107話 変えるべき未来
さて、シャーナさんが見せたい映像とはなんだろうか。
しっかりと見ておかないとな。俺達の未来にとって大切なことなのだから。
大切な人が犠牲になる展開は避けなくてはならない。だから、いままでのように心が苦しくても、目をそらす訳にはいかないんだ。
みんなは俺の希望なんだから。生きる意味なんだから。失ってはならない人達だから。
「さて、結論から話そうかの。うちが見た未来では、かなりの確率でお主は死ぬ」
俺が死んで、そして億の犠牲が出るんだよな。原因は分からないが、とにかく。
重くて抱えきれそうにないが、だからこそみんなと協力しなければならない。
そこまでがシャーナさんの話だったはずだ。分かっているつもりだ。
「そして、お主の死によって、未来は絶望へと至る。これから見せるのが、その未来じゃ」
どういうことだ? ディヴァリアの戦いですら絶望だなんて言わなかったシャーナさんだぞ。
それほどにとんでもない未来だとでもいうのか。見たくないような気すらするな。
まあ、俺だって死にたくない。だから、生きるために必要であろう映像は、ちゃんと目に焼き付けないと。
絶望の未来だなんて、シャーナさん以外の言葉なら大げさだと笑っていたのにな。
そして本格的に映像に動きが出る。
映っているのは、ディヴァリアを始めとした俺の知り合い達だ。みんな泣いている。何があったのだろうか。
「ごめんね、リオン。私があなたを勇者にしようとなんてしなければ……」
ディヴァリアが言う勇者とはなんのことだろうか。いや、それよりも。どうしても泣いている姿は心が痛む。
俺が死んだことで、表情を壊すくらいに泣いている。あのディヴァリアが。
そこまで大切に思われていたのだな。でも、複雑だ。俺が死んだことで悲しむのは、嬉しくもあり、悲しくもある。
結局のところ、俺はディヴァリアの好意を信じきれていなかった。反省するべきだよな。
「いえ、ディヴァリアのせいではありません。わたくし達だって協力していたのですから。ごめんなさい、リオン」
ミナ達も協力していた? どんな計画だったのだろうか。
まあ、俺は勇者リオンという名で呼ばれているから、なにか関係があるのだろう。
だが、詳細な中身が分からない。彼女達が隠すものを、無理に暴こうとも思わないが。
結局のところ、俺は期待に応えられなかったのだろう。死んで泣かせているのだから。
「リオンさん……リオンさん……リオンさん……」
ユリアはずっと同じ言葉を繰り返している。心が壊れてしまっているとすら思えた。
生気のない表情をしているし、声だって信じられないくらい平坦だ。
俺に依存しているような気配はあったが、想像していた以上だ。俺の責任は重大だよな。酷く悲しませているのだから。
助けてくれた相手だと言うだけじゃない。本当に大切に思ってくれていたんだから。
「リオンお兄ちゃん……どうして……ずっと一緒にいてよ……」
ノエルは俺とディヴァリアをとても大事にしてくれていたからな。
だから、悲しむのはある意味で当然だと言える。それでも、いつも明るいノエルの泣き顔は心にくる。
俺達を癒やしてくれるノエルの笑顔が消え去ってしまっているということは。
俺だってノエルとずっと一緒がいい。だから、死ぬ訳にはいかないよな。
しっかりと生きのびて、みんなを笑顔にしてみせるんだ。
「悲痛です。私はリオン君が死ねば死ぬって言いましたよね。本当にしますよ」
シルクの目は本気だ。これは本当に死んでもおかしくはない。
俺は死んではならなかったんだ。命を軽んじてはならなかったんだ。
いま目の前にある光景を見て、ようやく理解できた。これほどみんなを悲しませる未来なら、死ぬなんて許されない。
今くらい悲しむ人達なら、それは俺が命をかけることは苦しかったはずだ。
しっかりと反省しないとな。みんなの心を軽んじていたことを。
「リオンちゃんがいないと、私はニコニコできないよ……」
ルミリエからはいつもの活発さが完全に失われている。
弾けるような笑顔で俺達を楽しませてくれるルミリエからは程遠い。
あの元気な姿はどれほど俺の心を支えてくれたのか。今の姿を見たらよく分かる。
きっとみんなだってルミリエの笑顔には元気をもらっていたはずだ。
それを失わせた俺の罪は重いよな。やはり、俺は死ぬべきではない。ちゃんと生きないと。
「結局、恩返しはできなかった。借りだけ作って、それでさよなら。どうすれば良かったのよ」
フェミルは大粒の涙を流しながらポツリと語っていた。
恩返しなんて気にしなくても良かったのに。フェミルが幸せでいてくれれば、それで十分だった。
でも、今の迷子のような顔を見ていると、俺の考えは間違っていたのだろうな。
フェミルなりに、俺への恩を大切に考えていてくれたのだろう。
なら、素直に受け取っておけば良かったのだろうか。いや、それよりも。これからの時間をいっぱい作ればいい。簡単に解決できる問題なんだ、本当は。
「お兄ちゃん。もう会えないなんて、ウソだよね? また会えるよね?」
エリスは現実を受け入れられていないのか、それとも死が理解できないのか。
何にせよ、とても悲しませていることは事実。俺に懐いてくれていた子だからな。
この子に消えない傷を作ってしまったかもしれないと思うと、胸が痛い。
ただでさえ、帝国との戦争で傷ついていた子なのに。俺の死でもっと追い打ちをかけてしまったのかもしれない。
そうだよな。大切な人と会えないなんて、悲しいよな。当たり前なんだ。俺が理解できていなかっただけで。
「リオンさん……私達の笑顔は、あなたの存在あっての物だったんですよ……」
エルザさんはハラハラと涙を流している。いつもの穏やかな顔が陰っている。
そうだよな。孤児院を作ってから、ずっと交流してきたんだ。俺を大切に感じてくれているなんて、当たり前のはずだ。
聖母のような人だから、誰かが死んだならば当たり前のように涙を流すはず。
それでも、俺を思ってくれる心が伝わってくる。悔しいな。いま涙を拭えないのは。
「リオン殿……小生は貴殿に希望を見たのに……これから、何を支えにして生きていけば良いのですか?」
ソニアさんの言葉にはビックリした。希望なんて思われるようなことをした記憶はないが。
大切な弟子だと考えてくれていたことは知っている。だが、大げさすぎないか?
いや、人の心に土足で踏み込むべきじゃないな。彼女が希望だというのならば、俺は俺を認めないと。
もともと、誰かの希望になることが俺の目標だったのだから。願いが叶って嬉しいはずだ。
だからといって、死んでいたら意味がないはずなんだ。生きていなきゃ、どんな願いにも。
「ああ……これで未来は定まってしまった。もうおしまいじゃ……」
シャーナさんの目からは光が消えている。彼女が言っていた絶望の未来が確定したのだろう。
みんなが悲しんでいることは主題ではない。今だけでも、俺は死なない決意を定めていたのだが。
どれほどの絶望が待っているのだろうか。ただの映像だと思うと、怖いような、楽しみなような。
だが、億が死ぬんだよな。楽しみなんて言っていられないか。
「リオン……あんたのおかげで、あたしは楽しいことを知れたのに。もう、どうでもいいわ」
サクラの顔からは、本気で投げやりさを感じる。どうでもいいという言葉は、きっと心からのものだ。
俺はサクラの初めての友達なんだから、大事であって当然なんだ。
それに、サクラの心奏具を直して、好きとまで言われていたのに。
俺は結局、ディヴァリア以外の行為だって、信じきれていなかったのだな。
どこまで愚かなのだろうか。だが、いま気づけたのだから、取り戻せるはずだ。そうであってくれ。
「これだけの人間が悲しむのじゃ。お主が死んだことで。だが、まだ始まりでしかない。ここからが本番じゃ」
シャーナさんが本番というほどの事態を、しっかりと心に刻まないと。
俺の望みは、みんなの幸福なんだから。今見たものだけで、失われていたのが分かったから。
絶対に避けるべき未来が待っていると、心の底から理解できた。
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