148話 誰かの支え

 戦争の足音が近づいている感覚がある。だが、まだ宣戦布告は行われない。

 ミナによると、こっそり攻めてくる訳でもないようだ。

 つまり、教国は必勝の準備を整えてから動くつもりなのだろう。

 ディヴァリアがいる限り、何をしても無駄だとは思うが。

 原作と同じ手段で勝てるほど、今のディヴァリアは弱くない。

 いや、原作でだって十分に化け物だったのだが。


 それに、相手が準備をできるということは、こちらだって準備できるということ。

 すべてを粉砕するだけの備えをして、できるだけ楽に勝ちたい。

 まずは、トゥルースオブマインドを使いこなさないとな。


 今日はシャーナさんと、心奏具の扱いについて相談をしている。

 破壊の力は確かに強い。だが、性能に振り回されるのは論外だ。

 しっかりと習熟して、最善の状態で戦争に向かいたい。

 たとえ、ディヴァリアがすべてを終わらせるのだとしても。俺にできることを止める理由にはならないよな。


 俺の目標はディヴァリアに並び立つこと。そのためには、並大抵の努力では足りない。

 世界を滅ぼせるほど強い人間相手に追いつきたいんだ。寄り道している時間はない。

 それでも、ディヴァリアを無視してまで鍛錬を続けるつもりはないが。

 一番大切なものは、決まり切っているのだから。自分の欲望を優先すべきではない。


「そうじゃな。まずは、どれほど遠くに破壊の力を出現させられるのかを検証したい。起点という意味じゃ」


 まあ、真っ直ぐ飛ばすだけなら、それこそ視界の届く範囲にはという感じだ。

 だが、一直線上にあるものを全て巻き込むことを意味する。

 よほど大切だと考えていないと、無意識では破壊を避けられない。

 俺の親しい相手ならば、適当に放っても勝手に壊さない能力ではある。

 とはいえ、ただの他人ならば、明確に意識していないと巻き込んだら死ぬ。


 剣と盾を具現化させて、形を変えるという手段もある。

 だが、潜り込ませる隙間がないと困ってしまうからな。使える手札は増やすべき。

 シャーナさんは、やはり優れた師だ。俺以上に俺の心奏具を理解しているかもしれない。


 実際に試してみると、せいぜい2メートルやそこらならば、発生の起点にできることが分かった。

 目隠しをすると思うような位置に発生させられないので、視覚も重要だ。

 こうして考えると、弱点も多いな。周りが敵だけなら、適当にぶっ放せば良い。

 だが、味方の存在だ。親しい人は破壊できない。それは心で理解できる。

 それでも、ただの兵士や住民を巻き込む可能性は否定できない。

 つまり、人質に弱いということだ。それも、ただの民衆を盾にするような。


「なるほどの。建物の内側に発生させるのは厳しいか」


 それなんだよな。例えば、民家の内側に直接能力を発生させれば、暗殺なども思いのままなのだろうが。

 一度、ミナと協力してみる必要もあるな。遠くの視界を共有すれば良いのなら、手段は広がる。

 サッドネスオブロンリネスの可能性はとんでもないよな。理解できない人間が可哀想なくらいだ。

 本当に、便利さで言えば他の追随を許さないんだよな。比べることすらおこがましい。


「見えない場所には、うまく発生させられないんだよな」


「心奏具は大体似たようなものじゃ。フェミルとて、視界の範囲にしか転移できなかったであろ?」


 確かに。なら、ミナとの連携は有用そうだ。

 実際に必要になるかはさておき、使えるようになっておいて損はない。

 俺達の目指す未来のために、手段はいくらでも必要なんだから。

 ミナの敵を暗殺するのも、場合によっては重要になる。

 最小限の犠牲に抑えるためには、中心人物を殺すのが有用だから。


 帝国との戦争でも同じだった。レックスさえ死ねば、後の抵抗はゆるいもの。

 指導者の存在こそが、集団を敵にする上で最もやっかいなんだ。

 だからこそ、ミナは何があっても守るべき。親しい人だということを抜きにしても、王国には絶対に必要な人だから。


「サッドネスオブロンリネスの強さが際立つな」


「ミナは別格よな。視界を共有できるという一点で、強い心奏具をさらに強力にできる」


 フェミルの転移だって、ミナの協力がなければもっと弱かった。

 俺だって、2人が居なければ死んでいただろう。

 そう考えると、ミナにも命を救われているんだよな。もっと感謝しないと。

 今回の戦争で、ミナの活躍を周囲に焼き付けること。それが良い恩返しになるだろう。

 ミナの目標は、王になることなんだから。より立場を盤石にしたいはずだ。


「ミナの優秀さが理解されないのは、本当にもったいないな」


「だが、身を守る術を持っていなかった頃は暗殺の危険があったからな。王位を目指すものや、敵国によって」


 確かにな。ミナが敵なら、俺はどんな手を使ってでも殺そうとするだろう。

 たった1人の存在で、あらゆる作戦を崩壊させられる可能性があるのだから。

 伏兵のたぐいは一切通用しない。その恐ろしさがどれほどか。

 もっと恐るべきこととして、日常から密会まで、すべてを知られかねないことがある。

 ミナの価値が理解されるということは、ミナの危険性も理解されるということ。

 そう考えると、力ばかりが優先される価値観も、悪いことだけではないな。


「今なら、ミナを守る手段はいっぱいあるからな」


「そうじゃな。本人にも、周囲にも。リオンがきっかけでミナが得たものは、とても多い」


 ディヴァリアを始めとした友達。そこからの繋がりが大きいのだろうな。

 そもそも、俺が居なければミナは死んでいた。シャーナさんの言葉である。

 嫌な話だ。優しくて、優秀で、とても素晴らしい人なのにな。

 出会いが失われただけで、悲劇へと向かうのだから。


「ミナを失わないためにも、もっと強くならないとな。助けを求められたら、いつでも力になれるように」


 そのために、今トゥルースオブマインドの検証をしているのだから。

 次は、破壊の力の形を制御することを試してみるか。

 自分にまとえることは、試さなくても分かる。親しい人にも、大丈夫だ。

 まあ、思い込みかもしれないから、ちゃんと試さないと。


「さあ、うちで試すがよい」


 シャーナさんの言葉があれば、安心できる。自分が死ぬと分かっていて試せとなど言わないはずだ。

 だから、素直にシャーナさんの周囲に力を発動させる。わざわざ破壊の力に触れてくれて、親しい人は壊さないという感覚に確信を与えてくれる。

 やはり、シャーナさんに頼って良かった。大丈夫だと思っていても、破壊の力は恐ろしい。


「ありがとう。これなら、ミナ達を守るのにも十分だな」


「そうじゃな。お主の力は、誰かを守るためにも使える。素晴らしいことじゃ」


「いや。大切な人だからこそだ。誰もを守ることはできない」


「それでいい。お主が紡ぐ未来は、お主の大切な人が居てこそ。結果として、大勢が守られる」


 まあ、シャーナさんの言うやり方で十分か。目の前の人を守って、それが繋がっていく。

 俺が全てを救うよりも、理想的な展開だ。だからこそ、ちゃんと大切な人を守らないとな。

 ディヴァリアだって、いつかは本物の聖女になってくれるかもしれないのだから。

 外道のままでだって、大好きであることに変わりはない。

 それでも、犠牲が少ないほうが良いに決まっているからな。


「なら、いつも通りだな。目の前の戦いに全力を尽くすだけ」


「そうじゃな。お主はまっすぐ進めば良い。うちが支えてやるから」


 心強いことだ。俺1人だけではなく、みんなで未来を守る。そうできたら、きっと最高の気分になれるだろう。

 だから、まずは教国との戦争だ。できるだけ楽に勝って、後に備えたい。

 平和な日々が訪れるように、全力を尽くしていくんだ。


「シャーナさんが支えてくれるなら、心強いよ」


「お主の望みは、うちの望み。じゃから、いつでも頼るといい。永遠に、うちはお主の味方じゃ」

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