80話 欠けてはならないもの

 今日はシルクが俺の家に来た。なんでも、マリオとの戦いでケガをしていないか、しっかりと確認したいらしい。

 シルクには世話になってばかりだな。俺がなにかケガをした時は、必ず癒やしてくれる。

 そんなシルクがいるからこそ、俺は安心して戦いに向かうことができているんだ。


「完了です。大きなケガはしていないようですね。リオン君、今回は軽い治療で良くて助かりました」


「いつもありがとう、シルク。今回はあまり心配させなかっただろう?」


 俺の言葉にシルクは眉をひそめる。何か問題のあることを言っただろうか。

 最近ハッキリと理解できたのだが、どうも俺はシルク達を怒らせがちなようだ。きっと、なにか配慮が足りないのだろうな。

 みんな答えを言ってくれないから、何に気をつけたら良いのか分からないのだが。


「今回は、ではありません。毎回安心させてください。分かっていますよ。戦いですから、ケガくらいはするのだと。それでも、自分をもっと大切にしてください」


 俺は自分を大切にしているつもりだ。シルク達の悲しい顔、傷つく姿を見たくないという自分を。

 だが、今でも注意されるということは、何かが足りないのだろう。シルク達を悲しませたくない以上、努力するつもりではある。

 それでも、方向性が見えないまま努力したって結果は伴わない。どういう形で俺自身を大切にすれば良いのだろうか。分からない。


「俺はどうすれば良いんだ? シルク達を傷つけるつもりはないんだ」


「理解はできます。そうでしょうね。私達のために無理はしないで、と言っても聞かないのでしょうね」


 仕方ないじゃないか。シルク達が死んだら、俺は生きる希望を見失ってしまう。

 そんな人生を過ごしたくはない。だから、他の何を捨ててでも、手のひらにある大切なものを守りたいんだ。

 俺が楽しいと思える人生にするために。後悔しないために。


「俺が生きて、シルクが死んでいるのなら、そんな未来には何の意味もないんだ。分かってくれ」


「肯定します。ですが、リオン君が死んだ未来も、私にとっては何の意味もないもの。分かってください」


 それは、確かにそうだ。シルクが俺を大切に思ってくれていることくらい、十分に理解している。

 俺が大切な相手をどう思っているかを考えれば、どうすればいいかは明白だ。傷ついた姿を見せない。それだけで済む話だよな。


「ああ、任せろ。お前達を悲しませたりしない。お前達の悲しみは、俺自身の悲しみなんだから」


「同感です。あなたの苦しみは、私の苦しみ。ですから、必ず無事でいてください」


 当たり前だ。俺はシルク達との日常を過ごすために戦うんだ。死んでしまっては、シルク達と一緒にいられない。

 だから、全力で生きのびてみせる。大切な人以外の、誰を踏み台にしたとしても。

 マリオが死んだ時のような気持ちは、もうゴメンだ。シルク達が死ねば、もっと悲しいし苦しい。分かり切っている。


「ああ。お前達と一緒の時間を失わないために、必ず生き延びてやる」


「絶対にですよ。あなたが死んだら、私は死にます。そのつもりでいてください」


 大変な責任を背負ってしまった。シャーナさんの事もあるし、俺は絶対に死ねないな。

 だが、少しだけ嬉しい。シルクは間違いなく、俺のことをとても大切に考えている。だからこそのセリフだから。

 それでも、シルクを絶対に死なせはしない。俺が死んだ後ならどうでもいいなんて思わない。シルクが幸せでいない未来は、許されはしない。


「分かった。お前のことは絶対に生かしてみせる。約束だ」


「約束ですよ。裏切ったら、あの世で呪いますから。嫌なら、生きていてください」


「ははっ、それは嫌だな。なら、生きるしかないな」


「同意します。あなたは私の生きる理由なんですからね」


 それにしても、シルクに生きる理由なんて言われるほどの事をしただろうか。

 まあ、理由なんてどうでもいい。今シルクが俺を大切に感じてくれていて、俺もシルクを大切にしている。それだけでいい。

 俺にとってシルクが大切な友達だという事実は、何があっても揺るがないのだから。


「ありがとう。なら、ちゃんと生きないとな。お前が死ぬなんて、俺が死んだあとでもゴメンだ」


「ええ、お願いします。あなたなら、私のために生きてくれると信じていますよ」


 シルクは穏やかに微笑んでいる。なのに強い瞳で見つめられて、とても重い感情が見える。だが、心地よい重さだ。

 友達が俺を必要としてくれる。それだけのことが、とても大きな生きる目的となってくれるんだ。

 シルク達と出会えなかったら、俺はもっと人生をどうでもいいと思っていただろうな。

 今が幸せだからこそ、死にたくないと思えるんだ。それを知ることができたのは、みんなのおかげだ。


「そうだな。シルク達を悲しませないために、傷つけないために、生きてみせる。何をしてでもな」


「ふふっ、リオン君らしいです。あなたのケガは、絶対に癒やしてみせます。だから、必ずここへ帰ってきてください。どれほどの傷だろうが、死なせはしない」


 シルクならば、本当に死の直前だろうが治してくれるだろう。だから、安心できる。

 俺とシルクが出会えたことは、大きな財産だ。今俺が生きているのも、シルクのおかげなのだから。

 その恩を返すためにも、しっかり生きていないとな。借りが多いのだから。

 踏み倒したまま死ぬなんて、大罪だからな。決して許されることではない。


「シルクが癒やしてくれるのなら、心強いよ。頼りにしているからな」


「ありがとうございます。信じてくれて。必ず、あなたの信頼に応えてみせます」


 なぜお礼を言われるのやら。どう考えても、礼を言うべきなのはこちらだろうに。

 だが、ありがたく受け取っておこう。礼を言うことじゃないなんて、俺が決めることではないからな。

 シルクが嬉しいと思っているのだから、それでいいだろう。負担にならない範囲で、頼っていこう。


「俺の方こそ、ありがとう。いつも癒やしてくれて。お前がいてくれたから、俺は今でも無事でいられるんだ」


「だからといって、無理はしないでください。あなたが槍に貫かれた時は、悲しかったんですからね」


 サクラの心奏具が壊された時のことか。仕方なかったとは思うが、反省すべきだよな。

 俺がもっと強ければ、もっと手段を選べたのだから。どこまでも、俺は努力を続けるべきなんだ。そうでなければ、シルク達にふさわしい俺ではいられない。

 いつかディヴァリアが暴走した時のために、止められる俺でいるためにも。


「ああ、気をつけるよ。サクラ達とも協力して、楽に勝ってみせる」


「お願いします。リオン君が無事でいられるのなら、私が戦っても良い」


「無理はするなよ。お前が無事でなければ、何の意味もないんだからな。心もだぞ」


 戦争でPTSDになった人のような思いはしてほしくない。

 だから、無理に殺すと決意しているのなら、絶対に止める。

 俺はシルクの幸せを犠牲にしてまで生きていたくないのだからな。


「分かっています。ですが、大丈夫。私の大切なものは、もう決まり切っている。リオン君と、ディヴァリアさんと、皆さんと。それだけが幸せであるのなら」


 なら、俺とシルクは同じ思いを抱えている。同じ未来を夢見ている。

 だったら、協力してもらおう。俺達が共に幸せになる未来のために。

 それでも、シルクに負担が見えたのなら、シルクを止めよう。俺が強くさえなっていれば、十分なのだから。


「俺も一緒だ。だから、無理はするなよ。俺達の未来に、お前は欠かせないんだからな」


「承知しました。ですが、リオン君。あなただって、私達の未来には欠かせない。ずっと、いつまでも、永遠に。そばにいてもらいますからね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る