番外編:変遷 ①
※注意※
こちらの番外編はR-15とさせていただきます。直接的な表現はありませんが、苦手な方はご注意ください。
◇◇◇◇
(しまった……。誤解させてしまったわ)
ジョアンナは慌ててサムを追った。公爵家に勤め始めた頃から、彼は少々早とちりなところがあった。そういうところが憎めないと他の使用人たちから可愛がられてはいるのだが。
『これだから童貞は……』
ジョアンナが先程吐き捨てた言葉は、あの奥手すぎる主に向けたものだった。だがサムは自分に言われたものだと思い込み逃げ出してしまった。目にいっぱい涙を溜めた彼の顔は、随分長いこと見ていなかった。
(サムが落ち込んだ時に行く場所は……)
もうサムの姿は見えないがジョアンナの足取りに迷いはない。使用人用の出入口から外に出て、少し歩くと物置にたどり着く。その裏に回ると、小さくなってしくしくと泣いているサムを見つけた。ジョアンナはサムの隣にしゃがみ込む。
「サム、ごめんなさい」
「……ジョアンナさん?」
サムは顔を上げずに尋ねた。その声は震えていた。
「サム、先程の言葉はあなたへ言った訳ではないの。あれは旦那様に向けて言ったの……それでも良くない言葉だったわ、ごめんなさい」
「……そう、だったのですね」
サムは絞り出すように答えた。だが涙は止まらないようで顔を上げようとしない。
「サム……」
「すみません、また早とちりして」
悲しそうな声色にジョアンナはすっかり困ってしまった。なかなか止まらない涙を見ていると、自分の言葉のせいで彼を想像以上に傷つけてしまったと苛まれた。
「いいえ。私が誤解させるような言い方をしたの、ごめんなさい」
サムは漸く顔を上げ、ふるふると首を振った。子どものようなその素振りから、ジョアンナは彼に貸そうと手にしていたハンカチでそのまま彼の涙を拭った。サムはピクリと身体を硬直させたが、嫌がることなく涙を拭かせてくれた。
「……違うんです。俺、情けなくて」
「情けない?」
「この年で経験がないのも、それをうじうじ気にしていることも。それで泣いてしまったことも」
ジョアンナの心は申し訳なさでいっぱいになった。先程の自分の言葉は、経験の有無で人を判断しているようなものだ。大体、自分だって経験もないのだ。それで他人から同じようなことを言われたら不快に思うだろう。
「サム……ごめんなさい。私、あなたを傷付けることを言ってしまって……どうしたら……」
「……ジョアンナさん、俺のこと慰めてくれますか?」
「え、ええ、勿論!サムが元気になるなら何でもするわ!」
サムは漸く笑った。それはいつものあどけない笑顔ではない。
「俺、童貞を卒業するならジョアンナさんとが良いんです」
あんなに子どもみたいだとずっと思っていたのに、目の前にいるサムは知らない男の人のようだった。
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