第35話



「ジョアンナさん、やりましたねっ!」



「いえ……まだです。」



「えっ?!」



 ドアの隙間から、テオドールとクラウディアが甘い時間を過ごす様子を覗き見るジョアンナとサムの二人はこそこそと話していた。




「何故唇へ口づけしないのですか!」



「そ、それは……お二人ともまだ気持ちが通われたばかりですし、焦らなくても良いのでは?ほ、ほら、お二人とも十分過ぎる程、幸せそうですよ!」




「チッ、これだから童貞は……。」



 ジョアンナの言葉はテオドールに向けたものだったが、サムの目にはたちまち涙が溜まっていった。その言葉はサムの心にぐさりと深く刺さったのだ。




「ごっ、ごめんなさい~~っ!!」



「え?ちょっと!サム?!」



 これ以上言われたら堪らないと、サムは駆け出した。ジョアンナは一瞬ぽかんとした後で誤解に気付き、慌ててサムを追った。有能な侍女ジョアンナがサムを慰めるのに随分と長い時間掛かったことは二人しか知らない。





◇◇◇◇



 王城へ行く当日。


「このドレス、どうされたのですか?」



 テオドールの家に来てから動きやすいワンピースやズボンスタイルの服ばかり着ていたクラウディアは今まで気付いていなかったが、衣装室にはクラウディア用にと作られたドレスが所狭しと並べられていた。



 しかも、レジナルドの婚約者として王城へ出入りしていた頃に着ていた物の何倍も上質で最先端のデザインばかりだ……レジナルドがドレスを碌に贈らなかったり、クラウディア自身が王城で着飾りたいとは思わなくなったことも要因だが。



「以前から旦那様が準備されていたのですよ。」



「テオドール様が……。」



 クラウディアは目を丸くし頬を染め喜んだ。そんなクラウディアを見てジョアンナは小さく息を吐いた。ここにあるドレスの殆どがテオドールの瞳の色であるライムグリーン色のドレスだ。勿論デザインは多様にあるが。「誰が見ても自分の婚約者だと分かるように」という独占欲丸出しのオーダーから作られたドレスをクラウディアは嫌がる様子もない。



「今日は戦ですからね。武装して参りましょう。」



 数あるドレスの中でも最上級のものを選び、ヘアセットもメイクもジョアンナや他の侍女達が腕まくりして完成させた。元々美しいクラウディアだが、レジナルドにこき使われていたあの頃とは全く違う、神々しい極上の美女となった。




「テオドールさま……。」



 気恥ずかしそうに現れたクラウディアを見て、テオドールもまた落ち着かないように視線を彷徨わせた。



「沢山の素敵なドレスをありがとうございます。」




「いや……。」




「ジョアンナ達が着飾ってくれたのです……これならテオドール様の隣に立てるでしょうか。」



 年齢差にコンプレックスを抱えていたのはテオドールだけでは無い。クラウディアもまた、テオドールの隣に相応しいのか思い悩むことも多かった。クラウディアの言葉にテオドールは面喰らった後、クラウディアの手を優しく包んだ。



「どんな服を着ていても隣にいて欲しい。」



「でも……。」



「それに……クラウディア以外に隣に立って欲しいとは思わない。」



 クラウディアが嬉しそうに「テオドールさま……。」と呟き、へにゃりと緩んだ笑顔を見せた。愛らしい婚約者の顔を曇らせはしないと改めて決意し、テオドールはクラウディアと共に王城へと向かう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る