25話「しろくしろくしろ・12」

 駅前のベンチに、詰襟の真っ黒い制服を着た少年が座っていた。禍都第二高等学校、男子の制服そのものである。駅前という立地に制服を併せて、彼に手を出そうという怪人はいなかった。もっとも、手を出したところで彼を倒せる見込みなどどこにもない。彼を見た瞬間に逃げ出した怪人は、どうやら少年の正体を知っているもののようだった。

 あとから来て背中合わせに座ったスケバン風の少女は、背後の少年に声をかけた。

「クイド。事件が解決したというのは、本当なのか」

「ああ、ナバリ。ほんとだよ、じゃなきゃ呼ばないよ」

 こちらは禍都ではなく、刀嬉たちき高等学校の制服を着崩したバンカラ風の不良少女は「そうか」とわずかに笑った。表情の変化が少ないため、頬がわずかに引きつって嘲るような顔に見えてしまっている。

「刻印の偽装など、くだらないことを考えたものだ……あれは、世界に牙を剥いたものにしか与えられない。名乗ることさえままならない矮小な輩めが、広く恐れられる傷を残すことなどできるものか」

「かっこ悪かったし、だめだったんじゃない?」

 理論を知る少女は、少年の辛辣に過ぎるひとことに苦笑した。

「言われてみれば、そうかもしれないな。正々堂々と事を為し、自らの行いに恥じることのない名乗りを行う。そうでなければ、怪人になった意味がない」

「ナバリは侍だなぁ。僕は、もっと楽でいいと思うけどね」

「我を通すことにかけては貴様も変わらないだろう? 街のすべてに掟を張り巡らせて、違反者を抹殺するなど……くくっ、お前こそが怪人の名にもっともふさわしい」

「ありがとう。ところで、そのためだけに来たの?」

 いいや、とスケバンは体をねじって、少年の頬に手を添えた。

「すこし聞きたいことがあってな。知っての通り、私は収集癖がある。この街にもいろいろと面白いものが眠っていると聞くが」

「うーん……僕はすぐ記憶が消えちゃうからなぁ。名前は分かる?」

「まずは“トモリガタメ”。それに“デモンズラーフ”」

「それはだめ」

 少年の声が、一瞬で冷え切った。

「城田さんは、僕のだよ」

「ふむ、名物刑事の持ち物だったか。トモリガタメはどうだ」

「先輩から、行方不明だって聞いたような気がする。小餅島……? だったっけ、にあるって。危ないよ」

「危ないとはなんだ」

 すごく嫌な感じがする、と少年はつぶやいた。

「もしかしたら、僕らより強い怪人がいるかも」

「望むところ……と、言いたいところだが。お前が心配してくれるなら、今はやめておくとしようか」

「うん。怪我したら心配だよ」

「ふふっ。かわいいやつめ」

 少女は、薄く微笑んだ。

「あ、そうだナバリ。僕も聞きたいことがあってさ」

「なんだ」

「さばってなに?」

「サバか、青魚のことか」

 食堂の名前だったんだよね、とクイドはつぶやく。それを聞いた少女は、目を細めた。

「食べ物の名前じゃないと思う。大根とか牛肉って、そういうのの名前に付けないし」

「食堂の名前が「さば」か。つけたやつは、どうかしてるな」

「やっぱりそうなの? そうっぽいんだよ」

「ごくごく簡単に、乱暴に言ってしまうとな。「施し」という意味だ」

 めぐみとかだとよかったのかな、と少年は首をかしげた。

「神仏や、地獄にいる餓鬼に食べてもらうために、お米を少しだけ取り分ける。それが「さば」だ。しかもな、屋根だとかに撒いておくんだそうだ」

「スズメがちゅんちゅん言いながら食べちゃいそうだね」

「だろうな。もともとはありがたい意味でも、やっている方が恩着せがましく言うと途端にくすんで見えるものだ」

「へぇ。そういうことなんだ」

 弱者を救済するはずの団体の中心にあったそれが、「施し」などという名前を使っていたのであれば、中核から腐っていたと考えるのが自然だろう。ミスだった可能性もあるが、相手を見下すことになる言葉は確実に存在する。その精査もできぬようであれば、破綻はそう遠くなかったのに違いない。

「今週の獲物はもう選んだのか?」

「まだ。明日だし、気分でいいよ」

「なら、こちらの街に来い。楽しいぞ」

「放課後でいい? どうせだし、五人くらい食べたいな!」

 少年は、元気よく笑う。

 禍都の日常に、そうして夜が更けていった。

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