3話「死贄・3」

「知らないわよぉ、こんなにいっぱいずらずら並べられたって……。小山内クン、あれで死ぬほど真面目だったから、無断欠勤してすっごく心配になっちゃって。対策書の人が来たってことは、怪人なの?」

 和装のオカマというなかなかに濃い店主は、不安げに言った。

「被害者がこのキャッシュカードを持っててな。ほかの名前は、ほんとに知らないのか」

「戸原とか田辺とか川崎とか……誰? ってカンジよ。あんないい子を探してくれてるんだから、ごまかすワケないじゃないのよぉ」

「悪いな、疑っちまって……これが仕事でな」

「別にいいケド。お客さんも死んじゃうし、やんなっちゃう」

 怪人多すぎよ、と店主はむくれた。

「あんたんとこのお客が?」

「ええ、森本ちゃんっていうオジサン。週一くらいで静かに飲みに来てたんだけど、ちょっと見ないと思ったらやられてたって」

「森本……ああ、こないだの。捜査中だ」

「早く捕まえちゃって! 人殺しなんてサイテーよ、ほんと!」

 こういった反応を聞くことが珍しくなったこと自体が、この街のゆがみなのだろう。どこか冷たくなった風に吹かれながら、城田は大友と合流した。


「どうだった、そっちは?」

「まったく分かりませんね。監視網には引っかかっていないので、いわゆる危険地区を通って怪人犯罪に巻き込まれた線が強いとみてます」

「危険地区には向かうだけ無駄だからなぁ……あそこで何か起きない限りは。問題は、今回の件が見せしめなら、いったいどこでやるべきかってことだ」

「人の集まる場所、ではなさそうですからね」

 誰に見せるのか、それがどんな意味を持つのか。殺人に目的があるとすれば、阻止するためにはそれを突き止める必要がある。現状、相手がひどく用意周到で、自分の力に自信を持っているらしいという情報が見え隠れする程度のものだった。

「自分の犯行に自信がある、怪人としての能力もかなり強いやつか。そんなやつが今の今まで出てこなかった理由が分からねえな」

「急に強い力を手に入れた、覚醒型ということも考えられますが……」

「が、っつうかそれがスジだろうよ。だが、ぽっと出のバカはひもが付くのがオチだ。誰かしらに目撃されててもおかしくねえんだがな」

「どうもクサいですね。こちらは、単独犯ではないかもしれません」

 希少な欠落体の犯行はともかく、こちらはあまりにも手口が込み入りすぎている。白昼堂々の殺人ながら目撃者はなく、逃げていく不審人物も発見されていない。平服のまま淡々と殺人を行い、挙動不審になることなくその場から離れていることになる。

「単独犯だろうと複数犯だろうと、やることは同じだ。ここ一週間で起きた、やつ以外の怪人犯罪をざっと洗うか」

「連絡しておきます。件数自体は少なくなっているので、見せしめの意図があると思われるものをピックアップしてもらいましょう」

 ああ、と答えた城田は、覆面パトカーに乗り込みながら犯人像を浮かべた。

(殺人そのものにためらいがないか、死人を見慣れたやつ、か。自分の能力もよく知っていて使いこなしている、かなりの手練れだな。“裏”……対策書に媚びを売ってくる怪人どもに聞けば、何かしら知っていそうなんだが)

 抗争に出張ってくる武闘派や組織の中枢となるメンバーは、名が知れるか名を売ることが多い。外部への牽制もそうだが、マフィアやチンピラとしての性質が強い怪人たちは、そういった示威行為を好む傾向が強いからである。強大な力を持つ怪人の名はすぐに知れ渡り、対策書の耳にも入る。物質操作という強力な力、そしてここまで冷静にことを運べる実行力は、ただ成り上がったチンピラのそれとは思われない。

(どうも不穏だぜ……拳銃コイツが役に立ちそうな気がしねえ)

 嫌な予感にさいなまれながら、城田たちは対策書に戻った。


「どうも、二庫の立脇です」

「一庫の城田です、よろしく」

 小原、和泉という二人の刑事は顔見知りで、新入りらしく初顔合わせとなったのは立脇ひとりだった。かなりの犠牲が出た事件ののち二庫に補充されたらしく、お互いにかなりの新参者として紹介されていたようである。

「禍都各所で、手口は少しずつ違いますが、目立つ配置で遺体が発見される事件が相次いでいます。公園の広場やビルの壁面、交差点の中心など……手口は三種類です」

 血だまりの写真が、いくつも示された。

「物質操作で胴体を一撃で貫いた遺体が二体。吹き飛ばすか叩きつけたと思われる、強烈な圧力を受けた遺体が三体。手足を拘束されて失血死していた遺体が二体。傷口の形状や現場の状況からみて、犯人は一人、ないしは二人と推測されます」

「ぜんぶ、物質操作でなんとかなるな」

 ええ、と大友はうなずいた。

「複数犯の可能性もありますが、怪人は多くても二人、ほかは被害者の拉致や身元確認書類の分散を担っていると考えています」

「手際が良すぎるもんね。一人だったら、こんなプロの情報が出てこないはずないし」

 和泉は顔をしかめる。これほど巧みに対策書を欺く怪人がいるのならば、その経歴はある程度知れていてしかるべきだ。少なくとも、これまで犯行がまったく表に出てこなかったというのであれば、そういった不明怪人は裏でもピックアップされるものである。

「川崎、小山内、戸原、田辺……四名の被害者を軸とした事件、以下「KOTTコット案件」と呼称しますが、この事件について。発見された遺体の身元は不明ながら、すでに二件目であることが判明しました」

「なに? やり口が似た遺体はいくつもあっただろ」

 それなんですが、と立脇はホワイトボードに貼られた写真を指した。

「手足を拘束され失血死していた、関連事件被害者の一人ですが……彼も、他人の身分証を持っていました。こちらは連絡の取れた遺族に確認して、田辺氏であることが判明しています」

「どうしてそうなったか。具体的に、これが二件目だっていう根拠を聞きたいな」

「四人分の身分証を、まぜこぜにして持っていたからです」

「なるほどな」

 この奇妙な手法は、少なくともあと二件続く――城田は、冷たい緊張とともに確信した。

(……挑戦か、対策書に対する)

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