127話 暗闇の短剣

 エルザさんとともに王城を進んでいく。

 後少しで皇帝の元へとたどり着くはずだ。暗闇の短剣は皇帝と協力するのか否か。

 どちらにせよ、打ち破るべき相手は決まっている。やることは大して変わりはしない。

 それでも、別々に現れてくれたほうが楽ができそうな気がするがな。

 まあ、何でも良い。俺は皇帝を討つ。それだけだ。


「エルザさんは、どんな戦い方をするんですか?」


「静かに。発起て――ウィルオブデストラクト」


 エルザさんの手元に黒い二丁拳銃が現れる。

 心奏具を構えたということは、敵が近くにいるということか。

 俺もエンドオブティアーズを構えて周囲をうかがう。だが、敵の姿は見当たらない。


「見えていますよ。そこ!」


 エルザさんが心奏具を何もない空間に向けて銃から光を放つ。銃声のようなものは聞こえない。

 だが、何かを蹴るような物音が聞こえて、次いで声が聞こえた。


「気づかれたか。勇者リオンだけであれば、楽に討てたであろうに」


 何も見えないのに、声だけが聞こえる。つまり、敵の心奏具は姿を透明にする能力か?

 いや、断定は危険だ。他の能力があって、結果的に見えないだけかもしれない。

 何にせよ、強く警戒する必要があるだろうな。目には見えないというのは、恐るべき脅威だ。

 おそらくは、いま対峙している敵は暗闇の短剣。暗殺術使い。

 ということは、まさかエルザさんも? いや、そんな事を考えている余裕はない。


「心奏具の能力に頼るだけの、程度の低い技ですからね。不意打ち程度で足音を出すなんて」


「貴様に見えていたとしても、勇者リオンには!」


「好き勝手に行動させると思いましたか?」


 エルザさんは両手の銃を撃ちながら、おそらく近づいての蹴りも繰り出していく。

 全く敵の姿が見えないのに、よく対応できるものだ。

 状況的には、俺は守られているだけなのにな。足手まといになっているだけだ。

 だが、大体の敵の位置はエルザさんの動きを見ていれば分かる。

 なので、邪魔にならないように敵から距離を取っていた。


「壁の穴、静かな戦い……まさか貴様、音無しか?」


 音無しなんて、俺でも知っているくらいの有名な暗殺者だぞ。

 未だに正体はハッキリしていなくて、音無しが原因とされる殺しの結果だけがある。

 名のある武人、要職の人間、同業者。様々な人達が殺されているのに、謎だらけの存在。

 まさか、エルザさんが? いや、辻褄は合うんだ。

 音無しに殺された人間の特徴は、どれも額に穴を開けているというもの。

 だから、エルザさんの二丁拳銃での死体だと考えれば納得はいく。


 いや、目の前の敵に集中しろ。エルザさんの正体なんてどうでもいい。とにかく、皇帝を討てれば良い。

 何か俺にできることはないか? 敵の姿が見えないままでは、手段は限られてくる。

 エンドオブティアーズの剣を伸ばすことだって、当てずっぽうではダメだ。

 他の手段。例えば初級魔法だって、遠くから狙えるものでは同じ。

 ウインドでの加速だって、エルザさんの邪魔をするだけになりかねない。

 悔しいが、今は様子を見ているしかないのか。


「さて、私の正体を知って何になるんです? あなたの運命など、変わりはしませんよ」


「音無しを討ったとなれば、我が実力の証明になる。いざ!」


「できもしないことを、ぬけぬけと。実力差が分かりませんか?」


「リオンを守りながら、どこまで戦えるかな!」


 敵はとにかく俺を狙っているようで、俺のそばにエルザさんが撃つことも多くなった。

 だが、エルザさんは全く誤射しない。俺の頬をかすめそうな位置に撃つことすらある。

 それでも、俺には全くダメージはない。よほど自分の腕に自信があるのだろう。

 ありがたいことだ。俺を守るためにエルザさんが縮こまっているなど、悪夢でしかないからな。

 今の俺にできることは、敵の動きを割り出すための観察だけ。


 敵の心は分からなくても、エルザさんのことなら分かるんだから。

 エルザさんの視線や動きで、敵の位置を割り出せれば良い。

 なら、簡単なことだ。長い時間を過ごした相手のことが、分からないはずがない!


 しばらく観察していると少しずつ慣れてきたようで、俺が敵から離れることには成功しているみたいだ。

 なにせ、エルザさんは俺の至近距離に撃たなくなったからな。


「エルザさん、こっちは心配しないでください!」


「分かりました。なら、もう少し本気を出すとしましょう」


 エルザさんは左手で殴りながら右手で撃ったり、銃を振り回しながら撃ったりと、なかなかにすごい動きをしている。

 だが、エルザさんがどこを狙っているのか、俺には自然と分かる。

 そして、敵には分かっていないようで、徐々に地面に血が撒き散らされていく。


「こうなっては仕方がない。ダガーオブハイド。俺の心を具現化しろ」


 地面に撒き散らされた血も見えなくなり、足音も聞こえなくなった。

 どこに向かっているのか、全くわからない。だが、エルザさんは違うみたいだ。


「ウィルオブデストラクト。私の心を具現化しなさい」


 周囲に響くような音が何度も鳴り響いていく。

 これはまさか、ソナーか何かのように敵の位置を探っているのか?

 音の反響を利用して、見えない敵の位置を割り出す形で。


「音無しとは名ばかりじゃないか。だが、これで終わりだ」


 敵はエルザさんの方に向かっている。エルザさんの視線と仕草で分かる。

 そして、彼女は全く動きやしない。反撃など容易だろうに。

 まあ、意図は分かる。だから、俺はエンドオブティアーズの剣を敵に向けて、瞬時に伸ばしていった。

 相手は俺のことなど全く気にしていなかったようで、あっけなく貫かれていく。

 エルザさんのことに注目するばかりで、油断していたのだろうな。倒れた敵は、ダガーをずっとエルザさんに向けたままだった。


「終わりましたね。エルザさん、ありがとうございました。俺に花を持たせてくれたみたいで」


「いえ、気にしないでください。効率が良い手段を選んだまでのことです」


「俺がいなければ、もっと楽に倒せていたでしょうに」


「否定はしませんが、リオンさんのためだから、私は力を振るったんです」


 エルザさんは柔らかく微笑んでいる。相変わらず聖母のような顔で、この人が音無しだなんて信じられないくらいだ。


「助かりました。正体なんて、誰にも知られたくないでしょうに」


「リオンさんは、私が音無しだと知ってどう思いましたか?」


「こう言っては誤解を招くかもしれませんが、別に何も。エルザさんは何も変わりはしないんですから」


「あなたの気持ちは良く分かりますよ。私の正体が何であれ、大切な相手だと思うだけなんでしょう?」


「そうですね。これからも、エルザさんとはずっと仲良くしていきたい。それだけです」


 間違いなく本音だ。エルザさんの過去がどうであれ、孤児院の子ども達に尽くしてきたことは代わりはしない。

 そして、俺達が過ごしてきた時間の大切さも。だから、エルザさんの正体なんて些細なことだ。


「嬉しいです。では、私はこれで。所詮は暗殺者ですから、正面切っての戦闘は苦手なんです。それに、心の具現化は消耗が激しいですから」


「分かりました。必ず皇帝を討って、またエルザさんと過ごしてみせます。だから、待っていてください」


「はい。あなたにならば、私のすべてを捧げられる。ですから、暗殺者としての私も、母としての私も、いつでも求めてくださいね」


 そう言ってから、エルザさんはフェミルに連れられて去っていった。

 さあ、後は1人だけ。最後の壁だけだ。絶対に、どんな手を使っても、勝ってみせるからな。

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