58話 諦めない心
俺はようやく自宅へと帰ってきた。サクラとユリアも一緒だ。
ミナがすでに事情を伝えてくれているので、両親はサクラをこころよく受け入れてくれた。
やはり、俺の両親はいい人だなと節々から感じるな。俺の大切なものを、俺と同じように大切にしようとしてくれている。
「リオン、サクラのことは任せておいてくれ。しっかり回復するまで面倒を見るからな」
「父さん、ありがとう。流石に学園には任せておけなかったからな」
「その判断は正しい。結局のところ、メルキオール学園は戦力を育てる場所だ。だから、戦えない人間の扱いは雑になるだろう」
そうか。なるほどな。平民だから世話をする人間などいないと考えていただけだったが。
何にせよ、父さんと母さんなら信頼できる。サクラが元気になるために、ここ以上の環境はなかなか用意できないはずだ。
俺は本気でサクラを取り戻すつもりなのだから、周りに頼ることも含めた最善を尽くすつもりだ。
「そこまでは考えていなかったな。父さんと母さんなら大丈夫だろうってくらいだったよ」
「お前が本気で望むのならば、人ひとりの面倒を見るくらい、どうということはない。ところで、サクラは側室にするつもりなのか!? 必死に世話を焼くなんて、サクラが好きなんだろう!?」
父さんがまたメチャクチャなことを言っているが、おかげで気が楽になった。
サクラを側室なんて扱いにするつもりはない。サクラにはもっと良い未来があるはずだからな。
でも、友達としては、これ以上は無いくらい大好きだ。サクラの笑顔が見られるだけで、俺も温かい気持ちになれる程度には。
「側室って、本妻は誰だよ。というか、サクラは側室なんかで満足しないというか、そんなに軽く扱われたくはないだろう」
「本妻はディヴァリアに決まっている! 幼馴染で、ずっと仲が良くて、家柄も釣り合っている。これ以上の関係はないぞ」
公爵家と侯爵家か。確かにそれくらいの差なら、結婚も珍しくはない。とはいえ、ディヴァリアは俺のことが好きなのだろうか。
好きではない相手との結婚なんて、ディヴァリアが相手を殺す姿しか思い浮かばない。さすがに死にたくはないな。
「ディヴァリアが喜んでくれるのなら、嫌ではないが」
「言ったな? なら、縁談を進めても問題はないんだな?」
「本人の意志を確認してくれよ。ディヴァリアを悲しませたくはないからな」
「分かっている。だが、俺達のリオンは誰だって惚れるいい男に決まっている! ディヴァリアだって大好きになるはずだ」
父さんは極端な
まあ、ディヴァリアから好かれているのが事実なら、嬉しいとは思ってしまうのだが。
いくら戦争のきっかけだからって、これまで一緒に過ごしてきた時間がなくなるわけではない。楽しかった思い出はいっぱいあるんだ。
サクラが傷つく間接的な原因でもあった。それでも、どうしても嫌いになることができない。分かっているんだ。嫌いになるべきだって。できることならば、ディヴァリアを打ち倒すべきだって。
「そこまで自信は持てないな。というか、俺を好きになるやつがそんなに居るか?」
「星の数ほどいるさ! 俺が女だったら、惚れていただろうからな」
どう考えても父親の言うセリフではない。でも、愛してくれている事実がよく伝わるんだ。
両親に愛されるという感覚はとても幸せで、いつまでも浸っていたいくらいだ。だから、この恩を返せるようになりたい。
2人が望むならば、政略結婚だとしても受け入れることは簡単だ。まあ、俺が望まない相手との婚約など、両親は持ちかけてこないだろうが。
「母さんのことはいいのか?」
「確かにそれを忘れてはいけないな。母さんを愛するのは当たり前のことだ」
だよな。実は父さんと母さんは仮面夫婦だと言われたら、何も信じられなくなりそうだ。
俺は2人みたいな夫婦になりたい。お互いを尊重して、愛しているとハッキリ言い合える関係に。
2人は俺の憧れなんだ。理想の家族というのは、俺達みたいな関係なんだろうと思えるほどに。
「俺も父さんと母さんみたいな関係を作れるだろうか」
「リオンなら問題ないさ! そうだ、ディヴァリアを誘っているんだった。呼んでくるよ」
そう言って父さんは去っていく。なんというか、唐突だな。でも、今日ディヴァリアが来るということは、サクラを心配してくれたのだろう。ありがたいことだ。
しばらく待っていると、ディヴァリアがやってきた。
珍しく悲しそうな表情で、サクラの事情は知っているのだろうと感じた。そして、やはりサクラを大切に思ってくれているのだろうと。
「リオン、サクラの調子はどうかな?」
「なんとか生きているという様子だ。だから、なんとしても癒やしてみせる」
「そっか。頑張ってね。私も協力するから」
「ああ。サクラの顔を見に行かないか? 声をかければ、少しくらいは効果があるかもしれないからな」
サクラはディヴァリアを大切に思っているようだったから、効果はゼロではないはず。
それに、戦争の被害を知るきっかけになってもらえれば。大切な人が傷つく可能性を認識してもらえれば。
ディヴァリアにだって、間違いなく情はあるのだから。他人の命はどうでもいいことは間違いない。だからといって、誰が死んでもいいとは思っていないはずなんだ。
「分かった。じゃあ、行こうか」
俺達はサクラの元へ向かい、様子を見る。
といっても、食事以外の時間はずっと、ぼーっとしているだけだ。声をかけてもほとんど反応しない。
「サクラ、ディヴァリアが会いに来てくれたぞ。お前が元気になるのを、待っているんだ」
「そうだね。私はサクラがいないと寂しいよ。だから、また元気な顔を見せてほしいな。いっしょにリオンを喜ばせてあげようよ」
ほんの少しだけ、サクラがこちらを向いたような気がした。俺の希望が見せた幻影なのか、事実なのか。
何にせよ、サクラは言葉が理解できないわけでも無いみたいだ。食事を出せば食べてくれるし、トイレも伝えてくれる。腕を引っ張るという形で。
だから、サクラの意思が消え去ってしまったわけではない。ただ元気が失われているだけだ。
「ああ。またみんなでパーティを開く予定なんだ。今度はノエルやエルザさん、ユリアも誘ってな。サクラが参加してくれれば、みんな喜ぶはずだ」
「うん。サクラと一緒に遊べたら、私も嬉しいな。大切な友達だって思ってるんだよ」
ディヴァリアは真剣な顔をしている。だから、きっと本音のはず。
俺達の大切な友達であるサクラが傷ついている事実は、みんな悲しいんだ。だから、早く元気になってほしい。何だってするつもりだから。
「俺も楽しみにしている。じゃあ、そろそろ行くな。また会いに来るから」
「私もまた来るね。サクラ、次は話ができると嬉しいな」
俺たちはサクラのところから去っていき、また少し話をしていた。
「俺がもっとうまくやれていれば、サクラは傷つかないで済んだはずだ。悔しいよ」
「私はリオンが無事で居てくれて嬉しいよ。それに、きっとサクラを治す手段はあるはずだから。きっとリオンなら、できると信じているよ」
当たり前だ。例えどれほど遠くても、かならずたどり着いてみせる。またみんなで笑い合う日々のために。
ディヴァリアだって、サクラが元気になってくれれば嬉しいんだ。だから、茨の道だったとしても絶対に諦めない。
サクラ、お前の笑顔も言葉も、みんなに力をくれるものだから。かならず取り戻してみせる。
だからディヴァリア。サクラ達がこれ以上傷つかなくて済むように、ためらいを覚えてほしい。
俺になら、何をしてくれても構わない。ディヴァリアに殺されるのならば受け入れる。だから、平和な未来を作ってくれ。お願いなんだ。
――――――
リオン達は私が狙った以上の成果を上げてくれた。私が予想外だったのは、敵国の人間を助けようとしたこと。
だけど、その情報を知ってすぐにウワサを流した。リオンは敵国の人間だろうと、力なきものを大切にできる素晴らしい人だって。
先手を打たなければ、敵国の人間を助けたということは汚名になりかねなかったから。
――1回生まれた評判を
リオンの言葉を意識して、先にリオンを称える声が大きくなるようにした。
私の持てる力を全力で使って、優しさと強さをかねそなえた勇者だって声が大きくなるように。
――大勢が言っていることに反発するってのは、案外難しいんだ。だから、一度広まった意見は強いよ。
いわゆる同調圧力だよね。最大限に利用してあげたよ。リオンに対する批判が
現在のリオンは、なかなかに評判がいい。私ほどではないにしろ。
今回の戦争で一番の名声を手に入れたのはリオンだから。私が仕向けたことだとはいえ。
傷ついた人々を助ける優しさ、強大な敵将を打ち破る力。どちらも私が広めてあげたんだ。
リオンが討った敵将の、アルスと言う名前がこの国でも知られていたことも大きかった。
だから、強さが重要なこの国では、大きな評判を手に入れる一助になったみたい。
今は順調にリオンの名前が広まっている。またいくつか戦場を用意してあげれば、きっと私に並び立ってくれるくらいには。
ただ、悲しいこともあった。サクラの心奏具が壊されちゃったこと。
心奏具が壊れるということは、心が壊れるということ。私はよく知っている。何人も心奏具を砕いてあげたからね。
そんな人達の様子を見ている限り、サクラは殺してあげたほうが良いんじゃないかと思えた。
ただ、サクラが死んだらリオンはとても悲しむから。私だって悲しい。
だから、リオンが諦めるまではサクラの回復を諦めないつもり。きっとリオンなら、私が思いつかないような奇跡を起こしてくれるから。
――諦めないっていうのは、みんな簡単に言う。でも、とても難しいんだ。諦めないという事実だけで、俺は尊敬できるかもしれない。
なら、リオン自身は尊敬に値する人だよね。きっと、サクラを諦めることなんてしないから。
きっと、そんなリオンをサクラも好きになっちゃうんだろうな。でも、サクラは殺したくない。
なら、どうやってリオンを諦めてもらおうかな。私との絆を見せつけるのが良いか。
だから、リオン。聖女に並び立てる勇者を目指してね。2人が永遠に残るおとぎ話になるくらい。
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