13話「死贄・13」
ページをめくる音が、小さく、しかし確かに聞こえ続けている。
「ここは……」
目を覚ました城田は、起き上がって周囲を見渡した。ほんのりとあたたかなオレンジ色に塗られた壁は、どうやら病院の個室らしく思われる。傍らに置かれた丸椅子に座った人物が、ふと顔をあげた。
「お目覚めですか、先輩」
パンツスーツを着こなした、どうやら対策員らしい若い女性は、そういって微笑した。
「ああ、補充で入ってきた……」
「桜アルマです。魔等級、実績はまだありません」
「なんでそれで等級が決まってる」
「これを見てください」
メモ帳らしきものを手渡された城田は、その内容をよく読むことができなかった。
「ああ、そうだったな」
「はい。そうです」
手帳を閉じて返却した男は、そして少女とも思えるほどみずみずしい女性に、旧知の仲であるかのように親しげに語りかける。
「それで……あの後、いったいどうなったんだ」
「今回の被疑者は、例の怪人……「水青のクイド」に殺害されました。タイプはおそらく覚醒型・欠落体です」
「すぐに死ぬって話だった気がするが」
「どうやら、クイドは生命力や霊魂と呼ばれるものを直接捕食しているようで……その延長線上として、先輩の記憶を取り去ったようなんです。一連のクイドによる事件は、捕食殺人と名づけられました」
おぼろげながら、城田は思い出していた。
「そうか、……クイドは自分の延命措置として人間を食いまくってる、そういう推測が経ってたっけな。欠落体ってのは、命が足りない怪人だって……」
「過去に記録されている、日本国における欠落体五号についてです」
「なんだよ資料あんのかよ……」
「それほど詳しいものではありませんが。車で海に飛び込んだ一家心中から生き残った男性が、流れ着いた浜辺近くの漁村を全滅させた事件です」
資料をめくるうち、城田は消された記憶と同じ疑念を抱いた。
「ってことはだ、この怪人も死にかけの人間が覚醒した……どこぞの病人なんじゃねえのか?」
「それについてなんですが、その」
「なんだよ」
「先輩と増山さんが入院している際、調査資料が棄却されたようで……何かしらの圧力がかかったようです」
刑事は、目を細めた。
窓の外には、青い魚が泳いでいるような空が広がっていた。
学校帰りらしい、左腕に包帯を巻いた少年は、端末を耳に当てていた。
『どうしたんや、こんな時間に。晩めしに寿司でも食べたいんか』
「ううん。スポンサーって、食べていいの?」
『ヘマしよったやつは、自分で責任取らなアカンわな。二号計画もポシャってしもて、あいつも焦っとる頃やろうね』
「あ、知ってるんだ」
電話口から、忍び笑いが漏れる。
『ええで、やってまい。スポンサーがひとり死んだところで、首のすげ替え以外なんも起こらんさけな。住所と画像送ったるから、田中に頼むとええわ』
「ありがとう、七条おじさん」
怪人に襲われない異常体質者に礼を述べてから、怪人は「田中さん」と小さくつぶやく。その瞬間に、メイド服の女性が少年に付き添うように現れた。
「どうしましたか、透くん」
「むかつくやつがいるって言ったら、七条おじさんが許可くれたんだ。ここ」
「かしこまりました」
「ありがと」
写真を見た瞬間に、田中は少年を連れてその場所へと瞬間移動した。
「なんだ君は、いったいどこから来た!?」
「古楼院さんって、この先にいるの?」
「怪じ――」
大声で応援を呼ぼうとした大柄なSPは、ふたりまとめて口をふさがれ、命を吸い取られて真っ白い死体へ成り果てた。ベールで顔を覆った田中=「帳の月」と並んだ少年は、そして化石を思わせる水色の怪人へと変化する。
開けた扉の向こうには、枯れ木のような老人が座っていた。
「なんだっ、お前は!」
「二号計画ってなんだったの?」
「……そんなことのために、愚かしい。教えてあげよう」
「うん」
老人は、とうとうと語り出した。
「黒魔術における「死贄」。死体を配置する魔法陣や、土地に染み付いて取れないけがれのことだと言われているね。これは、怪人の仕組みでも同じことが言えるのだ」
「そうなの?」
「単なるうわさや多くの人が知る情報からも、怪人は生まれるのだよ。いわゆる「伝聞型」だ。しかし、怪人ひとりにつき、たったひとつの形質しか持ちえないわけではない。強力な怪人に複数の性質を持たせれば、あとから能力を付け足すことができるのだ」
「それが、二号計画?」
そうとも、と老人は高らかに笑う。
「もとより強力な怪人が、無数の人々から恐れられる存在になることで、無敵の怪物と化すのだ! 多種類の怪人をただ集めて悠長に育てる七条とは違う、私は実現可能な計画を無理なく遂行していたのだよ」
そしてね、と老人は頬をゆがめる。手で合図をしたとたん、壁が開いて怪人が現れた。
「虫けら一匹ごとき、いくらでもつまみ出せるのだよ。これは継承型怪人「ポップバニー」、そこいらのSPを殺す程度の戦力では、太刀打ちできんよ」
「そうかな」
たんぽぽ色のウサギの着ぐるみのような怪人は、一瞬で胸を貫かれて沈黙した。
「魂あるんだ? なんかすごいや」
「ぽ、ポップバニーが!? いったい何者だ!」
「えへへ、聞いてくれるんだね」
「やめろっ、スポンサーを殺してタダで済むと思っているのか!?」
「いいんだって。七条おじさんが」
「あ、あのタヌキめ……やめろ来るな、おい誰か! 誰かいないのか!」
うつくしい水色のカギヅメが、すうっと掲げられた。
「僕はクイド……「水青のクイド」。おいしそうだね、古楼院さん」
「うわああああああーッ!!?」
恐怖に固まった亡骸に、縦に二つ重ねたXの字に鉤をつけたような紋様が、深く刻み込まれた。
(第一話「死贄」 完)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます