179話 女神の試練

 俺達の前に現れた女神アルフィラ。

 絆を持たぬ者の支配を認めないとは言っているが、武器を構えた様子はない。

 攻撃を仕掛けてくる気配は感じないので、まだ敵対した訳ではないのかもしれない。

 槍を持ってはいるのだが、ただ持っているだけという様子でもあるからな。

 女神を殺せば世界が崩壊するという前提がある以上、対話から入っていきたい。


「あなたが、女神アルフィラなのですか? 絆を持たぬ者の支配を認めないとは、どういう意味ですか?」


「リオン。私が招いた特異点。あなたは思うがままに語れば良い。敬意など、求めていない」


 俺の転生のきっかけは、女神アルフィラだったのか。

 だとすると、何の目的で? いや、優先すべき質問は、アルフィラの目的か。

 とにかく、敵対するメリットが薄すぎる。絶対に殺せない相手と敵になるとか、面倒でしか無い。


「招いた? リオンは、この世界で生まれた存在だよ」


「否定はしない。私はリオンの肉体に、魂を放り込んだだけ。本来死ぬべき運命だったものに」


 リオンという名前のキャラクターには聞き覚えがない。重要人物の幼馴染なのに。

 それは、俺の体は本当は生まれてこなかったからなのか。今思えば、気にすべきことだったかもな。

 となると、ディヴァリアと俺を出会わせてくれたのは、女神アルフィラになる。

 苦しい思い出もあったが、確かに感謝している現実だからな。

 アルフィラの行動にも、礼を言うべきなのかもしれない。


 まあ、それはアルフィラの目的次第だ。完全に敵に回るつもりなら、どうすれば良いのか。

 今のところは対話に応じてくれているみたいだから、このまま話し続けよう。


「先ほどの質問に答えてほしい。何のために、俺達の前に現れた」


「簡単なこと。私は、最高の絆を見たいだけ。だから、今しかない。ここから先には、きっと強い絆は生まれないから」


 だから、ディヴァリアの支配を認めないと言ったのか?

 いや、絆を持たぬものというのが、ディヴァリアと決まったわけじゃない。

 とにかく、アルフィラは絆を見たいだけ。以前から分かっていた事実だな。

 そうなると、何をすれば良いだろうか。強い心奏共鳴を見せれば、手っ取り早いはず。

 だが、心奏共鳴というのは、追い詰められないと引き出せないもの。

 今の状況だと、実行するのは難しい。


「どうしたら、お前は俺たちの絆を認めてくれる?」


「私が見たことのない、これからも見ることのない心奏共鳴を見たい。それだけでいい」


「達成できなかったら、どうなるのかな?」


「リオンの魂をもらう。永遠に、私の手元においておく」


 脅しだろうか。それとも、本音だろうか。

 少なくとも、ディヴァリアの目つきは変わった。

 俺としても、かなりの危機感を覚えている。

 もしかしたら、アルフィラごと世界が滅ぶのではないかと。


「何のために、俺の魂を?」


「私の世界を愛してくれて、誰かとの絆が好きなあなたが欲しいから」


 愛の言葉にしては、声に抑揚もなければ表情も動いていない。

 アルフィラの心が、全く見えてこない。

 俺に対する感情は本物なのか? それとも、ディヴァリアを焚き付けるためか?

 いずれにせよ、ディヴァリアの方から冷ややかな気配を感じる。とても危険だ。


「リオンは、絶対に渡さないよ」


「だったら、2人で最高の絆を見せてくれれば良い。それだけで、あなたからリオンを奪ったりしない」


「分かったよ。リオン、心奏具を出して。詩歌うたえ――チェインオブマインド」


「やるしかないな。歌謡うたえ――トゥルースオブマインド」


 このままでは、俺とディヴァリアは引き離されてしまう。

 それだけではない。きっとディヴァリアはアルフィラを殺して、世界ごとみんなも失われる。

 絶対に許してはいけないことだ。だから、応えてくれ。トゥルースオブマインド。

 俺とディヴァリアでお揃いのブレスレット。これこそが、絆の証だろう。


 やっと結ばれる道筋が生まれたんだ。こんなところで、離れ離れになりたくはない。

 だから、お願いだ。俺とディヴァリアの時間を奪わないでくれ。


 そう考えていると、俺とディヴァリアの心奏具どうしが、光で繋がっていった。

 つまり、心奏共鳴。だが、まだ課題はある。アルフィラが納得するくらいの、最高の絆を。

 俺達なら、絶対に大丈夫だ。積み重ねてきた時間がある。お互いへの想いがある。


 ディヴァリアリオンの顔を思い浮かべた。

 俺と私と同じことを、相手も考えてくれていると感じる。

 ディヴァリアへの想いはリオンへの想いは誰よりも最高なんだ誰にも負けない

 俺達は繋がっている私達は結ばれている何よりも強い絆で誰よりも強い愛で

 今、俺達は1つだ今、私達で1つなんだだからつまり俺達は最高だってこと私達は最高だよ

 行こう行こうディヴァリアリオンこれがこれが俺達の絆だ!私達の絆だよ!


「「心奏共鳴――異体同心LV∞!」」


 空間に輝きが満ちていって、万能感に包まれる。

 今なら、きっと世界だって思い通りだ。そんな気すらした。

 わずかな時間の後、アルフィラはこちらに微笑んだ。


「ありがとう。素晴らしいものを見せてくれた。これで、心が満たされるよう。偶然だったけど、リオンを見つけられて良かった」


「こちらこそ、ありがとうだ。ディヴァリアと出会えたのも、絆を結べたのも、お前のおかげなんだから」


「そうだね。リオンを連れてきてくれて、ありがとう。おかげで、いま幸せだよ」


 ディヴァリアは輝くような笑顔を見せてくれる。

 さっき、心が1つになったような感覚が、感情まで伝えてくれる気がした。

 俺への想いでいっぱいになった笑顔だと、心から信じられる。

 やはり、俺とディヴァリアの絆は誰にも負けない。そう理解できて、改めて女神に感謝した。


「あなた達には、この世界の中心で居てほしい。私の新しい望み。そのためなら、どんな協力でもする」


「なら、私達の結婚式を祝ってくれるかな? 女神が認めた夫婦なら、箔がつくでしょ?」


「こちらこそ、あなた達を祝福したい。これからも、あなた達を見守っていたい。ずっとそばで」


 アルフィラの言葉を受けて、俺達はお互いを見て、自然に頷いた。

 気持ちは同じだ。俺達の絆を再確認させてくれたアルフィラへの感謝があるから。


「もちろんだ。お前も、俺達の輪の中に入らないか?」


「そうだね。アルフィラなら、歓迎するよ。私達を認めてくれる、大切な相手としてね」


「ありがとう。私がこの世界を生み出したこと。ようやく報われた。最高の絆が、見られたから」


「こちらこそ、ありがとう。俺達の絆を、最高だと認めてくれて」


「そうだね。他人に言われるまでもないけど、私達が繋がった一瞬は、今までで一番幸せだったから」


 絶望の未来では敵対していたディヴァリアとアルフィラだが、今では和やかに会話している。

 これも、好転した未来と言えるのかもな。シャーナさんに感謝すべきことが、また増えてしまったな。


 それにしても、アルフィラもやはり人外なのだな。

 絆を見ることが全てで、これまでの犠牲なんて何も気にしていない様子だ。

 まあ、当たり前か。絆を求めているのなら、絆のない人間なんてどうでもいいのだろう。

 アルフィラが人間としての善性を持っていたら、今の光景はなかった。


「私の手で、最高の夫婦を祝福する。とても楽しみ。女神として、加護も授ける」


「ありがとう。念のために聞いておくが、俺達に害はないよな? 人間基準でだぞ」


「問題ない。あなた達が健やかに過ごせるように、協力するだけ。あなた達は、私の大切な存在だから」


「ありがとう、嬉しいよ。それで、これからも顕現し続けるの?」


「そうする。あなた達と、肉の体でも触れ合ってみたい。見ているだけではなく、手を取り合ってみたい」


「なら、握手でもするか? ほら、これでどうだ」


 手を差し出すと、俺の手を両手で優しく握ってきた。そして、柔らかい笑顔になる。

 先ほどまでの無表情は、全く感じられないな。


「リオン。あなたは最高の人。あなたには、永遠に感謝し続ける」


 とても優しい声で言われて、とても穏やかな気持ちになった。

 喜びまで自然と湧き上がってくるようで、女神としての力を感じた。


「私とも、手を繋ごうよ。友達か、他の何かかは分からないけれど。仲良くしていく証だよ」


「ありがとう、ディヴァリア。あなたの運命が変わったことが、私の最大の幸運だった」


 そのままディヴァリアとも手をつなぎ、笑い合っている。

 改めて考えると、とんでもないな。女神の祝福を得た結婚か。少し怖いが、楽しみだ。


「リオン、ディヴァリア。あなた達の敵は、私の敵。だから、安心してほしい。あなた達の幸福を、全力で手助けするから。私の設定した限界を超えてくれた、あなた達への感謝の形。忘れないで」

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