106話 リオンの心は

「さて、これまで見てもらった映像の中で、なにか気づいたことはあるか?」


 シャーナさんに問いかけられるが、俺としてはそこまで思いつかない。

 ディヴァリアの心奏具が変わっているとか、ミナ達とマリオ達の立場が逆転しているとか、そんなことが聞きたいわけではないだろうし。

 強いて言うなら、誰も彼もが大きく変化しているということだろうか。それも、シャーナさんが求めている回答ではないと思う。


「良い答えが思いつきません。わざわざ見せてもらって、申し訳ないですが」


 俺の返答に対して、シャーナさんは薄く微笑む。まるで俺の答えが分かりきっていたかのようだ。

 実際、未来を見ることができる人間なら、当たり前のように分かるのかもしれないが。

 俺はシャーナさんの期待に応えられているのだろうか。とても手間をかけてもらっているのに。


「あまり気にする必要はない。うちが言いたいことは、犠牲者の数じゃ」


 そう言われてみると、まだ起こっていないディヴァリアの事件はともかく、ミナ達の映像は、マリオ達の出した被害よりも大きい犠牲者がでていたな。

 だから何だという話だが。結局のところ、俺はディヴァリアを止められていない。

 ミナ達が無事で居ることは嬉しいが、それだけだ。


「確かに現実よりも死人が多い気がしますね。それがどうかしたんですか?」


「現実、の。いい傾向じゃ。まあ、それはよい。本題じゃが。お主はもっと自分を誇っていい」


 現実という言葉のどこにいい傾向があったのだろう。分からないが、シャーナさんとしては大事なのだろう。

 まあ、本題のほうが大事か。自分を誇っていい、ね。弱くて才能がなくて、ディヴァリアを止められない俺をどう誇ればいいのだろうか。


 実力という意味ではディヴァリアは言うに及ばず、サクラにも、きっとミナ達にも勝てない。

 才能なんて、俺が勝てる知り合いの方が少ないくらいだ。どうやって自信を持てば良いと言うんだ。

 それに、ディヴァリアは俺が教育しても、結局は外道のまま。俺の人生で良かったことなど、知り合いを何人か助けられたことだけだ。

 まあ、それは大切なことではあるのだが。誇るような事だという気はしない。


「そんな事を言われても……何を誇ればいいんですか?」


「簡単なこと。お主がいたことで、犠牲者の桁が減った。桁じゃぞ、桁」


 桁。そう言われれば、確かに減っているのか? ミナは王都の人間を殺しつくそうとしていたし、シルクは教会の人間を皆殺しにしていた。ルミリエは、街ひとつを滅ぼしていたな。


「お主が考えているほど小さなことではない。億の犠牲が、せいぜい百万程度にまで減る。お主が生きてさえ居るのならば」


 そう聞かされれば、確かに大変な事実だ。億ということは、ディヴァリアが殺した数なのだろう。

 国を2つ滅ぼしたと言われていたからな。それはそれは大変な数を消していったはずだ。

 確かに、原作と比べればディヴァリアの出した犠牲なんて可愛いものか。戦争でだって、億の犠牲はありえないのだし。

 それでも、戦争を引き起こすことを止められなかった悔しさがあるのは間違っているのだろうか。


 いや、待て。俺が生きてさえ居るのならば? 死ねば、億の犠牲に戻るのか? いったいなぜ。

 そんな事を聞かされれば、何をしてでも生きるしか無いじゃないか。だって、億が死ぬんだぞ?

 とてもじゃないが、俺に背負いきれる問題じゃない。シャーナさんが、人に頼れと言うはずだ。

 自分が死ねば億の死人が出ると聞いて、その重みに耐えられる人間がどれほど居るというんだ。

 俺は正直に言って、押しつぶされそうな感覚がある。俺の命に重いものが乗りすぎている。


「いや、そんな事を言われても困るんですけど……」


「じゃが、お主は簡単に命を捨てられなくなる。それが狙いじゃ」


 そんなに簡単に命を捨てようとしていたか? いや、ユリアの件で命をかけて、フェミルの件で命をかけて、見知らぬ人のために命をかけてばかりだった。

 他には命を捨てようとした記憶なんて無い。死にかけた経験はあるが。そうか、キュアンの件。

 あの時は何かを間違えていれば死んでいたよな。確かに、命を投げ捨ててでも子ども達を守ろうとした。


 だからといってどうしろと? みんなを見捨てるのが正解だとでもいうのか?

 大切な人を犠牲にしてまで、俺は生きていたくない。だが、億の犠牲に知り合いがいるのなら。

 俺は何をすれば正解になるんだ? 素晴らしい未来への道筋はあるのか?


「だからといって、親しい人の犠牲の上で生きるなんてゴメンです」


「分かっている。そして、解決できる手段がある」


「いったいなんですか? そんな都合のいい方法があるんですか?」


「簡単なこと。お主が皆の力を借りるだけでいい。うちも含めてな」


 それだけのことで。いや、簡単なことじゃない。みんなを巻き込むのは簡単だと思っていいことじゃない。

 だとしても、みんなで生きる未来のためなら、必要なことなのか?

 俺が抱え込んだまま死ねば、億の犠牲が出る。俺が頼り切りになってしまえば、きっとみんなが犠牲になる。


 だから、みんなで協力するべきなのか。俺もみんなも死ななくて済むように。

 当然、俺も全力で戦う。それでも、誰かの力を借りる必要があるのか。

 みんなとシャーナさんが言うくらいなのだから、きっと本当にみんななのだろう。

 ノエルやフェミル、ユリアのような使用人も、ミナ達のような友達も。サクラも、ディヴァリアも。

 ソニアさんやシャーナさんのような師匠達も。みんな、みんな。


 さすがに、エリスにまで頼る必要はないと思いたい。あんな子どもに頼らなければいけないなんて、嫌すぎる。

 それでも未来のために必要ならば、手を借りるしか無いのだろう。なにせ、事が大きすぎる。

 できれば、頼らなくていいほうが助かるけどな。そういえば、エルザさんはどうなのだろうか。

 あの人が戦えるかどうか、俺は知らないんだよな。きっと戦えないと考えていたが、直接聞いた記憶はない。


 もしかしたら、とても強かったりしてな。さすがに無いと思うが。

 穏やかで優しいエルザさんのイメージが崩壊してしまう。まあ、その程度で嫌ったり距離を取ったりする相手ではないが。

 エルザさんがどれだけ子ども達に尽くしてきたか。その事実が無くならない以上、強さなんて些細ささいな問題だよな。


「じゃあ、シャーナさんにもたくさん頼らせてもらいますね」


「ああ、それでいい。うちの望む未来のため、お主のため、全力を尽くすつもりだ」


 シャーナさんの強さは、原作では描写されていなかったはず。それでも、絶対に強いと思う。

 まあ、ディヴァリアに勝てるほどとは思えないが。だとしても、俺よりは強いだろうからな。

 存分に頼らせてもらおう。結局、力を借りたほうがシャーナさんの為になるのだろうから。


「ありがとうございます。これで話は終わりですか?」


「いや、最後に見てもらいたいものがある。お主の心を決めるきっかけになるはずじゃ」


 なんだろう。俺の心を決める? もう、親しい人のために生きるつもりではあるのだが。

 億の命とかいうとんでもないものを背負わされていても、大切な人は変わったりしない。


「よく分かりませんが、お願いします。重要なことなんですよね」


「ああ、そうじゃ。うちの見た、か細い可能性をつなぐための最後のピース。しっかり見ておいてくれ」


 シャーナさんの真剣な顔を目に、意識がだんだん薄れていった。

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