私たちしか知らない世界

みんとろいど

私たちしか知らない世界

 私、伊勢有莉は最近横浜市に越してきた高校二年生。新しい高校で必要なものを買いに、神奈川を中心に展開している有隣堂へと訪れていた。早く用事を済ませて帰りたい。その一心でなるべく人と顔を合わせないように、さっさと買い物を終わらせた。そして帰路に就こうとした時。

「くっそー、また負けちまったよぉ」

 ワイシャツ姿の男性とすれ違った。昼間からギャンブルでもしていたのだろうか……。なんてことを考えていると、こんっと何が落ちる音がした。それはころころと転がり、私の靴にぶつかると動きを止めた。……赤ペン? きっとさっきの人の物だ。そう確信した私は赤ペンを拾い上げると、すぐさま男性のあとを追った。本当ならあんまり誰かと関わりたくないけど……。こればっかりは仕方ない。先程の男性らしき後ろ姿に私は、あの! と声をかける。男性は私の声に足を止め、振り向いたようだ。

「これ、落としましたよ」

 赤ペンを差し出しながら、私は顔を上げる。

その瞬間、私は顔を顰めてしまった。確かに私の目の前にいたのはワイシャツ姿の男性だ。でも問題はそこじゃない。その人の首から上にあるのは人間の顔ではなく

「ミミズク……」

 そう、派手なオレンジ色のミミズクの顔だったのだから。私が落し物を渡しているのに驚いているのか、それとも私の呟きが聞こえていたのかどうか分からないが目の前のミミズクは目を見開いている。それによくよく見たらこのミミズク、左右の白目の色が若干違うし目線も少し外れてる。気持ち悪……。私がバレないようにゆっくりと後ずさっていると、ミミズクは私の手から赤ペンを取った。

「あー、ありがとう。それより君……、もしかしてボクの姿が……」

 ミミズクが余計なことを話し出しそうな予感を察知し、私はバッと振り返るとそのまま走り出す。後ろでミミズクの狼狽えている声が聞こえるけど気にしない。あぁ、もう! だから外に出るのは嫌だったのに……! 私は心の中で悪態をつきながら家まで走って帰ったのだった。


 家に着いた私はダッダッと階段を上がり、勢いよく自分の部屋の扉を開けるとそのままベッドへと飛びこんだ。天井を見上げながら、過去を思い出す。私は昔から他の人とは違うものが見えていた。それは先程のミミズクしかり、人ならざる者のことである。まぁ、見えるだけなら見えない振りをすればいい。しかし厄介な点が一つ、それは他の人たちには普通の人間に見えていること。そのせいで私はみんなに嘘つき呼ばわりをされるわ、変な子だと思われるわ、散々だった。何より、周りから人ならざる者がどのように見えているのかが私には分からない。そんなこともあり、私は幼いながらも孤独を極めていった。なるべく人の顔を見ないように、人と会話をしないように……。両親はこんな私を心配してくれているが、どうすることも出来ないと分かっているから相談する気もなかった。はぁ……。これからのことを思うとため息しか出てこない。取り合えず、あのミミズクに会わない。これが当面の目標だ。


 目標……、だったのだが……。なんで、私はミミズクと一緒にいるんだろう? くたびれたシャツの後ろ姿についていきながら、ぼんやりとそんなことを考えた。

遡ること三十分前――。この街に慣れるためと母親が、私におつかいを頼んだ。正直行きたくなかったが断るわけにもいかず、しぶしぶ外に出る。そして最後の買い物を終わらせるために来た有隣堂でまさかミミズクと会うなんて、予想もしていなかったのだ。それにミミズクがこの目について情報を持っていることも。私は自分の目について知るために、このミミズクについていくことにした。

ミミズクはエレベーターに乗り込むと、手慣れたようにパネルを操作する。何をしているのか不思議に思っていると、ガコンッと音を立てエレベーターが下降し始めた。えっ、ここ地下一階までしかないはずなのに!? 動揺している私にミミズクは、驚くよねぇ。と笑いながら言うとこの前の話をしだした。

「いやー、ほんとこの前はありがとね。もうおじさんだから全然気づかなくてさ。そういえば名前言ってなかったよね。ボクはR.B.ブッコロー。見ての通り、ミミズク人間なんだ」

スラスラと紡がれる言葉に気圧されていると、チーンと軽快な音を立ててエレベーターが止まった。背中を押されて降りると、そこは思ったよりも普通の休憩所のようだった。でもここで休憩している人たちは皆、私とは見た目が違う人ばかりだった。その光景に言葉をなくしていると、電子音のような加工された声が聞こえてきた。

「あれ? 貴方なんでここにいるのよ」

声のする方を見ると、そこにいたのは体はラフなスーツ姿で、顔はパソコンのディスプレイに目と口が映っている人? がいた。ブッコローが事情を説明するとその人は、あぁ、そういうこと。と納得したようだ。

「この人はハヤシユタカ。まぁ、Pって呼べばいいよ。それでこの子が、ボクたちの姿が見える……」

そこでブッコローの言葉が途切れた。私もPさんも何事かと首をかしげる。私、名前言ってない……! そのことに気づいた私は慌てて自分の名を伝える。

「伊勢有莉です」

私が軽くお辞儀をすると、Pさんもペコリと返してくれた。その後、二人は一言二言やり取りをすると、Pさんはどこかへ行ってしまった。ブッコローはそれじゃあ、行こうかと私に言うとまた歩き始めた。通路を歩きながら私はキョロキョロとすれ違う人たちを見回す。そんな様子の私にブッコローはこの場所について説明してくれた。

「ここはボクのような人間じゃない者用の休憩所。ボクらみたいな存在って意外と多いんだよね~、横浜みたいに人が多い場所とかは特に。有隣堂の社長も君みたいに見えるらしくて、こんな場所まで作っちゃったらしいよ」

変な人だよね。というブッコローに、は、はぁ。と返しつつ、私以外にも見える人がいることに安堵した。良かった……。それからもう少し歩くとブッコローは、ある部屋の前で足を止めた。この部屋に確か資料があったはずなんだけど、合ってたかなぁ。そう呟きながらブッコローは扉を開いた。部屋の中には大量のファイルと女性がいた。女性と言っても手足が長く、目も大きい。そして、頭には二本の触角が生えている。どちらかというと宇宙人のような存在だ。それでも今までで一番、人間らしい見た目に安心感を覚える。郁さん! ブッコローがそう呼ぶと、郁さんと呼ばれた人は私をチラッと見て、ちょっと待っててください。と返しファイルを探し始めた。手伝った方がいいかな? そう思ったが部外者が資料を漁るのはだめだろうと大人しく待つことにした。暫くすると、郁さんは一つのファイルを私に手渡してくれた。えっ、薄くない? そんなことを言うブッコローを尻目に、ありがとうございます。と伝え、私はファイルを開く。そこに書いてあったのは、廊下でブッコローが説明してくれたことの補足と、時々私のように人ならざる者が見える存在がいること。そして、その目を持つ人たちがブッコローたちのような存在と交流を深め、手助けしてたことが書かれていた。確かに、目のことについてしれたけれど……。どことなく納得していないのに気が付いたのだろうか。

「そういえば、有莉ちゃんは目のことについて知ってどうしたかったの?」

なんで名前……。驚いてブッコローに説明を求めると、ん? あぁ、とブッコローは話し出した。

「郁さんはテレパシーが使えるんだよ。ほら、さっきもそうだったでしょ」

確かに、ブッコローは名前を読んだだけだったのに郁さんは何を探せばいいか分かってるようだった。名前の謎が解決し、郁さんの質問に答えようとするが言葉が出てこない。私、どうしたかったんだろう……。何も答えないでいる私を見て、郁さんはゆっくり考えていけばいいんじゃないかな。と微笑みながら言ってくれた。私はそんな郁さんに、ありがとうございます……と呟き、部屋を出た。私が下を向いたまま歩いていると、

「おっ、ザキと間仁田さんじゃん」

ブッコローの声につられて顔を上げると、前からスーツ姿の二足歩行のクマとエプロンを付けた所謂獣人と呼ばれるネコが歩いていた。二人はその声に足を止めると、ブッコローと談笑し始めた。「最近さぁ、悩んでることがあるんだよね。実はずっと知りたかったことが知れたんだけど、そこからどうするか考えてなくて。なんかいい案ないかねぇ」

ブッコロー、私に答えを見つけさせるためにわざわざ二人に……? そう思っていると、ザキと呼ばれた人がうーん、と考えながら答える。

「やっぱり、その知識を何かに生かすとか?」

「自分がやりたいことに、知ったことを活用するのも手じゃないですか?」

間仁田さんも悩みながらそう言った。自分がやりたいことに、知識を生かす……か。私がやりたいこと、私が望んでいること。じっと考えていると、一つの答えが見つかった。ブッコローは二人にお礼を言うと、私に何か思い浮かんだか聞く。

「私……、私は普通の生活を送りたい」

そう口に出し、私はブッコローに過去にあった嫌がらせのこと、今の生活のこと、そして私もみんなと同じように友達を作って仲良くしたいことを伝えた。ブッコローは、なるほどねぇと呟くと少しの間、静かになる。どうしたのだろう? 沈黙が続く中、ゆっくりとブッコローは口を開いた。

「結局、この世に普通の生活なんてないわけよ。有莉ちゃんが思ってるような普通の生活は、その目がある以上は絶対に送れないね」

突然、辛辣なことを言うブッコローに面を食らう。なんで、そんなこと……。

「ボクが思うに大切なのは、自分の境遇を受け入れていかに良くしていくかってことだと思うんだよね。人間じゃない存在が見えてるからって友達が作れないわけじゃないし、ましてやボクらみたいの友達になれないって訳でもないでしょ。ボクだって人間じゃないけど、受け入れてくれる人はたくさんいるしね。」

ブッコローの言葉が胸に突き刺さる。ブッコローの言う通りだ。友達はいつだって作ることは出来たのに、この目のせいにして目をそらして、逃げていたのは私だ。みんなが私を受け入れていないんじゃない、私が私を受け入れてなかったんだ……。

「ありがとう、ブッコロー」

本当のことに気づけた私は、感謝を伝える。するとブッコローは、この前、娘にも似たようなこと聞かれたからさぁ。役に立ってよかったよ。と笑いながら言った。

「えっ!? ブッコローって娘いたの!?」

思わず叫んだ私に、ブッコローは私と同い年くらいの娘がいると教えてくれた。なんかなぁ……。最後の最後に衝撃の事実を知った私は何とも言えないやるせなさを感じながらも、もう一度ブッコローに感謝を伝え、別れた。

本当に今日一日でこんなにも世界が変わるなんて思わなかった。出会った人たちの顔を思い浮かべながら、また会えたらいいな。なんてことを思う。


 次の日、私は意を決して扉を開ける。今まで見たいに下は向かず、まっすぐと。自分の席に着くと、私は軽く深呼吸をして隣を見る。

「おはよう」

私の声に、桃色のミミズクの顔を持つ彼女は大きな目を見開く。そして、私を見ると満面の笑顔で言ったのだ。

「おはよう!」

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