番外編:変遷 ⑥
「……、ジョアンナ?」
クラウディアの声掛けにハッと顔を上げると、目の前には心配そうに眉尻を下げる主の顔が広がった。
「も、申し訳ありません」
ぼんやりしていて主の言葉を聞き逃すなんてジョアンナには有り得ない失態だ。顔を青くしながら頭を下げるとクラウディアは首を振った。
「謝らなくていいの。最近具合が悪そうだけど無理していないかしら?」
「いえ、そんなことは……」
ジョアンナはまた頭を下げる。体調を崩している訳では無いので余計に罪悪感が膨らんでいく。彼と一夜を共にした三日前からジョアンナはいつも通りに仕事をこなすことが出来なくなっていた。
一瞬でも気を抜くと、あの夜のことを、彼の熱を、思い出してしまう。頭頂から足の先まで隈無く触れられ、獰猛な瞳で捉えられ、甘い声で名を呼ばれることがこれほど胸を締め付けることだとジョアンナは思い知らされた。
「ジョアンナがぼんやりしてるなんて初めてでしょう?サムなら偶にあるけれど」
顔を青くしているジョアンナの為に、クラウディアはクスクスと笑いながら冗談めかしてそう言った。だが彼の名前を聞いた、ただそれだけで頭が沸くように熱くなった。
「え……ジョアンナ?貴女、もしかして熱があるんじゃない?」
クラウディアは顔を青くしてジョアンナの両手を握る。主の勘違いを訂正する言葉が見つからず、ジョアンナは視線を彷徨わせた。
◇◇◇◇
「ジョアンナさん!」
ジョアンナの調子を崩した元凶が使用人控室に飛び込んで来た。汗を滲ませて息を切らしている。相当慌ててこちらに来たのだろう。二人きりには極力なりたくないと思っていたというのに。
「クラウディア様にジョアンナさんが体調崩したって聞いて……」
心配したクラウディアはジョアンナに有無言わさず今すぐ帰るよう告げた。いつも優しく穏やかな彼女だが、流石元王太子妃候補と言うべきか、珍しくキッパリと命じるとジョアンナがいくら体調不良では無いと主張しても曲げなかった。
「……大丈夫ですか?もしかして、この前……」
無理させてしまいましたか、と耳元で囁かれ手を握られる。ジョアンナはパシリと手を振り払うとサムを睨んだ。
「……この前のことは二度と口にしないで」
あの夜を、あの熱を、思い出したくない。愛されたいと、触れて欲しいと、そう思うだけでこんなにも息苦しくなるなんて知りたくも無かった。
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