第20話



 翌朝。



 テオドールとの朝食を終え、執務に向かう準備をしていると、バタバタと一人のメイドがやって来た。



「騒々しいですよ。」


 侍女のジョアンナがメイドへピシャリ、と言った。




「も、申し訳ありません。で、ですが……。」


 メイドは頭を下げ、息を整えた後、緊張した面持ちで言葉を続けた。






「バーネット公爵がお見えになっております……。」



「……お父様が?」



 バーネット公爵、クラウディアの実父の前触れもない急な訪問に、クラウディアは目を伏せ、不安を募らせた。





◇◇◇◇





 応接室に入ると、バーネット公爵はいつも通り不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。




「お父様。お久しぶりです。」




「……ああ。」



 それっきり黙ってしまった父親を見て、クラウディアは途方に暮れてしまった。ジョアンナがお茶を淹れてくれた後も、無言の気まずい時間は続いた。考えてみれば、父親はいつも仕事に明け暮れており、このように二人でお茶を飲むことも、二人で過ごすこともなかった。父親の鋭い目付きから、居心地の悪さがクラウディアの心に広がった。







「……お父様。今日はどうなさいましたか。」



 さっさと用件を聞いて、この時間を終えよう、とクラウディアから切り出した。しかし、バーネット公爵の口から放たれた言葉はとんでもないものだった。





「今すぐ、家に帰るように。用件はそれだけだ。」





「……!」





 ひどく冷たくなった身体は上手く動かない。真っ白になった頭で思い至ったのは、上昇思考の強い父親がテオドール以外の地位の高い人物とクラウディアを結婚させようと画策しているのではないか、ということだ。父親の帰宅命令の理由が、クラウディアにはそれしか思い当たらなかった。






「……嫌です。」





「何?」





 十八年間、一度も父親に反抗したことのないクラウディアが初めて拒否の言葉を口にした。怒ったような顔で睨み付けられ、クラウディアはすぐ諦めたくなるが、それでも言葉を続けた。




「嫌です。絶対に家には帰りません。私は、ずっとテオドール様の隣にいます。」



「……っ、クラウディア!」





 父親から声を荒げられても、クラウディアは諦めなかった。




「……もしも、テオドール様の隣にいられなくなったとしても、お父様の所には帰りません。これ以上はお話ししても無駄でしょう。失礼します。」




 クラウディアは立ち上がると一直線に自室まで走った。父親から何度呼ばれても、振り向くことはなかった。




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