116話 日常という幸福

 使用人達はメルキオール学園での生活に慣れて、もうカンペキに仕事と両立できている。

 流石だという思いが強いな。単に知り合いを選んだだけなのだが、相当な当たりを引けたように思える。

 まあ、仕事の出来が悪かったところで見捨てるような関係性ではないのだがな。

 それでも、うまくやってくれているようで、ありがたい。


 俺の家での生活は、訓練以外のことはほとんど使用人がこなしている。

 貴族だということを考えれば当たり前ではあるはずなのだが、どうにも気になってしまう。

 俺がやったほうが早いこともあるし、そこまで世話を焼かなくてもと感じる瞬間もある。

 だからといって仕事を奪えば、お互いが不幸になるだけだからな。

 何もできない人間を雇っておくほど、アインソフ家は甘くない。


 もう大切な相手なので、離れ離れにはなりたくないからな。

 だからこそ、ちゃんと使用人と主人としての関係をキープしなければならない。

 それでも、場所を選んでくれさえすれば、親しい人間としての対応の方が良い。

 やはり、一歩下がった距離感だと少し寂しいからな。


「リオンさん、はい、あーん」


 なんて食事になるのは、ちょっと情けなさを感じてはいるのだが。

 いくらなんでも自分で食べられるんだよな。大事な仕事だと分かっているから、受け入れはするが。


「ありがとう、ユリア。おいしいよ」


「ノエルが作ったんだよ! フェミルちゃんにもちょっと教わったけど」


「リオンが喜んでいるのなら、何よりよね。使用人冥利に尽きるわ」


「2人とも、ありがとう。味わって食べさせてもらうよ」


「なら、次ですね。口を開けてくださいねっ」


 実際に美味しいのだが、少し食べにくいんだよな。

 自分のペースで食べられることがどれだけ気楽だったか。

 ユリアを悲しませるのは論外だし、仕事を奪うのも問題だから文句は言えないが。

 俺好みの魚料理を作ってくれたノエルと、手伝ったらしいフェミルにはとても感謝している。

 ユリアに食べさせてもらうのは、前世の変な店みたいで少し困ってしまう。


 それからも食事を続けて、今度はのんびりと使用人達と過ごしている。

 俺の家ならだいたいどこでも誰かがいるし、結局風呂まで世話を焼かれることになってしまった。

 もちろん、大切な家族同然の使用人だから、手出しはしないのだが。

 とはいえ、照れや恥ずかしさのようなものは未だにある。どうしてこんなことに。いや、理由は分かりきっているんだがな。


「リオンさんっ、今日のお風呂当番は誰にしますかっ?」


「ノエル! ノエルがいい!」


「いいかげん諦めなさい、リオン。決まっちゃったことなんだから。お父様もお母様も、どっちの指示でもあるのだから」


 まだ風呂は後、というか今はまだ明るいのだが、そんな時間から風呂の話をされてしまう。正直勘弁してほしい。

 この子達が嫌いなわけではないのだが、困ってしまうんだよな。

 湯浴み着というわけでもなく、普通に世話を焼かれる身にもなってほしい。

 なぜこういう時に同性の使用人を使わないのか。まあ、俺には同性の知り合いなんてほとんど居ないが。ましてや、使用人なんて。

 どう考えても結論は決まってしまうんだよな。恨むぞ、父さんも母さんも。


「フェミル、頼むよ」


「はあ、仕方ないわね。あなた達も、風呂でベタベタしないことね。リオンを困らせ過ぎなのよ」


「わたし達を魅了するリオンさんのせいですよっ! わたしは悪くありませんっ!」


「そうだそうだー! リオンお兄ちゃんはもっとノエル達を選べー!」


 可愛らしい限りではあるのだがな。俺だって男だということを忘れ過ぎなんだよな。

 正直に言って、異性とお風呂に入るのはどうにもしんどい。貴族として必要だと言われて納得したのだが、内心では困っているんだよな。

 そりゃあ、親しくて可愛い女の子と一緒に風呂とか、どうしても変な気持ちになってしまう。

 だからといって、手を出すなど論外だからな。ひたすらにつらい。


「いくら何でも引っ付いてくるのはやめてくれ。そうすれば、2人を選びやすくなるよ」


「リオンお兄ちゃんにくっつきたいと思って何が悪いの! 横暴だぞ!」


「だったらわたしを誘惑しないでくださいっ! リオンさんのせいですっ!」


 もう何もかもメチャクチャだよ。俺が菩薩か何かだと思っているのだろうか。ただの男だぞ。

 自分たちの魅力をもっと理解するべきだと思うのだが、言葉にするのも難しいよな。

 ムラムラするからお風呂では配慮してくれなんて言葉、口にはできないぞ。


「悪くはないが、困るんだよ。頼むから察してくれ。もしくはフェミル、頼む」


「仕方ないか。2人とも、聖女様にちゃんと気を使いなさい。少なくとも、はじめに結ばれるのは聖女様であるべきでしょ」


 俺とディヴァリアが付き合っているような物言いだが、2人が納得するのなら別に構わない。

 本気で困っているんだよな。ノエルもユリアも魅力的なだけに。いつ我慢できなくなるのか怪しいからな。


「ディヴァリアお姉ちゃんより先は確かにダメだよね。うん、分かったよ」


「そもそも聖女様は側室を許すんですかね? わたし達が使用人になるのは許してくれましたけど」


「どっちでもいいよ。2人のそばに居られるのならね」


「確かにそうですねっ。リオンさんにどこまでも尽くすだけですからっ」


「これでどう? なかなか悪くないんじゃないかしら」


「ありがとう、フェミル。助かったよ」


 本気で助かった。そろそろ我慢の限界なんじゃないかという気がしていたからな。

 ノエルもユリアも自分の可愛さを分かっていないんだよ。だからメチャクチャな距離の詰め方をしてくる。

 2人とも、過去に人から軽んじられていた過去があるから、理由は分かるんだがな。


「どういたしまして。でも、2人の気持ちも考えてあげなさいよ。リオンが大好きだってのは間違いないんだから」


「そうですよっ! リオンさんは釣った魚に餌を与えるべきですっ!」


「ユリアちゃんの言う通りだー! もっと甘えさせろー!」


「俺だって2人とも、いや、フェミルもだが、大好きなのは間違いないぞ」


「知っているから、許してしまいそうです。でも、もっとそばにいたいですっ」


「そうだそうだー! 好きで居てくれるのは分かるけどさ」


「家でならいつでもそばに居るじゃないか。これ以上なら、戦場でも一緒になるぞ」


 だからこそ、ある程度の距離感を保っておきたいという考えもあった。

 男と女だから節度が大切だと思ってきたことも間違いではないが。


「リオンさんの敵はわたしが殺すんですから、どこにだってついていきますっ」


「同じ気持ちだよ。リオンお兄ちゃんの居ない人生に、意味なんて無いんだからね」


 分かっているんだ。みんなが俺を大切だと思ってくれていることは。

 だからこそ、俺1人で死に向かうことは罪なのだろう。それでも、気が重くはあるが。

 本音のところでは、誰にだって傷ついてほしくはない。今みたいな日常を、ずっと過ごしていてほしい。

 でも、協力してもらわないことには、きっと大切な日常すらも守れない。シャーナさんに見せてもらった未来になる。


「観念しなさい。約束する。私達だってちゃんと生きるって。だから、もっと頼りなさい」


「そうだよ! 自分だけ助ける側になるなんてダメ! ノエルだって力になるんだから!」


「まったくですっ。リオンさんが傷つく姿は見たくないんですっ」


「なら、これからも力を貸してくれ。みんなで無事に生き延びるためにな」


「そうね。リオン、あなたもよ」


「ディヴァリアお姉ちゃんとの結婚式も見たいからね!」


「永遠に一緒にいるんですからっ」


「ああ、約束だ。俺はお前たちと一緒に生き延びて、必ず今みたいな日常をまた過ごす」


 3人とも頷いてくれた。それからもゆっくりとした日常の大切さを感じながら過ごして。


 次の日。スヴェル帝国からの宣戦布告を受けたとの情報が流れてきた。

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