9話「死贄・9」
因子量が多いためか、大友の回復はそれなりに早いものだった。現場復帰はできなくとも、病室で情報の整理をすることはできる、と対策書と警察病院がほとんど併設されている利点を活かしきっていた。
「ほんとに何も覚えてないのか?」
「横合いからやられてしまいまして。正直、何が起きたのかもわかりません」
「そうか。まあなんだ、ほどほどにしろよ」
「映像のチェックなんかは、あまり体力を使いませんから……」
冗談を言いながら、大友は城田の持ってきた資料をチェックしていく。
「……この画像、なんだか違和感がありませんか」
「禍都にしちゃ野次馬が多すぎる気はするがな」
「いえ、そうではなくて、……なんでしょうね、はっきりとは言えないんですが」
「なんだ、歯切れが悪いな」
それは、街灯の監視カメラが写した映像を引き延ばしたものだった。見せしめとしてさらされた遺体を前に、野次馬が集まっているだけのものである。どこを見ても、とくにおかしな様子は見受けられなかった。
「どう言えばいいんでしょうか……ここなんですが。人がいるような」
「いないだろうが。……いや、たしかに」
「ここは空白なのに、後ろの野次馬は避けるようにしてませんか」
「そう見えるな。身長はそこまで高くないが、角度が悪いのか……百六十はない、女か学生かってとこか」
ちょうど道路と歩道の境目で、一段高くなったところに誰かがいる――道路に立った野次馬は、たしかにそこに誰かが立っているかのように、何かを避けて見せしめを見ようとしていた。
「……「クイド」、か?」
「なんです、クイドって」
「第二高校の噂だ。怪人の話をすると、真っ白になって殺されるだのって話だった」
「例の欠落体に、そんなあだ名が……」
城田は、そこで話題を切り上げた。
「すまねえな、遺体の身元を調べなきゃならん。何かわかったら連絡してくれ」
「わかりました。もう少し、あちこちの画像と照合してみます」
病室を出ていった城田をよそに、大友は各所で撮影された画像を確認していく。不自然な空白がみられる写真はほんの数枚だったが、それでも「写真に写らない人間」がそこにいることは間違いないように思えた。
「それにしても、禍都第二高校の制服……どれを見ても写ってるなあ。あれだけ平和ボケしていれば、それも当然なんだろうけど」
どこか喪服めいた黒は、とても目立つ。そして、その黒はすべての写真に写りこんでいる。自分たちだけは襲われないという確信があれば、非日常を遠いものとして楽しむような思考回路もできあがるのだろう。
「ん? この赤い目……認定怪人かな」
大友は、第二高校の制服を着た赤い目の少年が、いくつも同じように写っていることに気付いた。遊びに行った帰りなのか、友人らしき人物も周りにいる――
「……待った、この空白! これも、……これもだ!」
赤い目の少年のすぐ近くに、一人分の空白がある。三つの写真で、すべて同じような空白ができていることを確認した大友は、その事実に戦慄した。この赤い目の少年が犯人でなければ、彼のすぐ近くに欠落体……怪談として語られるほどに恐れられる怪人がいる。そして、二人は学校帰りに遊びに出かけるほど仲がいい、ということになる。
(……すぐに先輩に連絡しないと。学校には何度も捜査に行ってるから、この少年のことも知ってておかしくない。先輩が危ない!)
城田は、通話に出なかった。
「くそっ、タイミング悪ぃな……! なんだってこんなときに!」
「城田ぁああ! お前の首をよこせぇええ!」
怪人対策書・一庫の城田といえば、禍都の名物刑事である。彼に媚びを売る怪人がいる一方で、対策書を敵視するあまり白昼堂々の襲撃をかけるものもいた。覆面パトカーの前に立ちふさがるという恐れ知らずの怪人は、「マギドリス」と名乗った。錆びた鉄と機械油のような茶色をした鉄面は、そして宣言する。
「俺は、この街に君臨する支配者になぁる! 名物刑事なんてものは邪魔なだけだ、とっととぶち殺して、マギドリスの名を日本中に轟かせてやる!!」
「ッソが、なんだって今この時間に!」
時刻は十五時半をすこし過ぎたところ、学校が終わるにはまだ早い。対策書からの対策員の補充は一日で間に合うはずもなく、二庫からの応援も到着していない。白銀の拳銃は、カタログスペックを発揮することがない――ゆえに、城田は構えた。
「くはははは! 銃弾ごとき、かすりもせんわ!」
「ちっ、覚醒型かよ」
怪人のタイプがどのようなものであっても、結局のところ銃弾は通用しにくい。しかし、城田の持つ拳銃は、当たりさえすればそれなりに効力を発揮できる。
(やみくもには撃てねぇからな……跳弾でも狙うか)
「ドぉリぃルだぁああああ!!」
怪人は、右腕をドリルに変えて城田へと跳躍した。何らかの力場が発生しているのか、避けた拍子に巻き込まれた街路樹の枝がすぱっと切り落とされる。
「跳躍というチャンスを逃しぃ、分析したつもりになって恐れを増しぃ……くふは、お前は怪人にとってなんとも楽しい相手だなぁ!」
「よくしゃべる野郎だな、ったく……」
身体能力とセットになった単純な攻撃は、シンプルな能力が多い覚醒型怪人のもっとも代表的な特徴である。伝聞型や継承型が出現するケースは非常に少ないため、こういった爆発的な威力を一撃耐えるか、それに真っ向から挑める力が必要となる――個人単位で対抗できる力として、対策員が必要になる理由のひとつである。
『ぎゃぁああああーっ!!』
「っ、柚原か!?」
「なァんだぁ、戦いの最中に……ちっ、興が覚めたな」
「悪いな、お前に構ってる暇はない!」
時間は十六時を過ぎたころ、よく補導される柚原が街へ繰り出して、友人と遊ぶか怪人の犯行を止めようとするかという時間である。立ち止まったマギドリスを無視して悲鳴が聞こえた方向へとひた走った城田は、まばらに集まった顔見知りの認定怪人たちを見つけた。対策書に幾度も情報提供してきた男たちは、どこか冷めた空気だった。
「おい、どうなってる!?」
「……見りゃあ分かる」
顔に貼り付いた驚愕は、わずかに力を失ってゆるんでいるようにも見えた。強い志を以てひたむきに未来を語り、まっすぐに城田を見据えていた眼は、ただぼんやりと虚空へ向いていた。握っていることの多かった手はだらりと開かれて、もはや何の力も感じさせない。
「ウソだろ……柚原、おい! おまえ対策員になるんじゃなかったのか……」
胸郭が不自然にへこむほどに強い力を受けて、地面に生えた杭が背中から胴体を貫いていた。血みどろの現場を見ても、一連の見せしめ殺人「
(柚原……絶対に、お前の仇は取ってやるからな。絶対にだ)
遺体の上半身に上着をかけてやりながら、城田はかたく誓った。
「こっちだったよな!? な!?」
「そのはず。あっ、人だかりあるよ」
ぽたぽたという足音が、妙に耳についた。
「あっ、刑事さん! 柚原知りませんか、急に走って――」
「そ、……」
かぶりを振った城田に、やってきた四人組の男子高校生は、上着の下にある遺体が何者かを察したようだった。
「リョーイチ、嘘だろっ……なんで!」「あいつ、怪人の話してたから……」「もしかしたら、これも全部クイドのせいなんじゃ」「柚原君、悪いことしてなかったのに……」
涙を流して嘆く少年たちに、城田は言った。
「クイドじゃねえ」
「え?」
「やり方が違うんだよ。こいつは、俺らが今追ってる怪人のしわざだ」
「……そう、なんだ」
以前柚原が言っていた認定怪人らしい、手に包帯を巻いた少年が、悲しみに震えていた。
「対策書に任せろ。お前らの友達をやった犯人は、命で償わせる。俺にとっても、知らねえ相手じゃないからな」
「お願いします、刑事さんっ! リョーイチの仇を……!」
「ああ。急に走っていったっていうが、何があったんだ」
「あいつ、最近は「怪人の気配がする」って言ってて。能力の成長とか、してたのかもしれません」
記憶している限りでは、柚原亮一=ディアロスの能力は「脈動加速」というものだった。血液とともに全身をめぐる怪人因子を活性化させ、身体能力を向上しつつ装甲の攻性変形も行うという、すさまじく強力な力である。しかし、そうであれば感知に関する力が育つ余地はどこにもない。
「なにか、いたんだ。たぶん、危ないことをしようとしてるやつが」
「能力発動前の因子拡散に気付いたってことか? 君もたしか、柚原が言ってた……」
「ユヅキトオル。僕も、認定怪人なんだ」
「そうか。君は何か感じなかったか?」
「僕は、そういうのはできないから……」
「そうか。また改めて話を聞きに行くから、君たち、何か思い出したら「対策書の一庫、城田警部補」……俺に電話を取り次ぐように言ってくれ」
覚えたな、といった城田に、少年たちは深くうなずいた。
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