第30話


「いっ、いっ、いらっしゃいませ!」



 いつもの高価なオーダーメイドのドレスではなく、平民がよく着ている既製品のワンピースを身に着けクラウディアは拳を握りしめ通りすがりの人たちに声を掛ける。ジョアンナの手腕により、メイクも服装も平民らしいものにバッチリ仕上がっているが、クラウディアの隠しきれない美貌に街の人々は興味半分、戸惑い半分といった様子でなかなか近付かない。




 テオドールから外出の提案をされたクラウディアは、二人が初めて出逢ったテオドールが作った木箱や雑貨を売っている屋台に行きたいと強請った。てっきり街や屋台の様子を見たいという意味だと捉えたテオドールだったが、実際は屋台に立ちたいという公爵令嬢らしからぬ願いに、テオドールは驚きつつも嬉しく思った。クラウディアが、やりたいことを少しずつ表現できるようになってきたからだ。




「なかなかお客さん来ませんね。」



 しょんぼりと肩を落とすクラウディアの頭をテオドールは優しく撫でた。



「元々客は殆ど来ないんだ。商売というよりは趣味のようなものだから。」



 テオドールの店に並んでいる物は、材料費分しか取っていない。利益を求めていないので、どこかに寄贈したりバザーに出すことも出来るのだが、街中の屋台での客との関わりをテオドールは好んでいた。



「クラウディアがあまりに可愛いから、街の人間は緊張しているんだろう。」



「そんなこと……!」


 クラウディアは首を振るが、テオドールは慣れたら近づいてくるさ、と笑った。そんな会話をしているとテトテトと小さな女の子が近付いてきた。




「おねーちゃん。これ、このおかねでかえる?」



 女の子が握りしめていたコインはちょうど木箱の金額だった。



「え、ええ。大丈夫よ。」



「じゃあ、これ!」



 女の子が指さしたのはクラウディアが作った木箱だった。



「これ、かわいいね!おかあさんのおたんじょうびにあげたいの。」



「あ、ありがとう。」



 女の子の言葉に感動しているクラウディアに、テオドールはそっとリボンを渡す。クラウディアが四苦八苦しながらリボンを飾り付けると、女の子は「かわいい!ありがと、おねーちゃん!」と去って行った。



「よかったな。」



「……っ!はいっ!」



 花が綻ぶような笑顔を見て、テオドールは連れて来てよかったと笑みを零した。


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