86話 生きる理由
エギルを殺して、この場に集まった敵たちも片付いた。後は、学園が無事でさえあれば解決だな。
ところで、この教会はどこなのだろうか。アストライア王国のどこかではあろうが。
結構大きい建物だから、教会としては重要な場所なんじゃないのか?
だとすると、エギルの罪深さが増しているように思えるな。
「リオン君、こちらは大丈夫です。あなたも、大きなケガはしていないようですね」
「そうだな。シルクとルミリエのおかげだ。助かったよ」
「いつもリオンちゃんには助けられているからね。お互い様だよ」
「同感です。それに、ここはバラン教会のようですから。取り戻せてよかったです」
「知っているのか? バラン教会とは何だ?」
「簡単に言うと、この国でも有数の大教会です。巡礼をする人間ならば、誰もが一度は訪れるほどの場所なんですよ」
そういえば、シルクはアルフィラ教の信徒だったな。いや、大きなくくりで言えばこの世界の住人はみんな信徒なのだが。
実際に教団の人間として何かしらをしているという意味では、小さいくくりの信徒はそれなりには少ない。
とはいえ、間違いなくアルフィラ教は大きな宗教だ。敵に回すのは危険だという程度には。
シルクは教会で人を癒やし続けていて、それでも誰からも褒められることも感謝されることもなかった。
だというのに、今でも教会を嫌っていない様子に見えるのだから、優しいことだ。
俺だったら、ずっと恨んでいそうなものなのにな。
「なるほどな。そこまで有名な教会を、エギルはどうやって占拠したのだろうな」
「信徒エギルは、ついこの間まで敬虔な信徒として、信仰に励んでいたのです。ですから、疑うことができなかった。結果として、大きな犠牲がでてしまいました。反省すべきですね」
背後から急に声が聞こえて、慌ててエンドオブティアーズの剣を向ける。
が、老人の男は特に武器を持っておらず、穏やかな目でこちらを見ていた。
「私は敵ではありません。この教会において、大司教を務めていたものです。もっとも、今回の事件を止められなかった責任を取ることになるでしょうが」
他にも何人かの信徒らしき人間が、遠巻きにこちらを見ていた。エギルの暴走があって、隠れていたのだろうな。
それで、ある程度落ち着いた様子を見せたから、恐る恐る確認しに来たといったところか。
「理解しました。ご無事で何より。私はシルク。こちらは勇者リオンです」
「なんと……! あなたが勇者リオン。お噂はかねがね。今回は我々を救ってくださり、ありがとうございました」
「シルクを含めたみんなの協力あってのことだ。大したことはしていないよ」
「信徒シルクの噂は聞いています。何でも、素晴らしい回復魔法を使えるのだとか」
「そうだな。死んでいなければ治せるんじゃないか?」
「それは凄まじいですね。その力で、勇者リオンを支えたのですね」
「同意します。私の力は、リオン君のためにあります」
シルクには、これまでとても支えられている。今回だって、シルクがいたから楽に勝てたのは間違いない。
だから、とても感謝しているんだ。そして、罪悪感もある。これまで人を癒やし続けてきたシルクに、消えない十字架を刻んでしまったんじゃないかと。
優しいシルクのことだから、きっと俺の前では苦しんでいる姿を見せないと思う。
だからこそ、しっかりとシルクを支えてやらないと。人を殺すことは、シルクにとってはつらいことのはずなのだから。
「でしたら、私でもお役に立てるかもしれません。勇者リオンは近衛騎士になるとのこと。別の方向から支えるための手段があります」
「把握しました。つまり、私に教会の力を使えと言いたいのですね」
「ええ、そうです。私の最後の仕事として、信徒シルクと勇者リオンの活躍は、必ず伝えましょう」
「感謝します。リオン君を支えるための力は、いくらあってもいいですから」
「あなたの想いはよくわかります。ですから、我々の手で雑事は取り除きましょう。それが、今回の件に対するお礼です。がんばってくださいね、信徒シルク」
「当然です。リオン君との未来のために、全力を尽くします」
「ありがとうございました。勇者リオンに信徒シルク。あなた方のおかげで、我々の多くが救われた。信徒エギルの乱心は悲しいことですが、良い出会いもありました。では、またいずれ」
それから、大司教と別れを告げてメルキオール学園に戻った。
幸いなことに、今回の襲撃で犠牲者はいなかった。怪我人はいたが、シルクの力で癒やすことができた。
以前、有翼連合が学園を襲撃した際には、それなりに犠牲者がいたからな。学生も成長していたのかもしれない。
まあ、理由は何でもいい。敵が弱かったからでも、味方が強かったからでも。
とにかく、みんな無事に生きているということが大切なんだ。エギルは死んでしまったが、仕方のないことだ。
あれだけの事件の黒幕だと判明したら、俺が殺さなくても死んでいただろうさ。
教会にいた、大司教たちという目撃者もいたのだからな。
だから、俺がエギルを殺したのは正しかったんだ。そのはずだ。
殺すのがつらいからと、シルクに変わってもらうだなんて、ありえないからな。
あの優しいシルクだから、俺の代わりにやると言いだしかねなかったが。
だからこそ、俺の手で殺したことに意味があるんだ。シルクの手を、余計な血で汚さずにすんだのだから。
「リオンちゃん、今回は元気そうで安心したよ。マリオを殺した時は、つらそうだったからね」
そういえば、大司教の前ではルミリエは話していなかったな。まあ、当たり前か。
いきなり何も無いところから声が聞こえても、戸惑うだけだろうからな。先程まで敵に襲われていた相手なのだから、混乱させるだけだろう。
それを考えると、ルミリエの判断は妥当だよな。相手からの無用な警戒を避けられた。
というか、今回はつらそうに見えないのか。直接エギルを俺の手で殺しているのにな。
マリオの時は、別の誰かによって殺されていたのだから、もっと楽だっただろうに。慣れてしまったのだろうか。
それでも、ミナやシルク、ルミリエを殺すことになれば、マリオの時など比べ物にならない苦しみを背負うことになるだろう。
もう二度と、大切な誰かの死ぬ姿など見なくて済むようにしたいものだな。
今思えば、ディヴァリアを殺すことに成功していたとして、耐え難い苦しみが襲ってきたことは間違いない。
だから、ディヴァリアを死なせることで問題を解決しようとしなくて良かった。
そもそも勝てないという問題を抜きにしても、強く実感できる。
「元気そうに見えているのなら、良かったよ。お前達を心配させるのは、良くないからな」
「疑問です。リオン君は、無理をして私達に心配をかけないようにしていませんよね?」
「俺はそこまで器用ではないぞ。隠したところで、お前達なら気づくだろうさ」
「確かにね。リオンちゃんは顔に出ちゃうか。なら、ハラハラしないでいいね」
「同感ですね。なら、安心です。リオン君のことは、私達が必ず支えます。だから、いつでも頼ってくださいね」
「ああ、もちろんだ。俺が無理をしても、お前達が悲しむだけなのは分かっている。ちゃんと、頼りにさせてもらうよ」
間違いなく本音だ。俺にとって大切なのは、親しい人が幸せでいることなのだから。
そのためになら、力を借りる必要だってあるだろう。俺1人に負担を押し付けて、喜ぶ人たちではないのだから。
「絶対にですよ。リオン君が死んだら、私は後を追いますからね」
「そうだよ。リオンちゃんは私達の大切な友達だってこと、絶対に忘れないでね」
シルク達の想いに応えるためにも、俺は必ず生きてやる。マリオもエギルも殺したんだ。もう立ち止まりはしないよ。
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