6章 聖女ディヴァリアと勇者リオン

161話 決して壊れないもの

「ディヴァリア、あたしに黙っていたことがあるそうね?」


 ディヴァリアとサクラが目の前で顔を合わせると、突然サクラが明らかに不機嫌な声色で言い出した。

 おいおい。まさかケンカになったりしないよな? 仲違いして、サクラは無事で居られるのか?

 いや、それともシャーナさんの言っていた不安になる話か?

 ディヴァリアの計画のうちだから、問題ないのだろうか。

 だが、どう見てもサクラは本気だぞ。大丈夫なのか?


 メルキオール学園の復旧に向けて、生徒たちが集まった中での出来事だ。

 学園では多くの死人が出ていたし、戦争もあった。

 だから、機能不全を起こしていたんだよな。それでも、なんとか形にできないかと試行錯誤している最中なんだ。


 それよりも問題なのは、今のサクラの態度が演技なのかどうかだ。

 とにかく迫真で、本気でディヴァリアに敵意を抱いているようにしか見えない。

 ケンカくらいで殺されるとは思いたくないが、逆鱗に触れたりしないだろうか。


「隠していた事? いったい何ですか?」


「リオンと結婚するって事! あたしの想いを知っていて、黙っていたのよね!?」


 あ、これは大丈夫なやつだ。

 俺達が結婚することはとっくに知られているし、何ならサクラだって側室になる。

 その前提を知っていると、安心して見守っていられるな。

 本気で仲違いする未来は無さそうだ。助かるな。

 ディヴァリアもサクラも大切な人だから、仲良くしてくれていると嬉しい。


「リオンは私のことが好きなんですから、仕方ないですよね」


「そんな訳ないでしょ!? あたしの気持ちを無視して!」


 というか、俺が見世物になっているんだよな。どう考えても周囲に注目されている。

 さて、止めた方が良いのだろうか。ディヴァリア達の望む動きは、なんだろうか。

 仲違いしているとアピールする意図はあるのだろうが、他の目的は何だ?

 まあ、俺が止めに入ってもこじれるくらいの方が、仲が悪い印象になるな。


「落ち着いてくれ、サクラ。黙っていたのは悪かったから……」


「うるさい! あんただって共犯でしょうに! あたしが告白したのに無視して!」


「サクラ。リオンを悪く言うのは許せないですよ」


 ディヴァリアはサクラをにらんでいるが、いつもの怒りを感じない。

 本当にプロレスなのだろうな。なら、のんびりと眺めていられる。

 だが、周りは焦っていると言うか、本気でケンカしているように見えているみたいだ。

 つまりは、この中の誰かに知られたい。あるいは、情報が広がってほしいのだな。


 方向性は分かった。そうなると、俺は振り回される立ち位置が良いだろう。

 どちらもなだめようとして、間でアワアワしている感じというか。

 結果的に、対立が強調されることになるだろう。


「俺のことは気にしなくていいが、俺を理由にケンカをするのはやめてくれないか」


「リオン、あんたはどっちの味方なのよ!?」


「もちろん、私の味方ですよ。ね?」


 これが本気だと思うと、恐ろしくて仕方ないな。

 だが、演技だと考えているから冷静さを保てる。

 俺としては、できれば目の前で見ていたくはないが。

 ウソだと考えていても、苦しさはあるんだよな。


「ディヴァリアと結婚する訳だからな。サクラの味方は難しいよ」


「……そう。そうなのね。あんたも、あたしの気持ちを裏切るの」


 底冷えしそうな声で、演技だと考えていても震えそうだ。世が世なら、女優としてもやっていけそうだな。

 サクラは怒りを爆発させるイメージだが、今はぜんぜん違う。

 だからこそ、まだ俺は落ち着いていられる。でも、本気で信じてしまいそうなんだよな。


「分かりましたか? リオンは私のものなんです。そして、私はリオンのもの」


「認めない。絶対に認めないわ。何があったとしても、あんたは許さない」


「リオンを傷つけるつもりなら、私にも考えがありますよ。詩歌うたえ――チェインオブマインド」


「あんたがそのつもりなら。覚悟さとれ――プロミスオブボンド」


 ディヴァリアの左手にブレスレットが現れ、サクラの首元にネックレスが現れる。

 流石に笑えない。2人がぶつかりあえば、演技だとしても被害が大きいだろう。

 そこで、2人の間に入り込む。お互い、俺を巻き込む訳にはいかないだろうからな。


「待ってくれ! 周りに人がいる状況でぶつかり合うつもりか!? 2人とも。そこで戦うのならば、俺を殺すつもりでやれ」


「……仕方ないわね。首を洗って待ってなさいよ、ディヴァリア」


「サクラさんでは、私には勝てませんよ」


 サクラは心奏具の展開を解除して、ゆっくりと去っていく。

 ディヴァリアは穏やかな笑みを浮かべて、俺の左手を握ってきた。


「サクラを挑発するようなこと、やめてくれないか。俺は2人のケンカを見たくないんだ」


 そう言いつつ、手をしっかりと握り返す。

 きっと、俺はディヴァリアの意図を理解していると伝わるはず。

 俺が本気でディヴァリアを止めるつもりなら、今ここで手を振り払うくらいの方がいい。

 だから、ずっと一緒にいたディヴァリアなら何も言う必要なんてない。


「人の旦那を奪い取ろうとする人に、優しくなんてできませんよ。私だって女なんですからね?」


 人目があるから、お互いに本心を口にする訳にはいかない。

 きっと、ディヴァリアの計画が崩壊してしまうから。

 俺としては、ディヴァリアの言葉を信じたていで動くのが良いだろうな。


「俺が好きなのは、ディヴァリアだけだよ。でも、サクラだって友達なんだ」


「誰にでも優しいのはリオンの悪いところですね。フッてあげるのも大事なことなんですよ?」


 サクラを俺の側室にしたいと言ってきたのはディヴァリアだ。

 それを考えると、いけしゃあしゃあとという感想だな。思わず笑ってしまいそうなくらいだ。

 だが、しっかりと演技をしないとな。俺がディヴァリアの計画を邪魔する訳にはいかない。

 きっと、これまでのように戦争を引き起こすものではないと信じているからな。


「それを言われると弱いな……サクラには悪いが、ハッキリと付き合えないと言うよ」


「ありがとうございます、リオン。あなたは、私だけのもの。永遠にですよ」


「そうだな。聖女のものなんて、光栄だよ」


「聖女という立場だけなんですか? 私自身を、見てはくれないんですか? サクラさんより、リオンを幸せにできますよ?」


 なかなかにサクラを煽っていくな。この場に居ないとはいえ、情報は伝わるだろうに。

 自作自演だと考えると、微笑ましいものではあるが。わざわざ挑発するのも、サクラを信頼している証に思える。

 今の言葉程度では、絶対に壊れない関係だと信じているのだろう。

 いいな。ディヴァリアとサクラが、本気で親友だと分かる。


「ディヴァリアのことは信じているよ。俺を大切にしてくれると。その分を返すつもりだ」


「嬉しいです。リオンと私なら、最高の夫婦になれますよね。勇者と聖女。誰よりもふさわしい2人ですから」


「お前に釣り合う相手なんて、誰もいないと思っていたよ」


「リオンなら、ずっと私と対等でしたよ。幼馴染として、ずっと私を支えてくれたじゃないですか」


 本心も入っているのだと信じたい。

 俺はディヴァリアの役に立てていたのだと思いたい。

 結婚する段になっても、能力では負けていると感じるからな。

 それでも好きでいてくれる相手だから、絶対に裏切らないようにしないと。


「これからも、ずっと支え続けるよ。お前が大好きだからな」


「約束ですよ? 他の誰に嫌われるより、リオンに嫌われることが苦しいんですから。私を泣かせないでください。永遠に」


 どんな未来が待っていたとしても、必ず。

 ディヴァリアを愛し続けて、幸せにし続ける。俺自身に、ディヴァリアに、誓ってみせる。

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