番外編:変遷 ④
「お邪魔します」
嬉しそうに笑顔を浮かべるサムがジョアンナの部屋に訪れたのは、あの日から暫く経った後だった。というのもあの後、テオドールとクラウディアが王城へ行きとんでもない提案をされたり、二人の結婚準備が漸く始まったりと邸内が一気に騒々しくなってしまったからだ。結婚式はまだ先だが、準備も少し落ち着いてきた今、ジョアンナはサムとの約束を果たすことにした。
「……お茶でも飲む?」
声が、手が、震えないようにと、ジョアンナは身体中に力を込める。サムが「お願いします」といつものようにへにゃりと笑えば、ジョアンナの緊張は僅かに緩んだ。ジョアンナが淹れた何の変哲もないお茶を「美味しい」と幸せそうに口にするサムへジョアンナはどう答えたらよいのかたじろいでしまう。
だがサムは、テオドールやクラウディアを話題に上げ、張り詰めていた部屋の空気がまるで職場の休憩中のように楽しい雰囲気へと変わった。
(そう、こんな風にサムはいつも助けてくれていた)
自分にも他人にも厳しいジョアンナは、他の使用人たちから誤解を受けてしまうことがある。ジョアンナは仕事を全うできるのであればそれで良いと考えているが、それでもサムが空気を和らげてくれる瞬間は嫌では無かった。
「……ジョアンナさん」
急にサムの眼差しが真剣なものに変わり、ジョアンナは身体を硬直させた。
「ジョアンナさん緊張しているみたいだし、今日じゃなくて別の日に……」
「だ、駄目よ!」
延期してしまえば、次に二人の時間が合うのは随分先になる。その間、ずっとこのことばかり考えていたらきっと心臓が持たないだろう。するのであればさっさと終わらせてほしい。
「だけど……」
立ち上がったサムは椅子に座っているジョアンナの後ろから優しく抱き締めた。彼の熱を感じるだけで、鼓動が煩くなる。
「……一度始めたら、『止めて』って言っても止めてあげられませんよ」
耳元で囁かれ、身体中の熱が耳に集まったかのように熱を帯びた。「やっぱり駄目」と口を開こうとしても、上手く言葉が出てこない。「いいんですか?」という彼の問いに、いつの間にか小さく頷いていた。
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