第34話


 数日後。



「旦那様……!」



 顔を青くしてテオドールの私室に飛び込んで来たサムに、ジョアンナは「騒がしいですよ。」と一喝した。サムは謝りながらも、わたわたと一通の手紙をテオドールに差し出した。




「王家からこれが……。」



「王家から?」


 その封筒には重要文書であることが大きく示されていた。テオドールは随分昔に王位継承権を放棄しており、王家から来る手紙や文書は夜会の案内か公爵家の執務に関する物だけだ。そして、このように重要文書であると示された物が届くことは無かった。




 封を切り、内容を読んだテオドールは眉間に皺を寄せ、不機嫌さを隠そうとはしなかった。



「旦那様?」



 サムが気遣わしげに尋ねるとテオドールはハッと我に返り、そして大きく溜め息を吐いた。



「……クラウディアを呼んでくれ。」



 ジョアンナは小さく頷くとすぐ退室しクラウディアの部屋へと向かい彼女を連れて戻った。



「何かありましたか……?」



 テオドールのただならぬ雰囲気に呑まれ、クラウディアがおずおずと尋ねる。テオドールは眉間の皺を緩め「不安にさせてすまない。」と言い、先程の封筒を見せた。



「……私が読んでも宜しいのでしょうか。」



 封筒を見ただけで王家からの不穏な手紙だと気付いたクラウディアはテオドールを窺うように、そう尋ねた。



「ああ……俺宛になっているが、中身はクラウディアの事なんだ。」



「えっ……。」



 クラウディアが顔に不安の色を浮かべながら内容を確認すると、そこには『登城命令』という文字の下にクラウディアの名前だけが記されていた。




「どういうことでしょうか。」



「分からない。だが、嫌な予感がする。クラウディア一人だけという点が余計に気になる。」



「はい。」



 国王の兄であるテオドールの婚約者クラウディアを呼ぶのに、テオドールの名が記されていないのは明らかに可笑しい。



「もしかしたら、王太子の……。」



 クラウディアの元婚約者レジナルド王太子の嫌がらせなのかもしれない。テオドールの意見にクラウディアも同意した。



「クラウディアを一人で行かせはしない。」



「で、ですが……。」



「こんな紙切れに負けたりはしない。愛する婚約者に何をするか分からない場所へ一人でなんか行かせられない。」



 テオドールの笑顔を見ると、先程まで感じていた不安が嘘のように収まりクラウディアは安心感に包まれた。






『今です!ほら、口づけを!早く!!』


『旦那様!頑張れ~!!』



 クラウディアの後ろでジョアンナとサムが巫山戯た言葉を書いた紙を見せてくるが、テオドールは目を逸らし見なかったことにした。



 すると自分の身体にふわりと温かいものが触れた。



「ク、クラウディア?」



「テオドール、さま……。」



 意を決してテオドールの胸に飛び込んで来たクラウディアにたじたじになりながらも、テオドールは優しく抱き締めた。




 視界の端ではジョアンナとサムが大きくガッツポーズをした後、そそくさと静かに退室した様子が見えた。



「……ディア、もう少しだけ触れても?」




 テオドールの問いに頸まで赤く染めたクラウディアが小さく頷いた。クラウディアの額に、頬に、頂に、テオドールの熱すぎる唇が触れた。




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