番外編:変遷 ②
「はぁぁぁ……」
その日、業務を終え自宅のアパートに帰ったジョアンナはそのままベッドに倒れ込み大きく溜め息を吐いた。
「断れなかった……」
サムの突拍子もないお願いに、ジョアンナは言葉を尽くして断ろうと奮闘した。
『経験がないことを気にしなくていい』
先程の言葉は経験がないことを揶揄するつもりはなく、まどろっこしい主を糾弾するために選んだ言葉だ。経験がないこと自体が悪いとは一つも思っていない。
『あなたはきっとすぐ素敵な恋人ができるから慌てなくてもいい』
サムはジョアンナよりずっと若いし、公爵家に勤めているエリートだ。その気になって探せばすぐ恋人は見つかるだろう。
『あなたと私では年が違い過ぎている』
サムはまだ二十歳そこそこだ。ジョアンナは彼の十以上年上なのだ。わざわざ年増の自分を相手にする必要はない。
だが、サムはジョアンナのどの言葉にも頷くことは無かった。サムがあまりに頑ななのでジョアンナは彼の要求を呑むしかなかった。
「どうせ結婚もしないしね」
ベッドの上でぽつりと呟いた。この国では二十歳前後で結婚するのが一般的だ。三十を過ぎている自分の結婚は絶望的だと思うし、それに対して悲観的な思いは無い。死ぬまでテオドールとクラウディアに仕えたいと思っている。
結婚の予定は皆無なので純潔を守る必要もない。一度くらい、男女の営みを経験することはそう悪いことではないのではと考え、ジョアンナは最終的にサムへ頷いた。
「―――っ」
そこまで思い出して、ジョアンナは慌てて布団を頭まで被った。顔が熱くて落ち着かない。
……ごちゃごちゃと理由を付けているが、本当はサムに優しく重ねられた手を振り払えなかっただけだ。ジョアンナが頷いた時、サムはいつもの子どものように屈託のない笑顔を見せて「ずっと憧れていたから嬉しい」とジョアンナを抱き締めた。一夜を共にする相手へのリップサービスのようなものだ。それなのにジョアンナは苦しくてほんの少しだけ嬉しくて、熱いものが胸に詰まった。
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