71話 使用人たち

 今日は俺の家でゆっくりしている。時代の王の指名のため、メルキオール学園は休みらしい。

 発表のパレードみたいなものが行われるので、準備のためだ。

 おそらくは、第1王子が選ばれるだろう。ミナでもマリオでもないことは悲しいが、仕方のないことだ。


 俺の部屋には、いつも俺以外に3人いる状況が続いている。

 ユリアとノエル、フェミルの使用人たちが、俺の世話を焼くために待機しているんだ。

 仕事なのだから当然のことではあるのだが、いまいち慣れない。

 もちろん、俺は貴族であるから自分で全てを行ったりしない。使用人としての仕事を奪うことになるからな。


 それでも、前世の感覚からすれば違和感が強い。自分でやったほうが早いことでも、人に任せるからな。

 他にも、俺の使用人たちが、なんだか極端だということもある。


 ユリアは風呂だろうがトイレだろうが着いてこようとするし、ノエルは暇ができれば抱きついてくるし、フェミルは俺が少しでも困っていると即座に解決しようとする。

 それだけ大事にされているのだと思えば嬉しくもあるが、困惑のほうが大きいのは事実。


 ユリアもノエルもフェミルも、俺に対して恩があるというのは知っている。知っているが、だとしてもやりすぎじゃないか?

 まあ、本人たちにとっては負担ではないようだから、そこは安心できるのだが。


 今の俺は部屋でくつろいでいて、3人は掃除を終えたところだ。

 だから、みんなで話しかけてきた。ノエルは相変わらず抱きついてくるし、ユリアはくっつきはしないものの妙に近い。

 俺にとって落ち着ける距離感の相手はフェミルだけだ。本人も分かってやっている様子。気を使わせているのかもな。


「リオンお兄ちゃん、今日はノエルと一緒にゆっくりしよ? もちろん、ユリアちゃん達も一緒でいいよ」


「リオンさんっ、いっぱいお話しましょうっ。こうして落ち着けるのも、久しぶりですからねっ」


「まあまあふたりとも。少し落ち着きなさい。リオンが押されているわよ」


「リオンお兄ちゃんは自分からは近づいてくれないから、いいの! それに、本気で困ってるわけじゃないからね」


「そうですよっ。わたしたちが大好きだから、嫌とは思わないはずですっ」


「まあ、否定はできないか。ということだから、リオン。我慢してあげなさい」


 実際、俺としても嫌な訳ではない。ノエルもユリアも大切な相手だからな。そばに居て不愉快ではない。

 とはいえ、俺が異性であることを理解しているのか怪しいのが困ってしまう。

 俺にだって性欲はあるんだぞ。ノエル達に変な目を向けたくないだけで。


「仕方ないか。それで、どんな話がしたいんだ?」


「何でもいいけど、好きな食べ物とか?」


「リオンさんの好みは魚ですよねっ。よく分かりますよっ」


「そうね。明らかに食べるペースが違うもの。分かりやすい人だわ」


 そんなにバレバレなのか。まあ、知られて困ることではないが。

 というか、ノエルならば話題に困らないだろうに、なぜ会話に詰まった人みたいなネタを提示したんだ。

 楽しげな笑顔ではあるから、話題が思いつかなくて困っているわけではないだろうな。


「実際に魚は好きだが。それで、お前達は何が好きなんだ?」


「ノエルはお肉かな。子供の頃はあんまり食べられなかったからね」


 初っ端から重い話が来たな。ノエルは笑顔で明るい声だから、暗い雰囲気にはならなかったが。

 とはいえ、ノエルは孤児だからな。小さい時にいいものが食べられないのも、納得ではある。

 肉ならば、この家にいれば好きな時に食べられるだろうし、ちょうどいいな。ノエルが喜んでくれるのなら、俺も嬉しいからな。


「わたしはお魚ですっ。リオンさんと同じですねっ」


 ユリアの故郷は港町ではなかったから、俺の家に来てから好物になったのだろうな。

 それにしても、好みが同じ相手というのは、面白いな。まあ、まるっきり同じではないだろうが。

 魚と一言で言っても、様々な種類がいるわけだからな。俺はサバが一番好きだ。

 まあ、サバが好きというところまで同じだったら驚いてしまう。さすがに無いだろうが。


「私は大根かしらね。煮物が好きなのよ。故郷でよく食べていたわ」


 あの村は農村という雰囲気だったから、育てられていたのだろうな。

 俺の家というか、ある程度の貴族は転移装置の力で食べたいものを食べられる。

 だから、フェミルの好きな大根も、俺の家では食卓に並ぶ。

 せっかく好物を知ったのだから、たまには用意したいよな。


「こうして聞いてみると、好みが人によって違っていて面白いな。確か、ディヴァリアは甘いものが好きだったんだよな」


「ディヴァリアお姉ちゃん、かわいいね。聖女様ってイメージにぴったりじゃないかな」


「そうですねっ。優しいと評判の聖女様ですから、合っている感じがしますっ」


「へえ、そうなのね。聖女様が来たときのために、甘いものづくりも練習しておこうかしら」


 ディヴァリアが甘いものを食べているときの笑顔は、とても癒やされるものだ。聖女という言葉に似合っているかもな。

 とはいえ、本性を知っている身としては、可愛いだけでは済ませられないのだが。

 甘いものはストレスの解消に食べるという言説があったよな。そちらを思い浮かべてしまう。


 とはいえ、俺の家に来るディヴァリアが歓迎されているのはありがたい。

 単純に幼馴染だからよく来るし、俺の親しい物どうしが仲違いしていると、困ってしまう。

 それに、うっかりディヴァリアに敵対されると、命の危険があるからな。

 しっかりと大切な相手だと思ってもらえている方が、安心できる。


「いいな。フェミルの作る甘いもの、食べてみたいような気もする」


「リオンお兄ちゃん、ノエルだって作るからね。お魚料理も!」


「わたしだって、作れるようになりますよっ。リオンさんの笑顔を想像していれば、きっと上手になれます」


「気になるのなら、そのうち食べさせてあげるわ。リオンへの借りを考えたら、安いものよ」


 みんな、俺に何かを食べさせてくれそうだ。期待していいだろうな。まずいと分かっていて俺に食べさせるような人達ではないからな。

 こういう穏やかな時間を過ごしていると、もっともっと続いてほしいと思ってしまう。

 そもそも、完全に争いのない世界ならば、俺達は出会えなかったのだろうが。悲しいことだ。


「楽しみだな。その時が待ち遠しいよ」


「美味しいもの、一緒に食べようね。ノエル、頑張って練習するから! 今でも簡単な料理ならできるけど、リオンお兄ちゃんに満足してもらえるくらい!」


 まあ、ノエルは孤児院にいたのだから、最低限の家事くらいはできるか。役割分担をしなければ、生活が成り立たないだろうし。

 とはいえ、俺はグルメというわけではないから、ノエルの料理なら、生焼けや黒焦げでもないなら満足できそうだが。


「期待していてくださいねっ。リオンさんが感動するくらい、美味しいものを作ってみせますっ」


 ユリアは俺のためなら本気で実現しそうだ。なんというか、恐ろしいくらいだ。

 だが、ユリアが全力を込めてくれるのなら、しっかりと味わわないとな。俺に喜んでほしいのだろうから。


「私はそこまでしないわよ。でも、ちゃんと美味しいって言わせてみせるから」


 フェミルくらいの態度は、なんというか安心できるな。

 ノエルとユリアは熱が入りすぎているような感覚がある。無理をしないか心配になってくるんだ。

 でも、ゆっくりと待っていよう。みんなの料理は、きっといい思い出になるだろうから。


「ああ。喜んで食べさせてもらう。少し待ち遠しいな」


 3人はみんな優しく微笑んでくれた。本当に、みんなの料理を食べる日が楽しみだ。

 いつまでもこんな日々が続けばいいのだが。そう考えながら、それからの一日を過ごして。


 次の日。アストライアの王レントが、後継者に第1王子オルギアを指名したと発表された。

 さて、この国はこれからどうなっていくのだろうか。平和なものなら良いのだが。

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