12話「死贄・12」

 肩口からするりと伸びたカギヅメは、そして城田と増山に突き刺さった。

「う、わ……」「むっ、う」

 眠るように倒れこんだ刑事二人を、クイドは包帯でやさしく受け止め、手近な茂みに放り込んだ。

「お友達を殺された復讐かぁ? そんなやべぇ力持っててもガキだ、あのバカみてぇに正義を語りたがるんだなぁ」

「柚原くんのこと?」

「ユズハラっていうのか、あの赤目のガキ。ちょうどいい浮浪者がいたって言ってたら、そんなことさせないとかなんとか……知らねぇよ正義なんて」

「そうなんだ」

 気をよくした戸原は、笑いながら大きく両手を広げた。

「そこの城田とかいうやつよぉ、この街じゃ正義の味方なんだってよ。ちょっと姿が変わっただけの人間をたぁくさん殺しといて、それが正義なんだぜ! だったら俺のしてることだってそうだろ?」

 街灯の光が、とげとげしい装甲にチロチロと反射した。

「大きな力を持った抑止力が必要なんだとよ。そのために最強の力を持ったバケモンを作り出して、対策書の手下にするんだ。俺のやってることは、認められた仕事なんだよ。分かったらさっさと帰って寝ろ、クソガキ。夜は危ないぜぇ?」

「さっきから思ってたんだけど」

 文脈をまったく無視して、クイドはつぶやいた。

「どうして名乗らないの?」

「……は? 何言ってんだお前」

「果物に歯を立てるみたいで、気持ちいいのに」

「イカレてんのか? ほんとに高校生かよお前」

「つまんないね。じゃあ、食べなくてもいいかなあ」

「なに言っ……」

 瞬時に伸びた包帯が、怪人の顔面をめちゃめちゃに切り刻んだ。

「げぼぐっ!!? ごぅ、ぼまべっ……」

 思わず膝をついた戸原の足を、クイドは思いきり蹴る。膝関節が横からへし折れ、彼はベンチに叩きつけられた。

「ぬぁ、なにずんだ」

「殺すんだよ」

 ぐしゃん、ともう一方の足が踏みつぶされた。悲鳴をあげる間もなく、胴体に胸といわず腹といわず、包帯とカギヅメがめちゃくちゃに突き刺さる。

「ゃめろぉ、ばべっ、げぉ、ぎゃめでぐれっ、ごぶがぇ」

 ズン、と怪人の足が胸郭を踏み抜いた。それは、戸原が何人もの人間を殺してきた手口とまったく同じだった。血濡れた足を抜いて、酸鼻極まりないありさまに成り果てた死体をそのままに、怪人はその様子を見ていたメイドのもとへ戻ろうとした――

「夕月透くん! やめるんだ……!」

「……あれ? そっちの人には、名乗ってないのに」

 大友は、化石を思わせる水色の怪人をまっすぐに見た。

「野次馬の中に、一人分だけ何もない空間がある写真がいくつもあった。そして、その近くにはいつも君の友達が写っていた。友達だったんだろう?」

「うん。こいつらは、僕の友達を殺した。それに、ルールを破った」

「第二高校に手を出すな……君が平穏に過ごしたかったからかい?」

「違うよ」

 無邪気なひとことが放たれた。

「……え?」

「僕が食べるからだよ。……刑事さん、おいしそうだね」

「クイド……名前の意味は、そのままか!」

「うん」

 ひどく満足げに、怪人は笑う。

「誰でもなくて、世界に向けて自分の名前を言うとき、さ。おっきな口を開けて、果物にかぶりついてるみたいで、すごくいい気分なんだ。刑事さんは?」

「俺は「ヴァルテクス」だ。……君を止めるッ!」

「僕は「水青のクイド」。じゃあ、」

「せあッ!!」

 黄金の長剣を抜き放ち、大友は怪人を一撃で仕留めるべく、「歪曲」の力を最大規模で行使した。ばらばらと落ちた水色の物体に、彼が警戒を改めたそのとき……ヴァルテクスの胸に、カギヅメが後ろから突き抜けていた。

「なっ、早すぎ……!?」

「いただきます」

 背中から、光る何かが掴み出される。その瞬間に、大友の肉体は力を失って倒れこみ、真っ白く変化した。クイドが遊ぶように光るものを手の中で転がしていると、それはゆっくりと肉まんに変わった。少年の姿に戻った怪人は、その様子を見ていたメイドに向けて、おおはしゃぎで報告する。

「おぉー。田中さん、肉まん! いっしょに食べよう!」

「そうですね。おうちに帰りましょう」

 顔をベールで覆ったメイドがそう言った瞬間、ふたりの姿は消えた。

 残った凄惨な死体に、じわじわと奇妙なものが浮かび始める。それは、縦にふたつ重ねたXの字に鉤をつけたような紋様だった。




 それから三日が経った日のこと、増山は後輩に代わって解剖の所見を聞きに来ていた。

「かなりひどいね。全身傷だらけで、ほとんどに生活反応があるみたい。拷問でもやってたのかなってくらいだよ」

「うーん、どんな怪人だったか覚えてれば早いんだが……これまでのまったく無傷に近い遺体とは違うな。よほど恨みがあったんじゃないか?」

「声明があったんだよね。なんだっけ」

「手紙だな、「水青のクイド」って名前だった。わざわざみずあおと読むんだと注釈とルビが入れてあった。どうも、妙な字だったなあ」

 なにが、と聞かれた増山は、髪のないこめかみをとんとんと軽くたたく。

「文字そのものを勉強してる途中というか、……そうだな、漢字がとくにそれらしかった。部首ごとのバランスが崩れてて、いましがた見たところの文字を知る限りの筆順で書いたって印象だったよ。覚醒型怪人だと、最年少でも中学生くらいだったはずなんだが……」

 筆圧は平均的ながら鉛筆を使っており、重要事項を強調するために引いた下線も赤鉛筆のものだった。

「この街は僕のものだ、って言ってるのが小学生かもしれないってこと?」

「かもしれん、という段階の話だよ。ただ、猟奇的で偏った趣味や、財布の中身や衣服をはぎ取るようなことがなかった理由……。それが、単にクイドが幼稚すぎたからだとしたら、つじつまが合うのも事実なんだ」

 強い感情により怪人因子を励起し、異形の姿へと変貌する――その強い感情は、奇怪な趣味を受け入れられない不満や、性的な欲求不満であることもある。怪人として覚醒したという万能感にとらわれた者は、「怪人性」と呼ばれる反社会的欲求を満たそうと行動する場合が多い。

 そういった要因によって発生するのが、怪人犯罪の中でも最悪とされる猟奇殺人である。異物を挿入したり、特定部位を執拗に損壊したりといった執着が怪人性となって現れることが多い。クイドには、今のところそのようなこだわりは見当たらなかった。

「手帳のページを破り取ったり、端末を破壊したり……妙なところで知恵が回るようにも思えるが、入れ知恵か別人かってところだろう。端末の画面には鉄片が残ってた、バールか何かでガンとやった傷だ」

 強力な怪人にはシンパが生まれることも多い。そういった流れが、水面下でできあがろうとしているのだろう。あるいは、クイド自身が敷いたという「ルール」を守ろうとする怪人が出てきている、ともとれる展開である。

「しばらくは、どうにもならない状況が続くな……」

「こればかりは、仕方ないね。情報の集積に務めるよ」

 増山は、消毒液の匂いから逃れるように、解剖室を出た。

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