8話「死贄・8」

 その日の禍都第二高校は、ひどく静かだった。

 部活棟で発見された生徒の遺体は、明らかに怪人の手によるものだった。何が起きたかではなく、誰が行ったのかが話題の焦点となり、この学校に満ちていた暗黙の了解が破られたことを、誰もが察した。

「城田さんっ! この学校は安全なんじゃなかったのかよ!?」

「誰が決めた、そんなこと。安全を守るために、お前らは何かしたか」

 聞き込みにやってきた城田は、怒る柚原を諭していた。応接間にいる人間は、二人を除けば認定怪人だという教師だけである。

「バケモンの気まぐれがしばらくやってこなかった、そんなくだらねぇ理由で安全だと思ってたのか。自分が抑止力になるだのって思わなかったのか」

「でもっ、何かあるって思ってたのに、なんで!」

「いや、……何かあるのは事実だろうな」

「え? じゃあ、いったい何が……?」

 怪人が守るルールとは、より強い怪人が敷いたものであることが多い。学校に手を出すなと言って守らせる発言力を持つ怪人が、この件について黙っているとは思えない。

「いくつも同時に事件が起きてるんだよ。それぞれ別の思惑があるみてぇだが、怪人同士が争う結果になることもあるんだ」

「それじゃあ、学校の怪人とは別に?」

「そうらしい。何か妙な動きがあってな、相棒もケガしちまった」

「そんな……!」

 怪人たちの意図は少しずつ見えてきているが、その裏側にあるものは未だに不明である。単純な抗争とは思えない何かが、表から見える場所をはるかに超えて張り巡らされているようだった。


「おう、城田。何かわかったか」

「憶測で語るのは、よくない気がしますが……」

「言いにくい話なら、そこらに入るか」

「それがいいかもしれません」

 増山は、学校にほど近い蕎麦屋に入った。

「何人も同時に相手取るのは、きついか」

「二庫のやつらが、アーカイブからD案件を漁ってたようで」

「……お前を怪しんでるって意味か」

「それがどうも、違うようなんです」

 言いにくい雰囲気を察してか、増山は注文のボタンを押した。やってきた店員に皿うどん二つを頼んでから、二人の間に気まずい沈黙が満ちる。

「昔っから、怪人は畏怖を集めることで強くなると……そう伝わってるようでして。そいつは、俺もよく知ってるんですが」

「だから徒党を組むんだと、そう言われてるな」

「どうも、ものすごい人数から恐れられる怪人は、さらにすげぇ力を手に入れるんだそうで。見せしめの理由は、それじゃないかと」

「気付いたんなら、いいことじゃねえか」

 捜査が進展し、真実にたどり着いた――外側から見れば、そのようにも映るのだろう。不審点がひとつもなければ、城田もそう考えていたに違いない。

「しかし、ですね。大友が、わざわざそんなことを伝えるためだけに、あんな秘匿通信を使ったとは思えないんです」

「アビドーサを討伐中に負傷したんだったな。本人は、何が起きたかよく覚えてないと言っていたが」

「正中線をまっぷたつでしょう、ありゃ余裕がないとできませんよ」

「すると、お前は二庫を疑ってるわけだな」

 言葉通りに取らずとも、そのような意味につながる以外にはない。

「俺もな。緊急性がない討伐で負傷、なんてのは怪しいと思ってるくちだ。だが、疑り深いだけじゃあ刑事は勤まらない。本当は何が起きたか、誰が何をやろうとしているか。知るためには、証拠を集めなきゃならん」

「それは、もちろんですが」

 増山は、かぶりを振った。

「遠いところで何が起こったかも分からないうちに、相手が悪いと思ってる。それじゃいかん、事実関係を明らかにするんだ」

「……すみません、つい」

「最近、お前らしくないぞ。もっと冷静だっただろう、お前」

「どうして、なんでしょうね……」

 ただひたすらに突っ走る正義漢に押されてのことなのか、複数の怪人が同時期にいくつもの手口で凶行を繰り返すという惨事に乱されてのことなのか……城田には、どうしても分からなかった。

「アビドーサなあ……たしか、機械のパーツを整備するか自分で作って、そこから機械と融合する怪人だったな。そいつが今回の件とどう関係があるのか、そこも知らなきゃならんよな」

「どうしてあいつに白羽の矢が立ったのか、ってことですか」

 強力な怪人、という条件だけならいくらでも思い当たるものはいる。未討伐のものも決して少なくないため、討伐任務という口実をつけて対策員を負傷させるのなら、もっとふさわしい候補は思いついたはずだ。

「上層部が何をやっているかなんて調べ始めたら、こっちが消されかねないが……。城田おまえ、うすうす感づいてるんじゃあないのか」

「憶測でも、いいですか」

「裏付ける証拠が出てこなければ、そうなるな」

「怪人の力を高めるためには、どうすればいいのか……そいつを探っているんだと思います。今の方策じゃ、どうにもなりませんからね」

 怪人の持つ力の度合いは、体内の因子量によって決まるとされている。怪人態の装甲の固さや変化の持続時間、能力による改変の規模も同じ要因で決まるといわれる。むろん、もとの体が非常に虚弱である場合や、発想の貧困さによって起こせる現象が少ないこともあるため、一概には語れない。

 ただ「傷をつける」というだけの能力でも、相手の眼球を傷つけて視界を封じたり、親指の付け根を傷つけてものを持てない状態にすることもできる。持続時間が短い怪人態でも、その時間内に勝負がつけば勝ちには間違いない。対策課は、そういったノウハウを大量に蓄積してきた。明らかに弱そうな認定怪人であれ、能力の使い方次第で市民の役に立てるのだ――人員補充のための醜悪なプロパガンダであっても、そう述べるしかない風潮は続いてきた。

 わずかな沈黙の中で、皿うどんが届いた。

「基礎代謝と因子量にはある程度の相関関係がある、と言われちゃあいますが……だから、筋トレですぐ強くなるわけじゃねえ。それに、怪人は精神的なところから来てるもんですから。どうしようもなくイカレきったバケモンにぶつけるなら、これこそスーパーヒーローだってくらいの心根じゃねえと務まらないんです」

 手を合わせてから、それはどうなんだ、と増山はふところを叩いた。城田の拳銃のことである。城田は、うどんにつゆをかけながら苦笑した。

「こいつは「効く」って以外の意味はありませんよ。だから使ってるんです」

「……だったな。それで」

「怪人は、畏怖を集めるほど強くなる。だったら、そいつを対策課の手駒にすりゃあいいってことじゃありませんか。最強のヒーローがいりゃあ、そいつも畏れられるんですから」

「うん、わかった。俺から、腑に落ちない点を言わせてもらうぞ」

 天ぷらをざくりとやりながら、城田はうなずいた。

「まず、加害者と被害者が何者なのかって点だ。能力の性質から見て、もともとかなり強い怪人だろう? 祀り上げるなら、ふつうにやればいい。それができなかった理由だ」

「何らかのアクシデント、ですかね」

「うん。それから、今さらD案件を漁った理由だな。歴史の教科書にも載ってる事件なんだから、義務教育を放り出したガキでもない限り、知らないはずがない。そういえば「すげえ力」と言ってたな、いったい何のことなんだ」

「それがですね。「フィアーサイン」という……怪人が残す痕跡の中でも、個体のサインのような意味を持つものらしくて」

 増山は、怪訝な顔をした。

「また妙にオカルトじみた話になってきたな。だが、うん。わかった」

 うどんをすすりながら、増山は続ける。

「まずは被害者の身元だ。そこに秘密が隠されてるに違いない」

「そうですね。もう一度、徹底的に調べ直しますか」

 つゆと共に残ったうどんをかき込んでから、城田は席を立った。

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