第31話



 それからクラウディアは定期的にテオドールの屋台に立つようになった。また、テオドールが治める公爵領の孤児院や治療院を回り、自ら手伝い、また必要な体制作りや物資の供給を始めた。勿論テオドールも一緒に。



 元々クラウディアにゆっくり過ごして欲しいと願うテオドールは、忙しくし始めたクラウディアを心配していた。だがクラウディアは真っ直ぐにテオドールを見つめると神妙に話し始めた。




「私、後悔しているんです。」



「後悔?」



 クラウディアは頷いた。自分がレジナルドの婚約者だった頃、王宮の中でしか仕事をしておらず民の暮らしを見ることは無かった。あの頃、民の暮らしをこの目で見て肌で感じていれば人々の為になることが何かしら出来ただろう。少なくとも今よりもっと沢山の人を助けられた筈だ。




「私が今、出来ることをしたいのです。」



「クラウディア。」



 テオドールは、後悔する必要はないと彼女に諭した。民と触れ合う時間など取れないほどクラウディアを酷使していたのは、レジナルドと国王夫妻だ。クラウディアが思い悩む必要は全く無いと伝えた上で、テオドールは優しく微笑んだ。




「クラウディアがしたいことは勿論して欲しいし、俺も一緒にしたい。ただ無理はしないで欲しい……もう二度とあんな青い顔をさせたくないんだ。」



「……っ、はいっ!」



 テオドールはいつだってクラウディアを心配し、クラウディアの意向を大切にしてくれる。それは普通であれば、幼少期から家庭で経験することだろう。だがその経験が一切無いクラウディアにとって、それは得難い大切なものだった。



「あと、クラウディアには味方がいるだろう。」




「味方?」



 クラウディアが考える自身の味方は、テオドールと、サムやジョアンナ、テオドールに仕える使用人達だ。そう伝えるとテオドールは嬉しそうに頷き「家の者は勿論クラウディアの味方だ。だがもう一人いるだろう?」と尋ねた。



「えっと……。」



「アネット嬢だよ。」



「あ!」



 レジナルドの婚約者となったアネットとはあれからも定期的に会っている。表向きは、アネットがクラウディアの婚約者レジナルドを奪った形となっているのでアネットは毎回変装してクラウディアの元に訪れる。



 以前訪れた時の侍女姿だけでなく、ある時は王宮の文官服、またある時は女騎士、と毎回クラウディアを驚かせる。そうするとアネットは満足そうに笑うのだ。


 アネットは、これまで王太子妃教育と公務ばかりだったクラウディアに出来た初めての友人だ。




「アネット嬢なら、クラウディアが必要とする政策を提案し遂行する立場にある。」



「で、ですが、お忙しいアネット様に……。」



「なに、レジナルドが働くようになったと言っていただろう。多少の時間は取れるさ。」



 そう、あの怠け者の王太子は婚約者の手腕により公務の三割程を担うようになったらしい。「三割?」と思われるかもしれないが、これは歴史的快挙だと国王夫妻も王宮文官達も皆が感じていることだ。



 しかし、アネットによれば「馬車馬のように働かせることも可能ですわ!」とのことで、クラウディアはそうしたらいいのにと内心思っていた。だが、アネットにとっては三割程度の働きで踏ん反り返っているレジナルドが好きで堪らないらしい。



 お互いの拗れた思考には口を出さないこと。これが女の友情を長続きさせる秘訣であることを聡明な二人の女性はよく理解していた。




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