117話 共犯者たち
スヴェル帝国からの宣戦布告を受けて、メルキオール学園は慌ただしくなっている。
授業もほとんど中止となって、教師たちもてんやわんやだ。
おそらくは、また学生たちも戦場へと向かうことになる。
だからこそ、今のうちにできる準備は全てしておきたい。
強くなること、周囲と連携すること、事前に情報を集めておくこと。その全てを。
今はシャーナさんと今後について話しているところだ。
とにかく、先々のための方針が合っているのかというところから順に聞いていくつもりだ。
戦闘能力ではシャーナさん自身は頼りにならないと告げられたが、未来視は健在なのだから。
周囲の力を借りろというのだから、シャーナさんだって利用してやる。
「皇帝レックスにだけ気をつけるだけではダメですよね?」
まずはそこからだ。当然、俺の直接の死因に警戒する必要はある。
だが、皇帝ばかりに意識を割いて他がおろそかになったって俺は死ぬだろう。
一歩一歩、進めるところから進んでいかないとな。一足飛びに駆け上がろうとしてはダメだ。
「そうじゃな。お主の障害となる敵はとても多い。双翼の双子、近衛騎士団長、暗闇の短剣あたりは特に注意すべきじゃ」
「なにか重要な手札はありますか?」
「お主のか? 敵のか? 両方に決まっておるよな。双翼の双子は心奏共鳴、近衛騎士団長は剣技、暗闇の短剣は暗殺術が重要になる。お互いにな」
心奏共鳴の心当たりはサクラとユリア、ノエル。
剣技を使えると知っているのはディヴァリアとユリア、ソニアさん。
暗殺術なんて何も知らない。俺が使えるわけでもない。どうやって手がかりを手に入れればいい。
「暗殺術については詳しくないんですけど、なにか知っていることはありますか?」
「お主の知り合いじゃ。直接誰なのかを伝えるわけにはいかんがな」
俺の知り合いに暗殺術を扱える人間なんているか? いや、ディヴァリアは一応気に食わない人間を暗殺しているが。
シャーナさんの話的には、暗闇の短剣とやらが俺に暗殺を仕掛けてくる感じに思える。つまり、直接的な武術のようなものとしての暗殺術のはず。
だとすると、ミナに周囲を警戒してもらっておいた方が良いか?
悩ましいが、ミナで気づかないならば俺には対処できないだろうからな。
「なら、調べた方が良いですか?」
「お主が協力を求めたならば、必要な時に力を貸すはずじゃ」
つまり、俺が知り合いに協力を求めることが始まりになるのか。
まだ手伝ってほしいと言っていない知り合いは、エルザさんとエリスくらいだが。
まさかな。あのエルザさんが暗殺者ということはあるまい。
聖母と呼んでも良いような、素晴らしい孤児院の母役だぞ。
とはいえ、エルザさんにも協力を仰いでおいたほうが良いかもしれない。
エルザさん自身に戦ってほしいわけではない。孤児院の子ども達のためにも、ある程度準備をしておいてほしいだけだ。
戦争が起こるのならば、孤児院に手をかけられる時間は減る。
だからこそ、しっかりとした備えが必要なんだ。それができるのは、エルザさんだけ。
戦争に直接関わらないとしても、俺の戦いに協力してもらうことはできる。
俺が背後を気にしなくていいだけで、戦いに集中できるのだから。
だったら、エリスにもできることがあるかもしれない。戦わせるなど論外だ。それでも、あるいは応援の言葉をもらうだけでも。
みんなで生きるためには、本当に全力を尽くすしかない。分かっているんだ。あまりにも大きな戦いだと。
国家間の全力の戦争になることは想像できる。俺が皇帝と戦うくらいなのだから。
つまり、王国の中にも警戒を払わなくてはならないはずだ。少なくとも、安全なところに避難してもらうくらいのことは必要なはず。
だからこそ、知り合い全てに協力をつのるくらいの姿勢は、世界の命運に関係なく必要なのだろう。
みんなで生きる未来を掴み取るために、なりふりかまっていられない。
「分かりました。なら、協力をお願いしてみます」
「それでいい。皆で生きる未来は確かにある。お主の手で切り開いてくれ」
シャーナさんのお墨付きがあれば、安心できる。
誰かが犠牲になるのならば、俺が生き延びたって何の意味もないからな。
みんなが生きているからこそ、俺が生きることに価値が生まれるんだ。
「ええ、必ず。どれほどの敵を犠牲にしようとも、突き進んでみせます」
「ああ、頼む。お主の心こそが、本当に必要なものなのじゃから」
心が必要となると、心奏具だろうか。エンドオブティアーズでは足りないのか?
いや、確定したわけじゃない。敵に対して情けをかけたから死んだ可能性だってある。
いずれにせよ、覚悟を決めるべきなのだろう。俺達の未来のために、他者を踏みにじる覚悟を。
「なるほど。では、身内以外の誰に対しても容赦しません」
「それでいい。結局のところ、お主の身内は未来に必要な存在ばかり。都合がいいことにな」
どこまでがシャーナさんの誘導なのだろうな。
俺は大切な人達に出会えた今に感謝しているから、シャーナさんの仕込みだとしても恨むつもりはない。
以前、マリオ達には俺がシャーナさんに教わったことを伝えないほうが良いと言われた。
つまり、俺とマリオ達が敵対する未来を知っていたことになる。
それでもいい。これから失わなくてすむのなら、感謝だってしていいくらいだ。
「分かりました。なら、全力で手伝ってもらいますね」
「ああ。うちだって力を尽くす。帝国との戦争こそが、正念場なのじゃ」
まあ、俺にとっても大事な局面であることには間違いない。生きるか死ぬかの境目にいるのだからな。
帝国との戦争が最後の戦いであってほしいものだ。平和な日常だけを過ごせるのなら、どれほど良いか。
そういえば、今回の件はディヴァリアの仕込みなのだろうか。分からない。
だとしても、全力で前に突き進むだけ。俺が死ぬ未来があったとしても、どうしてもディヴァリアを恨みたくない。
「俺だってすべてを懸けます。みんなのためにも、シャーナさんのためにも」
「ありがとう。お主の力があれば百人力じゃ。勇者とは、ディヴァリアもうまく言ったものじゃな」
どういう意味だろうか。まあ、なんでもいい。シャーナさんが頼りにしてくれている。それに応えるだけだ。
もっと大事なことは、勇者という名前をディヴァリアが決めたという事実。
確かに見せてもらった未来でも、俺を勇者にするつもりだったと言っていた。
何のために? 俺の名声か、あるいは立場か。他の可能性もあるだろうか。
ディヴァリアが求めるものが分かったのなら、俺の手で戦争を止められたのかもしれない。
今思い浮かんだ可能性でなければ、だが。まさか、俺を戦場での英雄にするためだったりしないよな?
根本的な理由は分からないが、辻褄が合う部分が多い気がする。
今考えた理由が正解なら、完全に俺のせいということになる。ユリアも、フェミルも。
「まさか……」
「さて、な。お主はその仮説が正しくとも、ディヴァリアに生きていてほしいのか?」
「そうに決まっている。ディヴァリアがどれほどの外道かなんて、初めから分かっていたんだから」
「なら、お主のするべきことは1つじゃろう?」
ディヴァリアの思惑が何であれ、今回の戦争に勝つこと。王国が負ければ、誰もが犠牲になるのだから。
帝国の人が計画に巻き込まれただけなのだとしても、もはや殺すしかない。
いまさら引き返すことなど、誰にもできやしないのだから。
笑えるな。結局のところ、俺自身も外道の1人でしかなかったか。
ディヴァリアを生かしたいというエゴのために、大勢を地獄に送るのだから。
「分かりました。シャーナさんも、俺と同罪なんですね」
「ふふっ、そうじゃな。だが、悪くない心地じゃ。お主の未来が見たいというのは、世界の命運とも無関係なうちの欲求。だからこそ、未来でもよろしく頼むぞ」
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