177話 いずれ母になるもの

 エルザさんを家に招いていて、俺達の子供をどう扱うかの相談を行う予定だ。

 気が早いと言われるかもしれないが、急に予定が入ることも珍しくはなくなるだろうからな。

 できるうちにできることをする。それが大切になってくるはずだ。


「エルザも私達の部屋に入れるようにしようか。それとも、子供の部屋を分けようか」


「私としては、部屋を分けた方が良いのではないかと思います。幼いうちは、鳴き声で邪魔になるでしょうし。執務を行う必要だってありますからね」


 俺としては、子供を俺達の手で可愛がるより、ちゃんと育つようにする方が、正しい愛情だと考えている。

 結局のところ、親だから何かをしたいというのは、本人の幸福に関係しない。

 つまらないエゴで、子供の成長を台無しにする訳にはいかないからな。


 それに、領民の生活もかかっているからな。

 俺達が子供の世話に手を取られて執務が滞るのは、貴族として責任のある態度とは言えない。

 悩ましい問題ではあるんだ。自分の手で子供を育てたい感情もあるけれど。

 やはり、効率の良い手段となると、慣れた人間に任せてしまうことになる。


 もうひとつの問題は、エルザさんの負担がどれほどのものかという点だ。

 孤児院で働いていたのだから、子供の世話には慣れている。

 だからといって、赤子を孤児院で育てていた訳ではないからな。

 まあ、俺の家にも、ディヴァリアの家にも、専門家はいる。

 エルザさんと協力してもらえれば、いい感じなのだがな。


「エルザさんは、赤子の世話は大丈夫か?」


「最低限のことはできます。暗殺者だった頃に、潜入の手段の1つとして、そして手駒の育成のための手段として、実践も行っていますから」


 なら、エルザさんに任せきってしまうのも手の1つか。

 俺達はエルザさんを信用しているが、うちの人間も同じとは限らないからな。

 連携に不安があるのなら、1人に託すのも手段なんだよな。

 どうしたものか。本当に悩ましい。


「私はエルザに任せちゃって良いと思うけど。最悪の場合でも、シルクを呼べば済むからね」


 死人は治せないから、本当の最悪には対処できないんだよな。

 とはいえ、エルザさんが子供を死なせるほどのミスをするとは思えない。

 本当に死ぬのなら、誰にもどうにもできない事態ではあるだろう。

 だから、任せてしまうのに不安はない。

 基本的には、とても信頼している相手だからな。


「今のうちから、勉強してもらうのも良いかもな」


「そうだね。適当な妊婦をあてがって、実体験させるのも良いと思うよ」


 すぐにその発想が出てくるあたり、他人を道具くらいにしか思っていないのがよく分かる。

 とはいえ、練習をしてもらうというのは、お互いにとって良いことだろう。

 適当な妊婦は困るかもしれないが。いや、子供が邪魔な人間もいるな。やり方次第か。


「まあ、あまり恨まれないやり方を考えないとな。親から子を引き離すのだから」


「そうだね。でも、私ならどうにでもできるかな。孤児院に子供を預けたいって相談が来ることもあるし」


 子供を手放したい親なら、むしろ都合がいいのは確かだ。

 俺達の子供に何かあったら、エルザさんだって悔やむだろうからな。できる備えはしておきたい。

 もしかしたら、俺が理不尽にもエルザさんを恨む可能性だってあるんだから。

 理性では彼女のせいではないと分かっていても、実の子のことで感情を制御できるかどうか。


 お互いの不幸を避けるためにも、雑な仕事はやめたほうがいいな。

 ちゃんと経験を積ませるのが、最悪の事態を避ける手立てだ。

 なんとなく任せて何かあったら、ディヴァリアもエルザさんも苦しむのだから。


「なら、エルザさんには手間をかけるが。経験を積む方向で行こう」


「かしこまりました。お二方の子供を健やかに育てられるよう、努力いたします」


「お願いね。エルザなら、最悪の状況でも納得できるから」


 ディヴァリアはそう思っているのか。

 なら、エルザさんに預けた方が良いな。

 失敗した乳母が殺されるのも、あまり見たい光景ではないからな。

 もちろん、うまくいくのが一番いいにしろ。


 俺もディヴァリアも、性格的には最悪の場合を考えがちだ。

 理想的な展開を考える時もあるのだが、人の悪意を知っているからな。

 だからこそ、失敗しても許せる相手の存在は大事になる。


「お二方の子ですから、最善を尽くします。私にとっても、大切な子のようなものですから」


「ありがとう、エルザ。私達を想ってくれて、嬉しいよ」


「そうだな。エルザさんには感謝してばかりだ。ノエルといい、エリスといい、帝国との時といい」


「当然のことでございます。私を大切にしていただける、あなた方だからこそなのですから」


 エルザさんは暗殺者で、だからこそ嫌われるというか、忌避されていたみたいなんだよな。

 実際に過去を知っている訳では無いが、言動の節々から感じられる。

 なら、俺達でエルザさんに愛される喜びを教えていきたい。

 ディヴァリアだって、異性愛ではないにしろ、家族愛のようなものは持っているはずなのだから。


「エルザさんには助けられているんだから、当たり前だよ」


「そうだね。それに、一緒に過ごしていて心地良いから」


「ありがたき幸せです。闇に生きる私が、あなた方の光に照らされているようです」


 俺もディヴァリアも、光の側ではないと思うが。

 まあ、エルザさんが救われているのなら、それで十分ではある。

 俺達にとって、大切な家族のような存在だからな。

 そんな人が俺達の子供を大事にしてくれるのだから、頼もしい限りだ。


「エルザさんだって、俺達を照らしてくれる光だよ」


「そうだね。私にとって、幸せの一部であることは間違いないから」


「あなた方に出会えて、尽くすことができる。どれほどの喜びでしょうか」


 とても満たされたような顔で、見ているこちらも嬉しくなる。

 やはり、大切な人が幸せそうにしていることは、大事な幸福だよな。

 これからも、エルザさんが幸せで居てくれるように。子供も大事にしていこう。

 俺達の子供が健やかであることは、親代わりのエルザさんにとっても重要なことだろうから。


「俺達だって、エルザさんと出会えた喜びは大きいんだ。だから、お互い様だよ」


「珍しく、私がリオンに紹介したからね。私のおかげだね」


 サクラ、ミナ達、ユリアとフェミル。その辺は俺がディヴァリアに紹介したからな。

 そう考えると、俺が起点となって生まれた関係はとても多い。ディヴァリアが珍しいというのも分かる気がするな。

 それに、俺の伝手では暗殺者を雇えなかった。それに、孤児院に務めさせるというアイデアもなかっただろう。


 だから、エルザさんとの関係は、完全にディヴァリアが生み出したもの。

 本当に感謝しないとな。こんな素敵な人と出会えたきっかけには。


「感謝します、聖女様。あなた様のおかげで、私は幸福を知ることができた」


「俺だって、ありがとうと言いたいな。エルザさんのおかげで、色々なものが手に入れられたのだから」


「ふふっ、どういたしまして。ずっと私のそばに居てくれれば、感謝の証としては十分だよ」


 今のディヴァリアの顔は、本当に聖女みたいだ。穏やかで、優しくて、癒やされる。

 これから先の結婚生活で、きっと子供にも愛情を注いでくれる。そう信じられる。

 俺達は、きっとみんなで幸せになれる。そう信じる材料が、また一つ増えた。


「もちろんでございます。私の幸福は、あなた方のそばに居ること。ずっと離れません」


「こちらこそ、よろしくね。私こそ、ずっと離さないからね」


「リオンさんの子供を、私達でしっかり育てましょうね。そして、私達も幸福になるのです」

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