72話 師匠2人

 次代の王が発表されたが、今のところ俺達の生活は変わっていない。

 まあ、俺の知り合いには深い関係はないものだからな。ミナやマリオは選ばれなかったのだから。

 ミナはいつもどおりに学園に来ているが、マリオの姿を見かけない。

 なぜだろう。強く王を目指していたから、失意の中にいるのだろうか。

 だとすると、元気づけてやりたいものだが。ただ、今どこにいるのかも分からないからな。


 いつものように授業を受けていると、ソニアさんに呼び出された。向かうと、シャーナさんもいる。

 つまり、俺の授業か何かだろうな。2人とも、俺の師匠だから。この2人の共通点は、他に思いつかない。


「参上しました。何のご用でしょうか」


 ソニアさんもシャーナさんも、真剣な目でこちらを見ている。よほど大事な話があるのだろう。

 なんというか、いつもと目の色が違うような感覚があるからな。さすがに気のせいではないはずだ。

 もしかして、なにか問題でも起こったのだろうか。シャーナさんには未来視があるし、ソニアさんは近衛騎士団長。

 2人とも、これからの異変があるのならば、気づきやすい立ち位置だ。


「これから、お主がどれほどの実力なのか、確認しておきたくてな。疲れは残させんよ」


「そうですね。軽く手合わせといきましょう。持てる全てを持ってかかってきてください。私達2人で、お相手します」


 疲れは残させない。つまり、俺が疲れを残していてはまずいということ。

 嫌な考えが浮かんでしまった。否定したいが、状況が許してくれない。

 きっと、近いうちに俺は戦うことになる。だから、俺が死なないか確認したい。そんなところだろう。

 要するに、この国が荒れる未来が待っているのだろうな。王位継承者がらみで、なにか起きる気がするから。


 まさかミナがクーデターを? いや、そんなはずはない。今のミナは、穏やかで優しい人だ。だから大丈夫。

 今は余計なことを考えず、これからのために準備をしておくべきだな。俺は死ぬ訳にはいかないし、親しい人を死なせる訳にもいかない。

 だから、今できることを全力でやる。それだけに集中するんだ。


 戦える場所に移動して、俺は2人と向き合う。持てる全てをもって戦えと言われたので、心奏具も初級魔法も使うつもりだ。

 もともと、シャーナさんもソニアさんも格上なのだから、全力で挑んだって足りないのだからな。


「行きます。守護まもれ――エンドオブティアーズ!」


「では、こちらも。謹慎つつしめ――フィアーオブパワー!」


「うちの心奏具は戦闘では役立たんからな。今は見せんよ」


 ソニアさんの首元に、黒い首輪のようなものが現れた。心奏具で間違いないだろう。フィアーオブパワーといったか。どんな能力なのだろうな。

 そして、シャーナさんの心奏具は戦闘では役に立たないらしい。ミナのサッドネスオブロンリネスのようなものか。あれは情報収集には使えるが、戦闘では不便だからな。


 俺は即座にウインドを使い、動きを速くしてからソニアさんに斬りかかる。

 この状況では、他の魔法が使えない。遠距離攻撃の手段はエンドオブティアーズの剣だけ。

 いずれ、サクラのように複数の魔法が使えたらとは思うが。どれほど難しいのだろうな。

 そのような考えは、ソニアさんの動きによって即座に打ち砕かれた。


「のんびりと考え事をしている余裕などありませんよ!」


 ソニアさんはあまりにも速い。ウインドを全力で使っていても、追いつけないほど。

 シャーナさんに気を配っていられないほどの状況なのに、シャーナさんから魔法が飛んでくる。

 すでに状況はとてつもなく悪いが、こんなにすぐ終わる訳にはいかない!


 俺はエンドオブティアーズの剣を太くして盾代わりに使い、シャーナさんの魔法を防ぐ。

 そして切りかかってくるソニアさんの剣は、左手の盾で防御する。

 盾に伝わる感触はとても重く、ソニアさんは速いだけではなかった。このままでは、何もできずに負ける。


「簡単に負けるものか! 行くぞ!」


 ウインドの加速が残っているうちに、シャーナさんから距離を取る。ソニアさんは何度も切りかかってきて、剣も盾も使っているのに、1本の剣を防ぐだけで精一杯だ。

 だが、今のままでは何もできない。だから、リスクを承知で賭けに出る。

 ソニアさんの剣を防いだ盾をそのままの状況で極端に大きくし、俺は空中に浮かび上がる。


 そして、ウインドを解除して、ソニアさんの攻撃が届かないうちに、シャーナさんへ向けてファイアを放つ。

 シャーナさんが避けたところを目指して、今度は剣を全力で伸ばす。

 すると、シャーナさんの姿は消えた。あたりを見渡すと、戦闘から離れたところで、両腕を挙げている。降参のポーズだ。


 間違いなく今からでも攻撃を続けられたのだろうが、ひとまずシャーナさんからの合格は出た様子。

 なら、次はソニアさんだ。さて、どうしたものか。速さというのは単純がゆえに、対策が難しい。

 だが、やれることは少ない。またウインドを使うしか無いだろうな。


 地上に降りようとする俺を、ソニアさんは迎え撃とうとする。だから、全力の風で俺自身を吹き飛ばした。

 このままソニアさんに迎撃されては、絶対に勝てない。だから、せめて地上に降りたいという判断だ。


 思惑はうまく行って、地面にちゃんと着地できた。それでも、即座にソニアさんが襲いかかってくる。

 どうすれば良いのだろうな。ソニアさんがあまりにも速すぎて、防御で手一杯だ。ウインドで加速してこれだから、解除したらどうなるかは明白。

 俺自身が動かないまま、ソニアさんになにか対応する手段はないか。いや、あるかもしれない。


 ソニアさんの剣を受け続けながら、思いついた手段の効果を発揮できるタイミングを待つ。

 結局のところ、一度しか通じない技だ。二度目はない。だから、最高の状況で使わなければ、勝ち目はない。


「どうしました? ここで終わりですか? なら、沈むことです!」


 ソニアさんは全力だろう一撃を放ってくる。今しかない!

 俺は剣を盾で受けると同時に、全力で盾の厚みを増す。そうすることで、ソニアさんの剣は弾かれた。

 体勢を崩したソニアさんに向けて、エンドオブティアーズの剣を伸ばして攻撃する。

 避けられたが、ソニアさんは追撃してくることなく両手を挙げる。合格だったみたいだ。


「いい発想でした。ずいぶんと強くなりましたね。小生が心奏具を使って、ここまで追い詰められるとは」


 ソニアさんは優しい顔で褒めてくれるが、ちゃんと勝てたわけではない。

 いずれ、完全な形でソニアさんから勝利を収めてみせる。そうすることが、何よりの恩返しだ。

 なにせ、ソニアさんは俺に期待して鍛えてくれている訳だからな。俺の成長が一番嬉しいはず。


「お主も成長したな。だが、まだまだ満足するなよ。先はまだ長い。お主の道の最後まで、見守ってやるから」


 俺の道の最後。いったいどんなものだろう。シャーナさんは俺にいろいろと託してくれているから、良い未来を期待してくれているはず。

 シャーナさんが望む未来に近づけるように努力する。それがシャーナさんへの恩返しになるはずだ。

 

「分かっています。かならず、あなた達2人よりも強くなってみせます。最高の未来をつかみとるために」


「ええ。それで良いでしょう。リオン殿ならば、きっと小生にとっても大きな希望を見せてくれる。そう期待していますから」


「ああ、そうじゃな。この世界にリオンが生まれてきてくれたこと。その幸運を活かしてくれ。お主ならば、うちが見たことのない、最高の世界を作ってくれる。そう期待しておるからの」


 俺にとって最高の師匠2人。その期待に応えられるように、これからも頑張っていこう。


 そう決意した次の日。王都でクーデターが起きたとの情報が流れてきた。

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