6話「死贄・6」

「腑に落ちるところは、あるな」

 城田は、解剖医の意見に賛同した。

「命をどうするって話なら、ただ奪うだけじゃねえ、何かのコストにしてんだろうが……その何かが、自分の生存だとしたら」

「一週間に一回、人間を食わないと生きていけないと?」

「でもなきゃあ、こんな頻度で殺さねえだろ。ばれねえ見つからねえ手向かってこねえと揃ってても、やりすぎなんだ」

「欠落体と過去に名付けた人は、なにが欠落していると思っていたのか……だね」

 そりゃあ決まってる、と城田は目を細める。

「傷を残さず命だけ吸うほど、自分の命が欠落たりねぇんだろうさ。単なる殺人鬼にしちゃ、好みがあんまりばらけすぎてるのも……まさかとは思うが、行きずりで殺してるのかも知れねえな。プロファイリングも、いちからやり直しか」

 最初の被害者は看護師、その次は見舞いに来た老人だった。

(命が足りない人間が、街をほっつき歩いてるとは思えねえ。病院内部はさんざん当たったはずだが、……退院した患者か、通院中の患者。覚醒のタイミングによっちゃ、傷病の治りがおかしい事例もあるはずだ)

 健康体のまま覚醒した認定怪人でも、外見が大きく変わることはある。毎度のように補導されている柚原も、右目だけが深紅に染まったオッドアイが特徴的だ。

「ありがとな、先生。案外早く片付くかもしれん」

「毎週人が死ぬ、なんて是が非でも避けたいからねえ。頼んだよ」

「ああ」

 真実に大きく近付いた城田は、唐突に鳴った電話を取った。

「もしもし。大友か、例の件が……」

『大変です。僕は二庫の方で戦力やることになりました』

「ちょっと待て、そりゃ通らねえだろ。二庫はいま何をしてる」

『どうも、有力情報を掴んだようで……危険地帯に向かう予定です』

 どうしたのと訊く文月を手で黙らせて、城田は耳を傾ける。

『どうも変ですよ……捜査資料は例の場所に入れておきます』

「分かった。気を付けろよ」

「圧力?」

「かもしれん」

 寂しそうな顔をする文月は、「じゃあね」と城田を締め出した。

 要人の警護には認定怪人が使われることが多い。そのため、ある程度は彼らの存在を容認するよう世論を操作する必要がある。人間に与する怪人は多く、そうして生活を保障されているものも少なくない。対策員も、その例に漏れることはない。

(何かのスキャンダルか……? 二庫はとくに上層部とのつながりが強いところだとは聞いてたが、ここまで露骨にやるとは)

 怪人による小競り合いがいくら起きようと、一般人への被害がなければ「禍都の日常」として処理される。しかし、毎週のように人が死ぬのなら話は変わる。対策書上層部は、いち早く世論を操作する必要性に駆られているのだろう。

「大友が何を掴んだのか、だな」

 覆面パトカーは、静かに禍都を走っていった。


 ところは変わって、禍都西部・危険地帯「エッジギルド」――あまりに危険すぎてつまはじきにされた荒くれ者が、なんとかその日暮らしをこなす場所にて、大友は拳銃を構えながら容疑者を追跡していた。

「あれが、ですか」

『以前からマークしていた怪人だよ。未討伐のまま、放置されててね』

 和泉は、物陰からずっと向こうにいる標的へと、あごをしゃくった。

 古びたタンクトップの巨漢が、車をいじっている。穏やかな表情から危険性は感じ取れず、現在地のことを考えなければただ気のいいオヤジにしか見えない。怪人だと言われたところで、誰も信じないだろう。

「先に仕掛けますか」

『いや。ああいう怪人だから、必ず動き出す』

 遠くの物陰からうかがっていた二庫の人員に向けて、怪人は微笑んだ。

「ッ!?」

『来るよ!』

 とんとんと親しげに叩いた車が、鋼色に変じた巨漢と融合し、ばらりとほどけてウニの化け物のような異形へと変貌した。機械音声のように濁った声が、楽しげに嘲笑する。

『また来たか。好きだねぇ、あんたらも』

「黙れ、怪人が……」

『そう言いなさんなよ、どこの誰より汚ぇ連中が』

「仕掛けて!」

 言われるまでもなく、大友は対策員=認定怪人としての能力を解き放っていた。

 白を基調に青の差し色が入った、バランスの取れた長身。鞘に収まった黄金の長剣は、抜き放つことなく戦いを収めようと言わんばかりに、恐るべき圧を放っている。大友ルオン対策員=認定怪人「ヴァルテクス」は、大きく跳躍した。

『諸注意はよく聞くもんだぜ、若造!』

 ウニの化け物=「アビドーサ」は、全身からざぁっと針の弾丸をばらまいた。そして、伝播させるように雷を放出する。閃光に飲まれたヴァルテクスに、アビドーサがわずかに動きを緩めたそのとき――

「突っ走るほど、熱くはないつもりですが」

 ごりゅん、と幾筋も伸びた触手のひとつがねじ切れた。機関銃のごとくに連射される針は、しかしひとつもヴァルテクスの姿を捉えることがない。ことごとくすべてが、いかにもヒーロー然とした白い対策員に届く前に、何かに当たって不自然にはたき落とされる。

『力場……設置型の念動力か!』

「ご名答です。が」

 長剣を振るうたび、触手がべごっ・めぎゅ・ごりょるとそれまでの動きをまったく無視してねじ切れ、アビドーサは一瞬で追い詰められた。

「説明しても、得をしませんので」

『や、やめろ! 俺はここへ来てから平和にやってただろうが!』

「時効という概念は、なくなりました」

『思い知ることになるぞ、対策書の闇を! そんなおい』

 ぎぎごん、と正中線が両側にねじ切れたアビドーサは、そこで言葉を止めた。

「何十人と殺戮しようと、身元が割れていれば逃げられませんよ」

『よし、よくやったね!』

「ええ。死体を回収してから、」

『……』

 援護射撃を行っていた和泉に目をやったヴァルテクスは、彼が冷たい無表情でいることに気付いた。

「あの、和泉さ……ッ」

 瞬間、彼は吹き飛んだ。体勢を立て直す間もなく混乱の中で空気を切り裂き、鉄筋コンクリートの壁に思い切り衝突する。

「が、はっ」

 そして、今度は逆方向へと引き寄せられ、壁に突き出た杭に衝突しようとした。ぎりぎりで剣を振るい、杭をねじ切ってから衝突のベクトルを変更し、どうにか安全に着地する。

『大友が負傷した。救援を要請する』

「なに、が……」

 因子励起状態を保てず、大友は人の姿に戻る。そこへ歩いてきた小原と立脇は、まるで憐れむような視線を投げかけていた。

(まさか、アビドーサが言おうとしたことは……)

 そんなおい――「そんな、おい!」ではなく、「おい」に続く言葉があったとすれば。

(おい……いや、そんなことがあるはずがない。俺の、考えすぎ……)

 大友は、拳銃を手にした三人の男に囲まれて、意識を失った。

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