプなのかもしれない。アキとフユの苛立ちは日に日に増してきて、四人で合唱をするパートになると決まってハルを睨みつけるようになった。ハルはそのたびに申し訳なさそうに目を伏せていたけれど、どうしようもないことだ。時間が解決してくれる。おれは必死にハルにそう言い聞かせて――自分に言い聞かせている面もなかったとはいえない――練習をこなしていた。
いつもはハルとほぼ同時にレッスンスタジオに到着するのだが、その日はおれだけ遅くなってしまった。いくら学校で交友関係を築いていないとはいえ、日直の仕事をさぼるわけにはいかない。スタジオの扉を開けた瞬間、アキの怒鳴り声が耳に飛び込んできた。
「やっぱり『four🍀seasons』は、お前ありきで作られてたんだよ! これではっきりしたな。俺たちはハルを引き立てるための添え物に過ぎなかったんだって」
「あーあ。せっかくデビューできるんだと思ってたんだけど。結局プロデューサーが欲しかったのはハルだけだったんだ」
馬鹿にしたようなフユの声も聞こえてくる。ただ事ではなさそうな雰囲気に、おれは歩みを速めた。
「おい、なんか言えよ! お前がそういう態度だから、余計にイラつくんだよっ!」
「アキ、よせよ」
「フユ、お前もイラついてんだろ? いい加減お友達ごっこはやめにしようぜ。オラッ」
おれが少しだけ開いていた練習室の扉を全開にしたのと、アキがハルの胸倉をつかんでいた状態で蹴り上げたのがほぼ同時だった。
「おい、何してるんだよ、やめろよ!」
急いでおれは駆けよるが、アキに鋭く睨まれて足がすくんだ。
「ナツ、こいつをかばっていたお前も同罪だ」
「あの話をナツは知らないから、まだかばっていられるんだよ」
「そうだな。フユ。教えてやれ。俺はこいつの顔を使い物にしてやらなくしてやるからな」
アキが胸倉をつかんでいない方の手を振り上げたのを、おれは必死に飛びついて止めた。
「止めるなよ。さっきマネージャーが話しているのを聞いたんだ。ハルを『four🍀seasons』としてではなく、単体でデビューさせる計画があるんだとよ。曰く、俺たち三人とハルでは才能の差がありすぎるからってな。結局俺たちはハルのお飾り、いやそれですらなかったわけだ。こんなことがあってたまるかよ。俺はデビューできるって聞いて、六年も練習に付き合ってやったのによ!」
鋭く手を振ったアキは力強く、おれは振り落とされた。そのすきにもう一度ハルに向けて張り手を飛ばそうとする。おれの視界の先で、ハルが目をつむるのが見えた。アキの手がスローモーションで動いている。
「おい、アキ、やめろ」
次の瞬間、俺たち四人は動きを止めて入口の方を見た。そこには鬼の形相をしたマネージャーが立っていた。
「アキ、一刻も早くハルを離せ。そうしなければ即刻、退所してもらう。ハル以外の三人は事務室に来てもらおうか」
物心つくかつかないかのころからおれたちを見守ってくれていたマネージャーには、誰も逆らえない。おれたちは皆一言も発しないまま、肩を怒らせたマネージャーの後ろをついていった。
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