115話 幸福という大罪
今日はサクラと一緒に学園で話をしている。
授業はみんな楽にこなせているので、半分くらいは遊びに来ているようなものだ。
ソニアさんやシャーナさんとの時間は重要な訓練になっている。だが、基本的には学園のカリキュラムは簡単なことばかり。
入学したばかりの使用人達に色々と教えたりしていると、もう余裕を持ってこなせる課題ばかりだ。
「案外、メルキオール学園のレベルも大したことないのかもね」
「流石にこの国の上位が集まる学園ではあるぞ。ただ、実戦の経験がある事が大きいだけだろうさ」
メルキオール学園では戦い方の学びが中心なのだが、心奏具を使える人間はそれだけで上位だからな。
役立たずの心奏具が無い訳ではないが、俺達に当てはまることじゃない。
結局のところ、心奏具が強いだけで魔法も剣術も置き去りにできるほど。
俺は剣技と魔法を大事にしているとはいえ、心奏具の能力を鍛えたほうが強い人間は多い。
結果的に、心奏具を使える人間にとっては簡単な授業になってしまうわけだ。
俺達の心奏具についてうまく教えてくれる教師なんて、それこそソニアさんとシャーナさんくらいだから。
まあ、サクラは原作の主人公なのだから、飛び抜けているのはある意味当然ではあるが。
そこらの生徒より弱くては、戦いの物語としては成り立たないだろう。
原作は乙女ゲームとはいえ、心奏具を中心にした戦いを描いているからな。
それで主人公が弱ければ、見せ場も何もあったものじゃないだろう。
「まあ、これから戦っていく技術を覚えましょうねって学園だものね」
「そういうことだ。正直に言えば、もう少し別の時期に入学していれば、楽しいだけだっただろうにな」
「入学してすぐに有翼連合に襲われるくらいだものね。でも、リオンと仲良くなれたんだから、今の方がいいわ」
まあ、これまでの戦いがなければ出会えなかった相手はそれなりにいる。
間違いなくユリアとフェミルは戦いがあってこその出会いだし、状況的にはソニアさんとシャーナさんもか。
戦争の準備があるから教師として抜擢されたのだろうからな。
これまでの戦いだって、悪いことばかりではなかったんだよな。被害者からしたら何の慰めにもならないだろうが。
「サクラと仲良くできたのは、俺も嬉しいな。絶対に失いたくない相手だからな」
「あんたから声をかけてきたんでしょうに。やっぱりあれは口説きだったのかしら?」
ある意味では間違いではない。俺の仲間になってほしいと口説き落とすつもりだったからな。
男女の関係を目的としていたかと聞かれれば、違うと返すのだが。
サクラに告白されたことがあるから、どうにも言葉に困るな。なんと返すのが正解なんだ。
「どうだろうな。サクラと仲良くしたかったのは本音ではあるが」
「初対面の平民と? やっぱりあんたは変わってるわね。でも、そんなリオンだったからこそ、あたしは好きになれた。幸せになれた」
それでも、俺はサクラに対して女としての好意を向けているわけではない。
良いのだろうか。ただサクラの好意を利用するような動きをしていて。
俺としては、サクラには今後も力を貸してもらいたい。だが、重大な裏切りを働くことにならないだろうか。
相手の好意を前提に、都合よく使おうとするような行動ではないのだろうか。
サクラが大切な友達であることは疑いようがない。
だからこそ、ちゃんと心も大事にしたいと思っているはずなんだ。
俺はサクラを傷つけたくないし、雑な扱いもしたくない。
だからといって、同情で結ばれるというのも大変に失礼な話。
どうするのが正解なのか、仮説をたてることすらできない。
「サクラが幸せでいるのなら、嬉しい限りだ。お前をもっと幸せにしたいものだな」
「あんたが幸せを考える相手は、1人でいいのよ。あたしは勝手に幸せになるだけだから」
1人とは、いったい誰のことなのだろうか。
俺が幸せを考えるべき相手。俺自身のことではあるまいし。
サクラが自分で幸せになってくれるのなら、それはそれで嬉しいが。
俺の力など必要とせずとも幸福になれるのなら、そっちの方が良い。
「それでも、俺の力が必要なら言ってくれよ。サクラのためなら、大抵のことはできる」
「間違いなく本音なのよね。だからこそやっかいというか。あたしこそ、あんたのためなら何だってする。それを忘れないで」
本音だとなにかマズいことでもあるのだろうか。サクラの力を借りられるのは嬉しいが。
なにか、俺の行動を問題視している雰囲気があるんだよな。それでも大切に感じてくれているのだが。
致命的な問題ではないのは分かる。仮に問題なら、もうとっくに嫌われているはずだから。
だからこそ、誤魔化されていると分かっていても気にしないでいられる。
いま話題に上がった問題で嫌われることはないという事実だけがあるから。
「なら、これからの戦いでも力を貸してくれるか? きっと、心奏共鳴が必要な状況だってある」
「当たり前よ。あんた達とは何があっても一緒にいる。特にリオンとディヴァリアとはね」
ありがたいことだ。俺達の最高の友達だからな、サクラは。
だからこそ、サクラの心奏具が壊れた時に全力を尽くして助けようとしたんだ。
明るくて、前向きで、いつも俺に力をくれる大切な仲間なんだ。
そんな相手とずっと一緒にいられるなんて、文句のつけようがない。
「嬉しいよ。厳しい戦いになるかもしれないが、サクラがいるのなら勝てる気がする」
「あたしだって、あんたがいれば勝てると思うわ。だから、お互い様よ」
「ありがとう。頼りにさせてもらうよ。大変だろうから、申し訳無さもあるが」
「関係ないわ。あんた達の行き先なら、地獄の底にだってついていくだけ。あたしは決めたの」
嬉しいような、悲しいような。サクラを歪めてしまったという事実がここにある。
強い意志を持って攻略対象を引っ張っていくのが原作のサクラだったはず。
今のサクラは、俺達に依存のような感情を持っている気がする。
だからこそ、心のうちに湧き上がってくる喜びがあるのだ。サクラを自分色に染めたかのような感覚が。
同時に、強い罪悪感もある。1人で立って歩ける存在だったサクラから、立ち上がる意思を奪ってしまったかのように思えて。
複雑な感情があるが、原作のサクラより今のサクラのほうが好きだとハッキリと言えてしまう。
俺も大概だなと分かる感情だ。人の心を歪めておいて、好ましいなんて感じてしまうのだからな。
「だが、俺達の向かう先は地獄じゃない。希望を目指して突き進んでいくんだ。俺達の幸せのためにな」
「良くも悪くもあんたらしいわ。いずれ、みんなの為なんて言わなくなるのでしょうけど」
どういうことだろうか。俺は大勢のためという目標はもう捨てた。絶対に叶わないと分かったから。
だから、大切な人だけでも幸福にできる未来を目指しているんだ。いま幸せに生きている人を踏みにじってでも。
そういうことだろう? 帝国の皇帝を殺すということは。幸せに生きる帝国の民を地獄に追いやる行為なのだから。
「俺はもう、大切な人のためだけに生きるつもりだぞ」
「違うのよ。でも、あたしはリオンが変わっても変わらない。それだけは宣言しておくわ」
「どういうことだ?」
「あんたが嫌がったとしても、絶対に離れたりしない。どこまでもつきまとってやるから」
ストーカー宣言のような感じだな。大切な友達からのセリフだと思えば、嬉しいが。
「嫌がりなんてしないさ。サクラが相手だからな」
「どうかしらね。でも、あたしに幸福を教えたあんたが悪いのよ。後悔したとしても、もう遅いのよ」
大変な責任なことだ。だったら、受け入れてやらないとな。
まあ、俺が後悔する未来なんて想像できないが。サクラとなら、どんな試練だって乗り越えられると信じているからな。
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