87話 シルクの想い

 今日はシルクを家に招いている。エギルの件のねぎらいが主な理由だ。

 他にも、一応シルクの精神が追い詰められていないかの確認もしたい。

 今回の事件では、とてもシルクに助けられたからな。その辺はしっかりしておかないとな。


「シルク。前はありがとう。おかげで、ずいぶん助かったよ。だが、人を殺しても問題なかったか?」


「肯定します。さほど問題はありません。嫌な気分はありましたが、その程度です」


 なるほどな。まあ、嫌な気分は無いわけがない。とはいえ、表情を見る限りでも、そこまで心配は必要なさそうだ。

 今のシルクはとても穏やかな顔をしているからな。人を殺した苦しみを抱えながらできる顔ではないだろう。


 いくら優しいシルクとは言っても、流石に自分の命を狙ってくる敵にまで容赦する心は持っていなかったか。

 安心できる。敵対している相手の命まで案じていては、シルクの身や精神が危ぶまれるからな。

 ハッキリ言って、シルクの命が危なくなるくらいなら、いくらでも殺してくれていい。


 俺が気にしていたのは、人を殺すことでシルクが罪の意識を持ってしまわないかという事だったからな。

 だから、ちょうどいい。シルクのことだから、人を殺して喜ぶなんてありえないのだし。


「なら、良かった。シルクを苦しめていたら、俺は後悔してただろうからな」


「同感です。だからこそ、私は大丈夫なのだと示したかった。リオン君が私の代わりに無茶をするなんて、許せませんから」


 シルクの黒い瞳からは本気が伝わってくる。大丈夫だよな? 俺に負担をかけないために、シルクが我慢するなんて嫌だぞ。

 俺がどれだけシルクに助けられてきたと思っているんだ。何度も何度もケガを癒やしてもらった。

 それを考えれば、さらなる負担をかけるなど、あってはならないことだ。


「シルクに余計な心配をかけるつもりはないよ。ちゃんと、安心できるように頑張るからな」


「疑問です。リオン君は本当に無茶をしないのか。でも、あなたの姿勢は嬉しいです。以前とは違いますね」


 それは何度も何度も何人にも注意をされたからな。さすがに気をつけるくらいはする。

 だからといって、楽な戦場ばかりでは済まないのだろうが。もう、ただの敵を殺すことに迷ったりはしない。

 なにせ、俺がためらえば、その分だけシルク達に心配をかけるんだからな。


 それに、もう今更なんだ。マリオを殺して、エギルを殺して、それで立ち止まってしまえば、俺のこれまでに何の意味があったのか。

 だからこそ、目の前にいる敵に対して容赦などしない。俺の進んできた道を、無にしたりはしない。


「シルク達が笑ってくれる未来じゃないと、何の意味もないからな。つまらない自己犠牲に酔うつもりはないよ」


「だったら、安心ですね。これからは、私も今まで以上にリオンくんを支えます。幸い、新しい力も手に入れられそうですから」


 新しい力とはなんだろうか。さすがに、心奏具の形が変わったわけではないと思うが。

 シルクが無理をして手に入れる力だとするのなら、止めないといけないからな。

 それに、いままでの手助けだって十分以上だったんだ。もっと求めるなんて、バチが当たってしまう。


「なにか良いことでもあったのか? 少し声が弾んでいるな」


「感心しました。リオン君でも気付けるのですね。ええ、良いことはありました」


 まるで俺がいろいろと気づけないみたいなことを言われてしまった。

 とはいえ、シルクが言うのだから、よほどのことなんだろう。基本的には、人を悪く言わない人だし。

 まあ、俺が親しい相手だから、口が軽くなっているのかもしれないが。そっちの方がいいな。


「それで、内容は教えてもらえるのか? 無理にとは言わないが」


「リオン君なら構いませんよ。先の話にはなるのですが、大司教に任命されることになったのです」


 先というのは、どれくらい先の話なのだろうか。それに、大司教と言ってもどこのものだ?

 あまり遠くだと、なかなか会えなくなって寂しくなりそうだ。できれば、すぐに会える所が良いな。

 せっかくミナと近くに居られそうなのだから、離れ離れにならないとありがたい。


「へえ、すごいじゃないか。どこの大司教になりそうなんだ?」


「王都ですね。バラン教会を立て直すために、現職の大司教が異動になるようで。その穴埋めも兼ねてと」


「なら、今すぐじゃなくて良いのか?」


「ええ。バラン教会で出会った大司教が降格となって、私の部下になるんです。それで、雑務は彼に任せるようにと」


 まあ、シルクだって経験は浅いだろうからな。いきなり大司教としての仕事をしても、うまくはいかないか。

 やはり、アルフィラ教の中でも色々と考えられているのだろうな。

 女神アルフィラを信仰するというのは、この世界の住人にとって当たり前のこと。

 だから、教会を運営することはとても大切なことなんだ。


 信者にアルフィラ教の教義を伝えたり、女神アルフィラのすばらしさを伝えたり、色々とあるらしいからな。

 そして、大司教というのは人望が大事。シルクはミナとつながっているから、人気の面では強いだろうな。


「だったら、学園には通えるのか?」


「その予定です。なんでも、王女と聖女、歌姫に勇者がいるのだから、教会との関係を大事にしろとのことでした」


 ああ、なるほどな。教会だって、単体で何でもできるわけではない。

 権力という観点では、やはり王族には及ばない。単純な人としての人気ならば、大司教より聖女や歌姫のほうが人気だ。

 うまくそれらを利用して、アルフィラ教会の利益とすることを狙ったわけだ。


 それでも、大司教という名は軽いものではない。シルクはきっと、これから大変なのだろうな。

 俺にできることがあるのならば、全力で手伝ってやらないとな。シルクには何度も助けられている。その恩を返す良い機会だ。


 それにしても、ディヴァリア達の中に俺の名前も入るのか。

 やったことや実力の観点から言うと、俺は1段落ちるという感覚があるからな。嬉しいというよりも、荷が重い感じがある。


「俺の名前まで挙げられるとはな。大した事はしていないのだが」


「ふふっ、リオン君の名声は、順調に大きくなっていますよ。だからこそ、私達の手の届く距離から離れた気もするのですが」


「むしろ逆だろうに。王女と聖女、歌姫だぞ。俺なんかただの子供だっただろう?」


「私と同じく、ね。ですが、私達の立場はこれから変わる。きっと大変でしょうが、ディヴァリアさん達の力になれるという事でもある」


「そうだな。ありがたいことだ」


「ですが、私が誰よりも力になりたいのは、リオン君、あなたです」


 シルクには大切な友達だと思ってもらっていることはわかる。それでも、誰よりも力になりたいと言われるほどだとは思わなかったな。

 まあ、シルクの気持ちは嬉しいから、ありがたく受け取っておこう。


「なんだかむずがゆいな。それにしても、どうしてだ?」


「リオン君がいたから、私は治療した人から感謝を受けられるようになった。私の回復魔法が、素晴らしいものであると広めてくれたおかげで」


 当たり前のことをしただけだ。シルクほどの回復魔法を使って、それでも感謝されていない姿を見て、どうしても許せなかっただけだからな。

 結局俺のやったことは、シルクの治療を当たり前だと思っている人を追い詰めただけでもある。

 別の大したことない回復魔法使いに、シルクの代わりをさせただけ。


「腹が立ったから勢いで動いただけだからな。今思えば恥ずかしいよ」


「分かります。ですが、あなたにはとても感謝しているんです。これからもずっと、いつまでも、そばに居ますからね」



――――――



 私は、ミナが王様になること自体は歓迎していた。それでも、シルクと離れ離れになる可能性を想像して、少し困っていたんだよね。

 ミナが王様になっても、聖女である私ならば近くに行ける。歌姫であるルミリエも、私が手を貸せば簡単。リオンだって、私と結婚する頃にはね。


 だから、シルクにも私達に見合う立場を与えたかった。

 それで、本人に計画を相談したんだけど、軽く乗ってくれたんだ。


「いいの? シルク自身で人を殺すことになるだろうけれど」


「構いません。リオン君を支えるためには、立場も必要ですから」


「リオンはシルクとは結ばれないのに、どうしてそこまでするの?」


 私には本気で分からなかった。自分を選んでくれない人を相手に、尽くす事なんてできそうにない私には。

 でも、シルクはまったく迷う様子を見せなかった。


「リオン君の想い人は知っています。それでも、良いんです。私に初めて感謝してくれた。今でもずっと、ありがとうと言ってくれる。それだけで、すべてを捧げるには十分なんです」


 よく分からないけれど、シルクは間違いなく本気で言っていたから。

 だから、私もしっかりとシルクの想いに応えたいって思ったんだ。

 リオンと結ばれないと知っていて、それでも私を心底大切にしてくれるシルクだから。


 それで、計画を実行することにした。

 アルフィラ教会の協力のもとでエギルを暴走させて、その鎮圧の功績でシルクを大司教にする計画を。

 なぜ教会が協力するのかというと、ミナが王位を継ぐことになったから。

 ミナが王になるなんて、教会は考えていなかった。そこで、ミナとの伝手を求めたんだよね。


 だから、シルクが選ばれた。ミナと学園で親しくしていて、私やルミリエ、リオンとの関係もあるシルクが。


――利益が見えているのに、自分だけが乗りそこねそうになると、人は必死で関わろうとするんだよね。


 リオンの言葉通りに、教会を誘導することができた。やっぱりリオンの言葉は最高だよ。

 それで、バラン教会に通うエギルに、うまく危険な思想を吹き込んだ。

 マリオの犠牲を無駄にしないためって言ったら、簡単に乗っかったらしいよ。

 それで、邪魔なエギルを排除するついでにシルクを大司教にして、リオンの名声も上げた。


 これで、私が理想とする未来にまた一歩近づいた。

 ねえ、リオン。私と結婚したら、絶対に幸せにしてあげる。だから、リオンも私を幸せにしてね。もちろん、今だって幸せだけどね。


 約束だよ、リオン。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る