7話「死贄・7」

 大友が負傷したという報せを受けて、城田はすぐに病院へと駆けつけた。

「いったい何があったんだ? 怪人の討伐に向かったってところまでは聞いてるが」

「以前からマークしてた「アビドーサ」なんだけど、予想以上に強力でさ。彼の処理能力を圧倒しちゃって、怪我につながったみたい」

「ったく、冷静に言いやがって……俺ひとりじゃ虎級害度にも勝てんぜ」

「分かってるつもりだよ」

 和泉は、あくまで無表情を貫いていた。怪人に対して怒りを抱くあまり、認定怪人にも冷酷に接することが多いと聞いてはいたものの、他部署から借りた人員を負傷させてこれでは話にならない。

「入院が明けたら返してもらうぜ、いいな」

「もちろん。ほんと、申し訳ないことしたと思ってる」

 見舞いもそこそこに、城田は対策室に戻ることになった。幸い、警察病院と対策書はかなり近い。法定速度ぎりぎりで車を走らせ、城田は負傷した大友の言っていた「例の場所」を探した。


(ゴミ箱の陰なんざ、ふつうなら汚くて……ってことだったが。マジに汚いじゃねえか。そっちのがカモフラージュになるかもしれんが)

 暗号通信のために用意された隠し場所のひとつには、細い紙切れが落ちていた。

「……こりゃ、俺の使ってるパソコンのパスワードか」

 画面の端に貼り付けた付箋を、そのままちぎってここへ捨てたようである。意図するところは当然「パソコンを見ろ」なのだろうが、そこから踏み込んだ一歩先に、いったい何があるのか――やや立ち上がりの遅いパソコンを待ちながら、城田は考えていた。

(そもそも、見てる状況じゃあ開けねえだろ。そこんとこに何かあるってことか)

 同僚に不信感を抱くにせよ、捜査情報を残すにせよ、自分の割り当てではない機械を使うことはあまりない。メールが届いているわけでもなく、外部からの情報ではないことに彼は落胆した。

 死んだ同僚が「これが便利なんですよ」と言っていたクイックアクセスを見ると、あまり見ないショートカットがアーカイブされていた。

「怪人のデータベース……? 日付が古いな、90年代か」

 まだ対策書という組織が確立されておらず、警視庁の中でも怪人対策課が日陰者だった時代のものである。死亡率が異常に高い、怪人であることを理由に回される追い出し部署として、対策課の扱いはとんでもないものだった、と聞かされていた。

(ウェブなら、検索履歴から見られるはず……と。97年末から99年夏ごろまで、ずいぶん丁寧に見てやがる。指定悪鍋都市って区分ができたころのことだが、研修でもねえのにこんなもん……)

 新人研修には必須項目とされていても、対策書に入る前に警察学校で済ませる事前知識であるはずのものだ。今になってあえて見るような項目とは思われない。

(「D案件二十一号」……ちょうど世紀末だったのか。拳銃コイツが俺に回ってくる前の、最後の事件)

 旧日本軍による戦力拡充計画の一環で起こった「D案件」は、一体の継承型怪人を生み出すことに成功した。その無限の戦力を恐れた大国が、これによって核の使用に踏み切ったともされる、戦時中最大の怪人災害である。

「これでいったい何を見ようってんだ……俺が何を使ってるかなんぞ、事前に知ってることだろうに。誰がアクセスしたにせよ、……?」

 ページの最後にリンクされた論文は、怪人の能力に関するものだった。「伊-二十一号の射撃能力に関する現場の証言と遺体の痕跡からの推察」という、長ったらしいタイトルだ。ここにだけアクセスした痕跡がないことを不審に思った城田は、リンクが不正でないことをざっと見てからクリックした。

(遮蔽物を貫通した銃撃、射線をまったく無視した負傷。伝説の怪人とはいえ、ホラーじみてるなこいつは。「筆者は、この「死のしるし」にこそその秘密が隠されていると推察するものである」……だと? こんな機能、拳銃コイツには備わってなかったぞ)


――継承型怪人「デモンズラーフ」は、きわめて単純な射撃によって人を殺傷せしめる。しかしその射撃には謎が多く、遮蔽物を貫通したり射線を無視したりといった、超常的現象が多発している。

――射殺された遺体のすべてに、部位はまちまちなれど、現場において目撃された「死のしるし」があることが確認された。怪人の視界に入った瞬間、このしるしが浮かび上がったという証言は、ほぼすべての生存者に共通している。

――超常的射撃により死亡した遺体すべてに共通するしるしについて、筆者は「フィアーサイン」と仮に命名する。古来より、怪人は多くの畏怖を集めることによってその力を増すとされているからである。

――殺戮を続ける怪人は、何らかのサインを残すことが多い。特徴的な傷痕ややけどなど、加害者の同定が容易になる事例も、過去何度も記録に登場している。これもまた、フィアーサインのひとつだと考えることはできないだろうか。筆者は、この「死のしるし」にこそその秘密が隠されていると推察するものである。


 うっすらと真相が見えてきた城田は、ページを閉じた。

(問題は、誰がこれを閲覧したかっつうことだな。パスワードが横にあるんだから、俺のが利用されたのは当たり前だとして……二庫の連中なら、こんなタイミングでなにを見てやがるんだ? いや、この情報に価値があるとすれば)

 何を目的として、そのためにどのような行動をとっているのか。その具体的な意味が、単なる傍証から見えてきた。そしてそれが、対策書の存在意義を揺るがしかねないほど危険なものであることも、徐々に見えてきた。

「一報は入れられねえな、こりゃ」




 着信に気付いて、男は端末を耳に当てた。

「はい」

『計画の達成率が低いように見えるんだけどもね。何をやっているのかな』

「いえ、そのようなことは。配置、頻度を鑑みても……」

『結果が少ない。捜査中の怪人のも掠め取るくらいでいかんとね』

「は、そのように」

『すぐに取りかかってくれるね。時間が押しておるんでね』

「了解いたしました」

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