73話 クーデター

 王都でクーデターが起きたらしい。まさかミナが? そう疑ってしまったが、ミナは俺の目の前にいる。

 さすがに、今の状況でここに居ながらクーデターの指揮を取ることはできないだろう。

 ならば、いったい誰が? 疑問に思っていると、ミナの口から語られる。


「クーデターを引き起こしたのは、第2王子マリオ。第1王子オルギアは殺され、現国王レントは行方ゆくえ知れず。状況はよくありません」


 マリオがクーデターを!? つまり、王位につけなかった恨みということか?

 このままでは、マリオは死ぬことになるだろう。ディヴァリアがいる以上、好き勝手することは絶対にできない。

 ディヴァリアの意にそわない行動をしたら、殺されてしまうのだから。


 そうではなくとも、クーデターなど大罪だ。そして、成功はしないだろう。ここにはミナがいる。

 だから、マリオがどれだけ頑張ったところで、状況をひっくり返されるだろう。そして、マリオは処刑される。

 どうして相談すらしてくれなかったんだ。そうすれば、もっといい道を探すこともできたのに。


「なら、できるだけ早く解決しないとな。状況はどの程度分かっている?」


 ミナにはサッドオブロンリネスがあるのだから、今王都がどうなっているのかも知っているはずだ。

 こんな緊急事態でミナが動かないなんてこと、ありえないのだから。

 サッドオブロンリネスを発見することは難しいし、壊すのはもっと困難だ。どの位置にでも浮かせられるのだから。


「ソニアがこの学園に居て、近衛騎士団もはずしています。ですから、王都の戦力は少ない。そこを狙われたようですね」


 なるほどな。戦争が落ち着いて、ある程度油断というか、備えを軽くしていたわけだ。

 そもそも、今の状況でクーデターなど、想定するものではないからな。

 にしたって、近衛騎士団すらも居ないというのはおかしくないか?

 だが、今はそんな事を考えている状況ではないな。どうやって王都の混乱を収めるかだ。


「なら、マリオ側の戦力は少ないのか?」


「そうですね。だからこそ、取れる戦術があります。リオン、あなたは王都の民を犠牲にしたくないんですよね?」


 俺としては、犠牲者は少ない方が良い。大々的に軍を動かせば、巻き込まれる人も増えるだろうからな。

 最悪の場合、マリオ達が王都の住民を人質にする可能性すらある。

 俺としてはマリオを信じたい。だとしても、今の状況で希望的観測など、害悪でしかない。


「そうだな。犠牲が少なくなるのなら、そういう戦術を取りたい」


「なら、わたくしに考えがあります。リオンには負担をかけてしまいますが、構いませんか?」


 ミナは俺を心配してくれているのだろうが、やれることがあるのなら、何でもするつもりだ。

 マリオを正しく導けなかった俺自身の責任もある。サクラを奪ったということもある。

 だから、せめてマリオの犠牲になる人を減らしたいんだ。


「もちろんだ。ミナの作戦ならば、命を預けられる」


「その信頼に応えられるよう、十分な作戦を練ってみせます。今回は、フェミルの力を使うつもりです」


 なるほど。フェミルの心奏具は転移の力を持っている。俺を送り出すつもりだな。

 さて、どこへ? いや、決まっているな。大将首。マリオの元へ行く以外はない。


「俺にマリオを討てというのか。やれと言うならやるが。それでも……」


 マリオは友達だったんだ。今でも、和解の道筋があるのならば、本音では選びたい。

 分かっている。マリオの罪の重さは、もう引き返せないところまで進んでいる。

 ディヴァリアのように隠せてはいないから、何らかの形でけじめを付けるしかない。

 そして、けじめの形は死になるだろう。マリオをかばえば、俺の命も危うい。国家転覆を狙う人間をかばうという事なのだから。


「捕らえさえしてくれれば、後はこちらで済ませます。むしろ、捕らえてくれた方がありがたいですね」


 なるほど。本当に意図があるのか、俺の心を軽くしようとしてくれているのか、どちらかは分からない。

 だとしても、気分は楽になった。俺が殺さなくて良いのなら、やりやすい。


「分かった。なら、生け捕りにするよ。それで、どんな作戦なんだ。ノコノコ突っ込むわけではないだろう?」


「こちらには、ソニアと近衛騎士団という手札があります。そして、ディヴァリアもいる。ですから、最悪の場合はどうとでもできる。ならば、ソニア達に陽動を任せます」


 そういう事か。近衛騎士団に目を引きつけておいて、俺がコッソリとマリオを捕らえる。そして、マリオを人質にして敵に武装解除させる。

 良い作戦に思える。ミナのサッドネスロンリネスによる監視とフェミルのペインオブディスタンスによる転移。この組み合わせは強力だ。

 もちろん、ルミリエがハピネスオブフレンドシップで声を送ってくれるのだろう。ならば、最低限の敵だけを相手にできるはずだ。


 十分にやれる可能性を感じる。問題は、俺がマリオに勝てるかどうか。俺はあいつの心奏具も何も知らない。

 さて、ミナはそのあたりの情報を持っているだろうか。聞いてみよう。


「俺がマリオを倒すためには、情報がほしい。ミナ、マリオの心奏具がどんなものか、知っているか?」


「ええ、もちろん。マリオのスクリームオブロンリネスは、重力を操る力を持っています。引き寄せたり、遠ざけたり、重くしたり。対策は必要ですが、リオンならば勝てるはず」


 重力を操る。それはそれは強く思える力だな。応用できる幅が広い。

 俺にも勝てるというのだから、近づいただけで潰されるような、極端な感じではないだろうが。

 それでも、とてもやっかいな能力だ。今のうちに、対策を考えておかないとな。

 やはり、狙いを定めさせないのが重要だろうか。ならば、ウインドは使えると思う。


「分かった。どの程度の範囲に使えるのか、どのくらいの威力なのかは分かるか?」


「ええ。半径で言うならば、10メートルほどでしょうか。威力は、重力で直接殺せるほどではありません。ですが、動きは大きく妨害されます」


 なるほどな。室内で戦うことになるだろうし、10メートルも距離を開けることには期待できない。

 そうなると、常に効果範囲にいることを前提とすべきだな。エンドオブティアーズの性能を活かすことが必要になるか。

 俺の動きが遅くなっても、エンドオブティアーズの拡大縮小は問題ないはず。そのあたりをどう活かすかだな。


「よし、方針は決まった。ミナ、いつ動くんだ?」


「明日です。近衛騎士団を取りまとめるためには、1日程度は必要ですから」


 ずいぶん早くまとめられるものだ。俺1人なら、今すぐにでも動けるのだろう。だが、それでは勝てない。

 大勢を動かすのならば、それなりに時間が必要だからな。サッドオブロンリネスの力があってこそか。

 やはり、ミナは人の上に立つことに向いている。こんな状況でなければ、嬉しい実感だったのだがな。


「分かった。それまで、ゆっくり力をためておくよ」


「ええ。そうしてください。明日は大変でしょうから、十分な備えをお願いします。万全と言えるくらいに」


「ああ、もちろんだ。ミナだって、今の状況は困っているよな。絶対に解決してみせるから」


「無理はしないでくださいね。戦場に送り込むわたくしが言うことではありませんが」


「心配する権利は誰にだってあるだろう。それに、ミナの気持ちは嬉しい。ミナ、明日は勝とうな」


「ええ。かならず。リオン、あなたに全てを託します。この国の運命を。あなたに」


 ミナは強い瞳でこちらを見ている。それだけ必死なのだろう。責任重大だな。

 さあ、ミナの願いを叶えるためにも、この国の平和のためにも、俺はやってみせる。

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