11話「死贄・11」

 夜――戸原ナイチは、協力先だったはずの場所から追い出されていた。

「お前、人権停止されてるぜ? こんなとこに寝泊まりするようじゃ、後ろ暗いのは見え見えだったけどよぉ。飛び火は勘弁だ、出てってくれ」

「クソがっ、分かってんだよそんなこたぁ!!」

 踏みつけた地面が、ぎりりと鋭く突き立った。戸原の能力「物質操作」は、怒りが大きければ大きいほど因子の消費が少ない。三つの槍を作り出しても、彼は疲労を見せるどころか、狂熱をたぎらせていた。

「エッジギルドにこの時間から行くのはヤバすぎる。どうにか、隠れ場所を探すしかないぞ」

「うるせぇんだよ、ジンもおんなじだろうが」

 指定悪鍋都市していあっかとし禍都マガツ」の夜は、当然ながら危険である。いわゆる通り魔的犯行が行われるのも夕方から深夜にかけての時間であり、一人で出歩くことはすなわち死を意味するといってよい。超能力や高い身体能力を持つ怪人であっても、そういった怪人犯罪から逃れることは難しいとされている。

「ぐぅっ、さっきからうっせぇなパトカーのサイレンは!! 警察サツに潜入するってだけならぜんぜん面白かったのによぉ!」

「お前が前科持ちだからバレたんだろ、どうせ……」

 公園の遊具の陰に隠れながら、川崎はぼそりと言った。

「あ? お前だってあんなひっでぇ死体見て笑ってたくせによ」

「決まってんだろそんなの、俺がやりたいようにやれるからだよ」

 二人の持つ能力の根源はどちらも激情だが、その意味するところは少しずつ違う。「思い通りにしたい」という思いが爆発した戸原は、物体を自在に変形する力を得た。「束縛からの解放」を強く望んだ川崎は、他者をおそろしい勢いで吹き飛ばす力を得た。

「目撃情報があったのは、この近くだったな……」

「ちぇっ、もう来やがったのか!」

 立脇=戸原は、遊具の陰から立ち上がって、ふたりの刑事を見据えた。

「対策員がいないのに、仕事熱心だなぁ?」

「それで立ち止まってられねぇからな」

 白銀の拳銃を抜いて、城田は宣言した。

「戸原ナイチ、川崎ジン。お前らは国家認定を受けずに能力を悪用し、連続殺人を起こした。これは、法律の定める処罰対象になる行為だ」

「ああ、よく知ってる。復唱させられたからな」

「――よって両名の人権を停止し、殺処分する」

「できるもんならやってみろや、名物刑事さんよぉ……!」

 川崎は闇夜に紛れるカラスを思わせる怪人に、そして戸原はとげとげしいトカゲを思わせる怪人へと変貌した。

「ああ、撃つ前に聞いとくが……お前らの目的は「フィアーサイン」でよかったか?」

「さっすがぁ。人間どもに恐れられる化け物は、いずれ本人も知らない力に目覚める……らしいぜ。スポンサーどのは「二号計画」って呼んでたなぁ」

「余計なこと言うな、ナイチ。こいつらが死ねば、俺らが二号計画の成功例になるんだ」

「ああ、そっかァ……こいつ、けっこう頼りにされてるんだもんな。「一庫の城田警部補に取り次いでくれ!」ひゅーっ、かっこいいなぁー!」

 どん、と踏みつけた地面が、がすんと突き立った。すでに予測していた城田と増山はそれを避け、それぞれに向けて発砲する。

「効かないって言ってんだろ? オッサン、お前から……」

 能力を発動しようとした川崎は、手に違和感を覚えたかのように動作を止める。

 、と――奇妙な感覚が、その場にいた全員を襲った。そして、静かながら奇妙に耳に響く、ぽた、ぽたという足音が届く。

 街灯の下にやってきた少年は、ベールで顔を覆ったメイドを伴っていた。

「君は、確か……ユヅキトオル君だったな」

「うん。でも、忘れてもらうね」

「何を言ってる?」

「僕の友達が死んだから、……そいつらを殺しに来たんだ」

 色白で整った顔立ちながら、ほほえみはナイフのように鋭く、月を溶かし込んだような眼光は炯々として、ふたりの怪人をまっすぐに見据えていた。

「はァ?? ってめーよぉおまえ、自分が何言ってるのかわかってんのか? んなほそっこいガキに、十人殺してきた俺が負けるかっての!」

「認定怪人だからか? それとも能力がちょっと強いからか? イキってもいいことないぞ、おうちに帰れ」

 わずかに持ち上げた左腕に巻かれた包帯が、しゅるりと伸びた。

「うぉわ!? なんこれ、なんだ!?」

「あげぐっ、や、やめ」

 川崎の上半身に隙間なく巻きついた包帯は、そのまま締まっていく。

「や、やめろ! お前の友達だとかなんとか、そんなこと計画に関係なかったんだ! だからやめ、あげぇ、ぎゃごっぐ、がたっ、肩がぁ!?」

 関節が内側に外れてギョリンと不気味な音を立て、肋骨がメキメキと折れて、怪人が血の泡を吹き始める。

「ぼっ、ぼぶ、ごっご……ぱっ、ばばぶ」

 立っていることすらままならなくなった川崎は、包帯がゆるむにつれて地面にくずおれて、倒れこんだところで首をねじ切られた。血を噴いて倒れる死体を放り捨てて、包帯は少年の左腕に引っ込む。

「き、君は……どうして、こんなに慣れてる」

 増山は、怒り狂いながらも冷静さを失わず、戸原が突き出した槍をすべて包帯で受け止めているところを見ていた。

「僕も、たくさん殺してきたから」

「なんだって……?」

 上空から降ってきた青い魚のような幻影が、少年の姿を地面にしみのように広げた。その影法師はどろりと池のように広がって、公園よりも広く拡散する。そこから伸び上がるように生えてきたミイラのようなものが、右肩から生えた水色のカギヅメで自分自身を打ち砕く。すると、そこには化石を思わせる、淡い水色の怪人が立っていた。

「完全変化……上級怪人だって!!?」

「第二高校の制服、それに上級怪人……まさか、こいつが!」

 Xの字を縦にふたつ重ねて鉤をつけたような、目のない顔を向けた怪人は、「うん」と微笑みながら言った。

「僕はクイド、「水青のクイド」。これからよろしくね」

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