170話 変わるものと変わらないもの

 ディヴァリアとソニアさんが珍しく一緒にいて、俺も同じ場所で話に参加している。

 というか、俺の家なのに俺が招いていない相手がいることが常態化している。

 まあ、嫌ではないのだがな。来る所まで来たかという感覚はあるが。

 もはや俺の予定はディヴァリアの支配下にある。自宅ですら、俺だけの居場所ではないんだよな。

 いや、父さんや母さん、使用人は居たのだが。


 とはいえ、夫婦になるのだから、おかしな話ではないだろう。

 ディヴァリアのことだから、本気で嫌なことはやめてくれるだろうし。

 なんだかんだで、俺が受け入れるのだと理解してやっているフシがあるからな。

 実際、知らない人を急に連れてこられない限りは問題ないし。


「聖女様の手によって、この世界は支配下に置かれることになるでしょうね。かつての聖女様でしたら、命を賭してでも……いえ、立ち向かう勇気などなかったでしょう」


 やはり、ソニアさんはディヴァリアの本性を知っているのだろう。

 どこまで、今の会話は仕込みなのだろうか。以前のユリアとの会話といい、俺に情報を伝えるためにわざとやっていないか?

 実際のところ、ディヴァリア達の関係が良好だと安心できているからな。

 彼女たちの狙い通りに進んでいる可能性は十分にある。


 まあ、計画通りだとして何も問題はない。

 お互いに協力できる程度の関係を構築できていて、俺に示しているだけなのだからな。

 そもそも、俺の知らないところで結婚相手が決まっているのだから。

 多少、裏で色々とされていたところでな。今更という話だ。


「ソニアの力では、私には絶対に勝てないからね。心奏具の形が変わるくらい、怯えていたんだから」


 それは知らなかった。なら、フィアーオブパワーとは違う心奏具だったのだろう。

 相当強い心奏具だと思っていたが、実は以前のほうが強かったりするのだろうか。

 まあ、直接聞くのは失礼に当たるだろうから、ソニアさんが教えたくなったら言ってもらえればいい。

 ディヴァリアの力を知って恐れるなんて、ある意味当たり前だよな。

 なにせ、世界を個人で滅ぼせるほどの存在なのだから。努力でどうにかなる相手ではない。


 ソニアさんだって、近衛騎士団長になる程度には努力を重ねてきたはず。

 そして、自分の力にも相応の自負を持っていたはず。

 だとしても、積み上げてきた全てが崩壊してもおかしくはない。

 なまじ強ければ、余計にディヴァリアの異常性が理解できるだろうからな。


「否定はできませんね。だからこそ、聖女様には逆らえなかった。意見すらできなかった。王国を守るべき小生が」


 まあ、幼馴染であった俺も強く恐れていたからな。納得はできてしまう。

 それに、今のソニアさんの心情は変わっているのだろうし。尊敬の感情は変わったりしない。

 というか、ディヴァリアが敵になって、それでも立ち向かえるやつなんて居るのか怪しい。

 チェインオブマインドには、本当に何も通じないからな。何をやっても無駄としか思えない。

 戦いに挑むのは、勇気ある行動ではなく、ただ無鉄砲なだけだろう。


「俺が同じ立場なら、逃げ出していたかもしれません。ハッキリ言って、仕方のないことですよ。勝算なんてあるはずがないんですから」


「リオンも諦めてた? サクラに勇気をもらっていたのは感じていたけれど」


「そうだな。ディヴァリアを止めたいとは思っていたが、無理だろうとも思っていた」


「リオン殿ですら、ですか。ユリア殿を守るために、敵わぬ相手に挑んだ貴殿でも」


 今の言葉からするに、ソニアさんがユリアの故郷を襲ったのは確定と考えていいだろう。

 だからといって、今更ソニアさんへの感情は変わったりはしないが。

 ディヴァリアの指示なら、逆らったら死ぬとしか思えないよな。よく分かる。

 かつての俺も、殺されることに恐怖していたからな。


「リオンなら、親しい相手の命が危険なら、私にも挑んできたかもね」


「ああ、確かに有り得そうですね。聖女様は、リオン殿の親しい相手を奪おうとはしなかった」


「今ではディヴァリアを優先するけどな。それでも、親しい人が死なないための努力はするが」


「それで良いんですよ、リオン殿。結局のところ、貴殿は大切な存在のために戦う人。そこを歪めても、良い結果は出ないでしょう」


 まあ、確かに。見知らぬ誰かのために頑張ろうとしても、しんどいんだよな。

 フェミルを助けた時だって、ソニアさんのような相手が敵なら諦めていたかもしれない。

 あの時は、フェミルと交流を深めた訳でもなかったからな。今ならどんな手段を使ってでも守りたい相手だが。


「そういえば、ソニアさんはいつ頃からディヴァリアと知り合っていたんだ?」


 これくらいならば、問題なく話せる範囲だと思う。

 俺より早いということはないだろうが、どれくらいだろうな。

 エルザさんやノエルより早いと、相当な付き合いということになるが。


「貴殿がメルキオール学園に入学するよりは、明確に早かったですね」


 そんなものか。というか、俺が入学した頃には、すでにディヴァリアは王国の中枢に食い込んでいたのか。

 やはり、戦闘以外の才能も凄まじいんだよな。俺とは比べ物にならない。

 まあいい。ディヴァリアに釣り合うために努力するつもりではある。が、いま目の前にいる相手を大切にするほうが重要だ。


「なるほど。俺よりもディヴァリアの方が、ずいぶんと長い付き合いなんですね」


「そうですね。聖女様のおかげでリオン殿に出会えたので、そこは良かったと思います」


「なるほど、そこは、ね? 私と出会ったのは良くなかったことだと?」


 軽い口調ではあるが、とんでもなく恐ろしいんだよな。

 ソニアさんの立場だったら、俺は縮こまるぞ。

 まあ、当人は怯えていないようだから、冗談と理解できているのだろうが。

 本気でディヴァリアが怒ったら、むしろ感情を隠すものな。

 ニコニコしているような時こそ、本当に危険な時なんだ。


「今では良かったと言えますが。当時は泣きたくて仕方なかったですよ」


 まあ、ディヴァリアに目をつけられたと思ったらな。

 悪事に加担させられて、敵対した人間が死んでいくのを見て。

 そんな中、どうやって生き延びるのかを考えないといけない。

 想像しただけで、胃に穴が空くような気がしてきた。

 俺にはある程度は好意的で居てくれたからな。知らぬ間に助かっていた。


「そんなソニアが変わったのは、リオンと出会ってから。やっぱり、リオンは勇者だよね。勇気を与える人だよ」


「リオン殿の勇気は、誰もを相手に発揮されるものではないでしょう。だからこそ、より尊いのです」


 そんなものか? よく分からないな。

 弱きを助け強きをくじく。俺の中のヒーローのイメージだ。

 その前提から言うと、俺の行動に当てはまっているのかどうか。

 とはいえ、ソニアさんが変化したきっかけであるという事実は、とても嬉しいものだ。だから、細かいことは良いか。


「ソニアさんが勇気を持てたのなら、良いことなのかな。ディヴァリアに敵対してほしくはないが」


「分かっています。それに、以前の聖女様と比べて、ずいぶん接しやすくなりましたから。安心してください」


「リオンと結ばれるのなら、他のことは小さなことだからね。積極的に殺す理由はないんだよ」


「このように、聖女様はとても穏やかになられました。リオン殿のおかげです」


 ディヴァリアの残酷さを知っている人間から、今のように言われる。

 俺の見えないところでも、少しずつ変化しているのだな。

 全てを知れないことは悲しいが、同時に嬉しくもある。

 俺に関係のない所でも、ちゃんと生きているという事実があるから。


「リオンが望むことは、できるだけ実行するよ。だから、永遠に離れないでね」


「聖女様にとっても、私にとっても、貴殿は必要な存在なのです。ですから、これからもよろしくお願いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る