178話 心の鎖

 エリスもいずれ俺達の家に招くので、そのためにある程度段階を踏んでおきたい。

 ということで、一度俺の家でディヴァリアも交えて話をすることに。

 俺達の子供の姉の代わりになってもらう予定ではある。

 エリスはいい子だから大丈夫だと思うが、すり合わせも必要だろうな。


「エルザさんも、お兄ちゃんの家にいるんだよね。なら、しってるひとがいっぱいだね」


「そうだな。俺の知り合いを集める予定になっているからな。ディヴァリアが決めたんだが」


「リオンだって嬉しいでしょ? ちゃんと、気をつけているんだからね」


「ああ、ありがとう。お前の気遣いは理解しているつもりだよ」


「そうだね。リオンは私のことを誰よりも理解してくれるから」


 どうだろうか。誰よりもディヴァリアに向き合ってきた自負はあるが。

 結局は、止めることはできなかった。好意を自覚してからは、止めようとすらしていない。

 他者を思い通りに制御しようなんてこと、思い上がりも甚だしいのだが。

 それでも、ディヴァリアの感情を理解できていたのだろうか。

 分かっていたら、もっと効率よく進めたんじゃないだろうか。


 今更の話ではあるのだろうがな。

 俺は今では、親しい人とのんびり過ごすことだけが目標だからな。

 もはや、ディヴァリアの行為で犠牲になった人には顔向けできない。

 それでも、俺はディヴァリアを選んだんだ。間違っているとしても。


「お兄ちゃん、やさしいもんね」


「そうだね。親しい人は、どれだけでも大切にしてくれるよね」


「まあ、好きな相手なんだから当たり前だよな」


「それは違うかな。ただ好意を押し付ける人なんて、いくらでもいるから」


 確かに、それもそうか。相手の感情を無視して、好きだという言葉を免罪符にしようとする輩は何度も見てきた。

 好きな相手だから、当たり前に大事にする人間ばかりではない。

 仮に大事に思っていても、相手の価値観を考えない人間だっている。

 それらを考えると、まるっきり当然のことではないよな。


 なら、大切にされることを特別に思ってもおかしくはない。

 特にディヴァリアは、聖女になってからは勝手な好意をぶつけられることもあった。

 聖女なのだから許してくれるだろうとか、聖女の名声がほしいだとか。

 そういう人間は、だいたい気づいたら死んでいたが。


「エリスはお兄ちゃんがだいすき。だから、お兄ちゃんもたいせつにするね」


「ありがとう。俺達の子供も、同じように大切にしてくれると嬉しい」


「うん! お姉ちゃんになるから。弟も妹も、かわいがってあげる」


「よろしくね、エリス。悪いことをしたら、叱ってあげてね」


 大事なことだよな。俺達の子供を、むやみやたらと甘やかすつもりはない。

 良いことは良い、悪いことは悪いと教えていきたいものだ。

 愛情の伝え方は、父さんと母さんを参考にすればいいよな。

 それ以外だと、ちょっと分からなくなってしまう。


「わかった! お姉ちゃんだもんね。いろいろとおしえるね」


「エリスなら、きっと教え上手になるだろうな。賢い感じがするし」


「そうだね。リオンだって居るんだから、教えるのには困らないよ」


 ずいぶんと信頼されているものだな。

 ディヴァリアの質問に答えていったことで、教え上手だと認識されたのかもしれない。

 実際、賢い相手だったからこそ苦労しなかったところではあるからな。

 俺達の子供の出来次第では、うまく教えられないかもしれない。

 ある程度は遺伝で決まるとはいえ、ディヴァリアの賢さを継ぐとは限らないからな。


 俺は子供をきちんと愛せるのだろうか。急に不安になってきた。

 父さんや母さんのような親になりたい気持ちはある。

 だが、俺は2人みたいに明るくなれない。どうすれば良いのだろうな。

 前世の両親は、ちょっと参考にできるものではないのだし。


「頑張って、いい子に育てたいものだな。周りの人も支えてくれるのだから、なんとかなるはずだ」


 そうだよな。自分で言って何だが、良いセリフだ。

 俺1人で難しいとしても、エルザさんが居る。エリスも居る。ユリア達使用人だって。

 なら、きっと大丈夫だよな。ディヴァリアだって、好きな人には優しいのだから。


「エリスもがんばって手伝うよ。お兄ちゃんをしあわせにしたい。エリスのほんとうのきもちだから」


「ありがとう。お前の気持ちだけで、とても嬉しいよ。エリスと出会えて、俺は幸せものだな」


「実際、リオンはエリスが大好きだもんね。良い関係に見えるよ」


「聖女さまにだって、好きではまけないから!」


「私は絶対に勝つよ。リオンへの想いも。リオンからの想いも。でも、エリスだって大好きだよね」


 ディヴァリアだって、俺の一番は譲れないよな。

 俺だって、ディヴァリアの最愛の人で居たいし、誰よりも愛しているつもりだ。

 エリスには悪いが、譲れないところもある。エリスだって大好きなのは、否定するつもりはないが。


「お兄ちゃんは、エリスのぜんぶだから。ずっといっしょだもん」


「そうだね。私だって、エリスのことは歓迎するよ。リオンを好きで居てくれる人は、多い方がいいからね」


 俺を好きでいる人は、俺の力になってくれる。そんな考えなのだろうな。

 丸くなったとはいえ、理想論で動くような人間じゃないからな。

 どれだけ利用価値があるかという面で、他人を見ている。そこは変わっていない。

 情を持つ相手も居るが、多くの相手は数字でしかない人だから。

 それでも、エリスはただの有象無象ではないのだろう。ありがたいことだ。


「俺も、エリスとはずっと一緒がいいな。お前となら、きっと楽しい時間を過ごせるからな」


「そうだね。私から見ても、相性は悪くないと思うよ。だから、うまくいくんじゃないかな」


「お兄ちゃん、だいすき! ぜったいに、はなれないからね」


「ああ、約束だ。お前が望む限り、ずっとそばにいるよ」


 まあ、今は子供だからな。もしかしたら、感情が変わるかもしれない。

 その時は、笑顔で送り出してやろう。エリスの幸福が、いちばん大事なことなんだからな。

 俺を慕ってくれる感覚は心地良いものだが、だからこそエリスを縛り付けるべきではない。

 立派な大人になってくれれば、恩返しとしては十分なのだから。


「ふふっ、仲良しだね。いずれは、リオンの側室になったりして」


「気が早すぎるぞ。まだまだ遠い未来の話だ。ゆっくりと考えていけば良い」


「エリス、お兄ちゃんのおくさんになりたい! まっていてね!」


「ああ、もちろんだ。お前が立派に成長した時、同じ気持ちで居てくれるならな」


「ずっとお兄ちゃんがだいすきだもん! ぜったいにけっこんするから!」


「ふふっ、とても好かれているみたいだね。相変わらず、女たらしなんだから」


 楽しそうな声色だから良いが、今のセリフは背筋がひやりとするな。

 俺が一番好きなのはディヴァリアだということは、これからも伝えていかないとな。


「お兄ちゃんはかっこいいから! もてもてなんだよね」


「エリス達にカッコいいと思われているのなら、嬉しいぞ。でも、今以上は困るな」


「そうだね。私だって、嫉妬しちゃう瞬間はあるから。あまり大勢に好かれちゃうと、困っちゃうな」


「エリスだって、お兄ちゃんとの時間をじゃまされたくない! 聖女さまとおなじだ」


 そうだよな。俺だって、ディヴァリアを困らせたくはない。

 これからは、あまり女の人との関係を構築しないように、気をつけないと。

 仕事上の付き合いはあるだろうが、それ以上にならないように。


「そうだね。同じだよ。私だけのリオンだったのにね。まあ、サクラ達だって大好きだから、納得はしているけれどね」


「エリスだって、聖女さまはだいすきだよ! これからも、いっしょだね」


「そうだね。私達で、リオンを取り囲んじゃおうか」


「うん! お兄ちゃんは、エリスたちのものだから!」


 大変だ。共有物扱いされてしまった。でも、相手が相手だから悪い気分ではない。これからも、好きにしてくれて良い。


 それからも、いつも通りに過ごして、次の日。

 ディヴァリアと一緒にいると、突然目の前に女が現れた。

 真っ白な髪と、真っ黒な瞳を持った神々しい存在。間違いなく見覚えのある人。

 女神アルフィラが、俺達の元へとやってきた。


 平坦な声で、変わらない表情で、ゆっくりと話し出す。


「絆を結ばぬ者の支配を、私は認めない。私の世界は、絆で彩られるべき」


 つまり、ディヴァリアが世界を支配するのを許せないのだろう。

 さて、俺はここから、どうしていくべきなのだろうな。

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