24話「しろくしろくしろ・11」
突然入った横やりによって、事件は終結した。
「てめぇ、一体いつから来てやがった」
「さっきだよ。城田さんがそろそろ真相にたどり着いたみたいだって聞いたから、敵だけ殺しに来たんだ」
クイドが瞬間移動を行うことはよく知られているが、そのタイミングまではつかめない。あえて顔を隠していない城田の動向は、当然のように禍都の住人に漏れていたようだった。街のルールを制定した者の一人であるクイドは、おのれの決めたルールに従ってよそ者を殺しに来た……ただそれだけのことなのだろう。禍都ではごくありふれた、何の変哲もない見せしめの殺人である。
「とりあえず食事できたから、帰るね」
「待てこの野郎、おい!」
連続で放たれた弾丸は包帯に受け止められ、ころころと地面に転がった。
「……あれ、そっちの女の人って前に殺したよね? どうやって生き返ったのさ」
「お前の能力のからくりがひとつでも分かれば、教えてやってもいいぜ」
「ないよ、何も」
「理屈じゃねえところが一番めんどくせえってことか……」
容疑者は死に、対策員は負傷し、犯人は逃走して事件は終わった。
「容疑者の身元が分かったぞ。小林ユリカって名前で、かなり都会の方で一部上場企業に勤めてたOLだ」
「変えられないものってのは、あるもんなんですねえ」
まるで違う偽名を用いていたわけではなく、本名の一部を残していたようである。
「企業全体にひとりも認定怪人がいない、いまどき珍しいところでな。認定を受けるよりも先に、ストレスに耐えかねて出奔したそうだ」
「やつが悪くないとは言いませんが……怪人になる理由はあったってことですかい」
「因子量を見るに、等級はだいたい鬼くらいか? 禍都じゃあいくらでもそこらを歩いてるレベルだが、指定悪鍋都市でもなければ絶対数が少ないからなあ」
「悪い意味で自信を持っちまうのも、時間の問題ってことか……」
自分の能力を用いた犯行に自信を持つ怪人は多いが、指定悪鍋都市のような凶悪な怪人が集う場所ではある程度抑えつけられるものである。どこかの組織に入らなければ即刻殺されることも珍しくないため、治安は悪くとも能力の不正使用は少なくなる。怪人の抑えが利かなくなるのは、彼らの数が少ないときの方が圧倒的に多いのだ。
「あのカドツマはきれいさっぱり消えて何が何やらだし、詐欺師もさっさと殺されて証言は引き出せずにパーか。あのじいさんも、会計管理は詳しくなくて人を拾ってくるバイタリティでやってたみたいだからな……」
「老け込んだってわけじゃないみたいですがね。それに、まあなんというか、皮肉なことなんですが」
知ってるよ、と増山は苦々しい顔で笑う。
「怪人が紛れてたのはともかくその数は不明で、四十人近くがクイドの犠牲に……。被災保険はきっちり下りて、没収された桑原と後村の隠し財産、ギリギリ脱税はしてなかったのと合わせてトントン。ちょいと残って、商店街としちゃプラスマイナスゼロですか」
「膿を出し切った結果になるんだから、なんともバカげたもんだよなあ。まともに生きようとして、ちゃんと勘の働いた人間だけが生き残る……警察の一部としちゃ、喜ぶべきなのかもしれないな」
今回対策書ができたことといえば、敵の正体を突き止めただけである。犠牲者の数は、治安悪化と天秤にかければ減ったと言えるのかもしれない――それも負け惜しみにしかならないような、なんとも苦い敗北だった。
「それで? やつが目の前に現れたそうだが」
「確かに四発ぶち込んだんですがね……あの包帯、わけがわからんくらい固ぇ」
城田は対策員ではないが、携行する拳銃は怪人にも通用する威力を持っている。かのクイドも、どちらかといえば装甲は薄く、能力も相手を直接死に追いやるような攻撃寄りのそれである。ゼロ距離で撃ってもまともに通用しないのであれば、今後はまったく別の対策を考えるほかにない。
「裏の方はどうなった」
「クイドが出ていけば黙りますよ、やつらは。終わったことだ、と」
「だったら、表でも終わりでいいな」
「少なくとも、危惧したようなことにはならないようで」
保険金詐欺はむろん犯罪であり、人材を募集して使い捨てるという悪辣な手口も非難されるべきものである。しかし、対策書の考えるべきことはただひとつ、超能力を使った暴力をあらゆる手段で阻止することだ。
「怪人による怪人被害保険の詐取、か……。表の顔がある怪人もいるとはいえ、なかなか考えたもんだな」
「まじめにやってる団体はいい迷惑でしょうがね。人死にはいくらでも出てる、あんなのが比にならねえくらいヤバいやつらが……」
死者の数だけで考えれば、禍都は世界でも有数の危険な街である。
「引き続き、そこらで起こってる事件の被疑者特定を急がないとな。ひとりでも多く削れれば、団体ひとつを壊滅に持っていける」
「ええ。あいつの回復ももう少しでしょうからね……」
そうして、この街では大したことのない事件がひとつ終わった。
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