140話 感謝という呪い

 今日はシルクと一緒だ。俺を癒やしてくれたお礼は、絶対に言わないとな。

 シルクが治療してくれると思っていたから、突き進むことができた。

 だから、レックスを倒す上で大きな役割を果たしてくれたはずだ。

 間違いなく、俺達の戦いでの貢献度はとても大きい。

 そんな相手に感謝しないで、誰に感謝するんだって話だ。


「シルク、ありがとう。お前には何度も助けられているな。今回も、命を助けられた」


「当然です。リオン君の命を救えるのなら、私は何だってします」


「代わりにシルクが犠牲になったら、何の意味もないんだからな」


 なんとなく、シルクの瞳から狂気のようなものを感じた気がした。だからこその言葉だ。

 俺を助けるために、シルクが命をかけるだなんて悪夢でしかない。だから、釘を差しておきたかった。


「理解しています。私はリオン君とともに生きていたい。私自身の意志ですから」


「なら、いい。ごめんな。俺が死にかけて、心配だったよな」


「無論です。あなたは絶対に止まってくれない。それがどれほど苦しいか、分からないのでしょうね」


 分かっているとは口が裂けても言えない。何度も死にかける相手を癒やすのが、いったいどれほどの苦痛なのかなんて。

 シルクの忠告を何度も無視して、命をかけてばかりの俺が言うべきことではない。

 それでも、シルク達を守りたかったんだ。言い訳にもならないかもしれないが。


「何を言っても信用してもらえないかもしれないが、俺はお前たちと生きていたい。それは本心なんだ」


「承知していますよ。だからこそ、リオン君が大切なんです。結局は、私達のために戦っているあなたが」


「そうかもな。でも、シルクを苦しめる理由にはならないから。すまない」


「結論としては、これからも無理をするのは変わらないんですか?」


「いや。ディヴァリアにも力を借りることにした。だから、楽に勝てるはずだ」


 ディヴァリアは最強だからな。何があっても、絶対に負けたりはしないだろう。

 唯一対抗できたであろうサクラも、俺達の味方なんだから。敵なんて居ない。

 だが、油断する訳にはいかない。何があっても、ディヴァリアを失いたくないから。もちろん、シルク達だって。


「同感です。ディヴァリアさんは、確かに強い。だから、少しは安心できます」


「俺の新しい心奏具だって、相当強いんだ。だから、これからは無茶をするまでもなく勝てるはず」


「期待しています。リオン君を癒やさなくて良いのなら、その方が良い」


 当たり前だよな。俺を癒やすということは、俺が傷ついているということ。

 優しいシルクにとって、友達が傷ついているというのは、好ましくないに決まっている。

 だからこそ、これまでの俺は罪深いのだろう。何度も何度も傷ついていたからな。それだけ不安にさせたはずだ。

 シルクがこれから心配しなくて済むように、もっと強くならないとな。


「ああ。シルクには心配をかけたくない。回復魔法には助けられているが、シルクは苦しいのだから」


「魔法は負担ではありません。リオン君が傷ついている事実だけが、つらかった」


「これからはシルクの世話にはならない。ウソにしないように、頑張るから」


「否定します。もう、頑張らなくていいんです。リオン君は努力し過ぎなんです」


 どうだろうか。まあ、命をかけた経験は人より多いと思う。

 だからといって、人並み外れた努力をしていただろうか。

 訓練には全力だったつもりではある。ディヴァリアよりも努力していたつもりではある。

 だが、結果が出ていない以上はな。効率が悪かったとか、なにか問題があったはずだ。

 そもそも、俺は本心に気づいていなかった。つまり、心の面では間違った努力を続けていたのだから。


 シルクは悲しそうだから、笑顔をみせてほしい。いや、俺が悪いのだがな。

 何度も何度も治療させて、俺の傷を見せて、どれほど苦しんでいただろうか。想像すらできない。

 それでも、努力はやめられない。だって、シルク達を守りたいから。

 分かっているんだ。俺のワガママだって。だとしても、止まりたくないんだ。


「命を削るような真似はしない。それだけは約束する」


「信用できません。何度あなたに裏切られてきたことか」


 まあ、当たり前だよな。つい最近、レックスに殺されかけたばかりだ。

 シルクは何度も無茶をするなと言っていた。だが、俺は立ち止まらなかった。

 状況を考えれば、信用しろだなんてとても言えない。

 だからこそ、次に訪れるであろう戦いでは、無傷で勝ってみせる。

 シルクの命だけ守ればいいわけではない。心だって、大切なんだから。


「シルクを泣かせたくない。これは俺の本音なんだ」


「理解しています。そんなリオン君だから、何度も無茶をした」


「許してくれとは言えない。だけど、泣かないでくれ。お前が泣いている姿は、見たくないんだ」


 シルクからは涙がこぼれそうになっている。ああ、嫌だな。

 ずっと笑顔だけ見ていられたら、どれだけ良いか。

 だけど、俺が悪いんだよな。本心に気づいていれば、もっと傷は少なくて済んだのに。

 トゥルースオブマインドがあれば、楽に勝てた場面は何度もある。


「拒否します。これがあなたへの罰です。私を悲しませたことの」


 そのままシルクの目からは涙がこぼれていった。

 本当に悲しいのだろうとわかるくらいに、声を歪ませながら。

 しゃくりあげながら泣いていて、感情が爆発したような感覚がある。

 やはり、苦しめ続けていたのだろうな。反省すべきことだ。

 命をかけた事自体は悔いたりしない。それでも、シルクを悲しませないやり方はあったはずだから。


「すまなかった、シルク。もうお前を泣かせたりしないから。悲しませたりしないから」


「分かりました。リオン君、胸を貸してくれますか?」


 シルクは俺の胸に顔をうずめて、そのまま泣き続けていた。

 きっと、シルクの泣く姿を見るのは最後にしてみせる。そんな決意を固める。

 俺はこれまで、何度も悲しませ続けてきた。だからこそ、これからずっと笑顔で居られるように。

 間違い続けてきた俺の、せめてもの償いだ。大切な友達への、大切な誓いなんだ。


「シルク、今までありがとう。これからは、お前の助けがなくとも無事に生きのびてみせる」


「約束ですよ。裏切ったら、今より泣きますから。それに、あなたを許さない」


「ああ。シルクの泣き顔は、二度と見たくないからな。絶対に達成してみせる」


 シルクは泣き止んでいたが、目は真っ赤だ。

 いつも穏やかなシルクの泣き顔は、本当に心にくる。

 もう、二度と悲しませなくて済むように、全力を尽くそう。

 恥も外聞もなく、ディヴァリアに頼ってでも。俺1人では、きっとまた泣かせてしまうから。

 きっとディヴァリア本人だって、俺に頼ってほしいはずだ。


「絶対にですからね。あなたが傷つくたびに、私の心は引き裂かれそうだった。大好きな人に傷ついてほしくない。それだけのことが、とても遠かった」


 悲痛そうな顔だから、いや、表情なんて関係なく、シルクの本音なのだろう。

 だから、もう無茶はしない。シルクの苦しみを、これから少しでも癒やせるように。

 大切な相手が傷つくのを待っているだけだという苦しみを、二度と味わわせないように。


「分かった。何があっても、必ず無事に帰ってくるよ」


「期待しています。リオン君。あなたに感謝されて、最初は嬉しかった。でも、今は呪いなんです。だから、もう二度と傷つかないでくださいね」


 なら、感謝を喜べるように、日常の小さな出来事での感謝を積み重ねてやる。

 そして、俺の傷つく姿と感謝の言葉を切り離してやるからな。

 シルク、今までありがとう。これからは、俺が返す番だ。

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