5話「死贄・5」

「この一週間で三度目だぞこの野郎、バカにしてんのか!」

「俺にだって、戦う力はあるんだ!」

「それはまた未来のことだろうがボケナス、ガキの遊びじゃねえんだぞ!」

「そんなに言わなくたっていいだろ……!」

 柚原亮一は補導されていた。本人が怪人であるため、生活安全課と対策書のふたつが連携することになった。要するに二度手間である。

「目の前に怪人がいましただ? この禍都でそうじゃねえことがあるかってんだ」

「それを止めないとだろ!?」

「先に通報をしろって言ってるだろこのバカ、聞いてんのか」

「したよ通報、始める前に!」

 柚原亮一、裏での通称として「ディアロス」と呼ばれる黒い怪人は、たびたび騒ぎを起こしていた。怪人犯罪の現行犯に対し、それを止めようとしていちいち怪人態になるからである。一般人の目からすれば、人込みから新たな怪人が飛び出してきたようにしか見えない。そのため、混乱だけが加速して犯人が逃げおおせることも多々あった。

「くそっ、てめぇが大人なら容赦なく逮捕してるところだってのにな。十五のガキが、感情だけで突っ走ってんじゃねえぞ」

「俺は、力や見た目が間違ってるなんて思ってない。正しい感情を持っていたいんだ」

 青臭ぇな、と城田は吐き捨てた。

「てめぇは名前が売れすぎて捜査にも使えねぇ、正義漢だってのが知れてるから危ないやつらもコンタクトは取ってこねえだろうな。この禍都でもまっとうに学生やるしかねえ身分なんだ、喜べ」

「俺はっ、……力があるのに」

「知ってるさ。だが未熟すぎるし、高校生じゃあ対策員にはなれん。よっぽど死にまくって補充が必要なら、分からんがな」

「なら、ここにはもっと……」

 違うんだよ、と刑事は苦々しい顔を作る。

「指定悪鍋都市にはな、ウジか何かかってほど怪人があふれてる。一区画が平和なだけでも奇跡なんだ、なんでそれが喜べねぇんだ? 着々と捜査は進んでんだから、てめぇが身近で見聞きしたことをちょっとずつ集めりゃあいい話だろうが」

「そ、それは」

 自分の力でできること、という言葉にとらわれすぎていた。

「怪人だから人間のやり方を無視していいわけじゃねえ、むしろ逆だ。人間の奥深くにあるものが怪人なんだ、やつらもお前もやっぱり人間だ。痕跡から見えるものはある。ちょうど、お前の学校に行こうと思ってたところだ」

「……クイドのことを?」

 柚原が言った瞬間、城田は明らかに食いついた。

「クイド? それが名前か」

「“クイドが来る”って……あの怪人のことを噂すると、真っ白くなって死ぬんだ」

「例の欠落体か。ほかには何か知らねえか」

「カメラに映らないとか、第二高校の誰かだとか……」

 城田は、うなずきながらメモを取り、それを聞いていた。

「自分の居場所だけ守りたいってのは、怪人にはありがちな考えだからな。カルトができやすいのも、そのせいだ」

「俺も、そうなのかな……」

「なってから考えろ。それ以外は? 認定怪人は何人くらいいるんだ」

「えーっと……先生に六人と、クラスメイトに一人かな。このあいだ、不良の三人組が死んだだろ? あいつらも認定怪人だったんだ」

 多いな、と男は怪訝な顔をした。

「いちおう、クラスメイトのやつの名前を教えてくれ」

「ユヅキ・トオル。夕方の月に、透明のトウで透」

「おう。教師の方は……まあ、聞きに行きゃあ分かる話か」

「いるのかな、ほんとに?」

 男はかぶりを振る。

「このご時世、この街に怪人がわらわらいるのは当たり前だ。そいつがどんなやつで、どんなことをしてるかが問題なんだ。連続殺人犯なんてどこの誰だろうと、それこそ人間だろうと、逮捕されるし射殺されるぜ」

 指定悪鍋都市にあって、警察官の引き金はひどく軽い。対象が怪人であれば、銃弾が通用しないことも多く、牽制として無駄弾が浪費されることもある。しかしながら、対策書に目を付けられたというハンデを背負った怪人は、裏でも生きづらくなる。警察組織の存在は、やはり市民の安全を保障しているのだ。

(“クイド”……「喰い人」、いや「杭怒」か? 日本語かどうかも分からんが。あの特徴的な遺体、いったい何をしたからああなってるのかがさっぱりだ。やつが無作為に被害者を狙う動機に、あの白さのヒントも隠されているとすれば……)

 怪人が人間を殺す動機は、あまり多くはない。日ごろから殺人に興じる怪物的精神の持ち主は、そうそう見かけるものではない。多くの場合、怪人による殺人事件は覚醒直後の暴走や身近な犯罪をごまかそうとしたものであり、最初から殺人を目的とする怪人は少ないとされている。サイコキラーが才能に恵まれる例は、非常に少ないのだ。

「城田さん? どうしたんだよ」

「なんでもねえよ」

 考え込んでいたのがバレたらしく、柚原は刑事をのぞき込んでいた。

「俺は忙しいんだ、てめぇの暴走ひとつで助からねえ人間がひとり増えるかもしれねえんだぜ。ちったぁ意識しろ、人手ってもんを」

「……すいませんでした」

 折良く電話が入り、城田は「これでな」と警官に寄り添われて保護者を待つ柚原を尻目に、監察医のもとへ向かった。


「なんかわかったのか、先生」

「ちょっとだけね。資料の少なかった「欠落体」のことだけど、少しずつ分かりかけてきたよ。ちょっと長くなるから、座って」

「せめて横の事務室にしてくれよ」

「うん、まあそうしようか。お互い座った方が楽だしね」

 メタルフレームの眼鏡をかけた痩せぎすの男は、そう言って薄く笑った。消毒液やホルマリンの臭気が抜けない解剖室ではなく、移動したすぐ近くの事務室で、解剖医である文月は説明を始めた。

「被害者のいずれも、外傷が致命傷になってないね。これは、かなり異常な状態だと思う。どんな怪人でもどんな超能力でも、それが生命を損なうから相手を殺せるわけだしね。では、何が起きているか」

 化学的エネルギーの喪失、と文月はメモに走り書きする。

「なんだ、化学的エネルギーって」

「うん、まあ……化学反応が起こる可能性、って意味かな。酸素はものすごく反応しやすいし、金は錆びない。分かるよね」

「そりゃ小学生でも知ってるだろ」

「だねえ。これ、二番目の被害者の傷口付近のサンプルね。常温で保存してる」

 城田は「何言ってんだ先生」とあきれる。

「要するに生肉じゃねえかそりゃ。衛生はどうなってんだ、いくら老人の組織でも……」

「見て分かったでしょ。三月末から、いま五月の二週目。変化なしなんだ」

 ほんの一センチ角の肉片は、今しがた切り取ったかのように新鮮だった。

「どういうことだよ……!?」

「皮下脂肪と筋膜、それに筋肉。いわゆる「肉」と呼ばれる部位なんだけど、細菌がほとんど繁殖しないんだ。しかも異常に燃えにくい。熱での変性がかなりにぶくて、通常の火葬だと燃え残る可能性がある」

 状態が変化しないんだよ、と文月は結ぶ。

「言い換えれば、化学反応が起こりにくいってこと。過去の記録でも、欠落体被害者の遺体は発見時あまりにもきれいで、火葬も三回やらないと遺骨にならなかったとある」

「ミイラのひどい状態みてえな、ってことか?」

「かなあ。外傷がない遺体もあったから、死因が心停止としか書けないものもあってね。一家全滅した事件のやつだと、これ」

「固いひもできつく縛られたようだが、それで死んだわけじゃねえ、って話だったな」

 突飛なことを言ってもいいかな、と文月は眉をひん曲げた。

「化学的エネルギー、ではなく……「いのち」。いわゆる食物連鎖で循環する命のエネルギーがなくなったことで、被害者は死んだんじゃないかと。僕はそう考えてるんだ」

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