59話 未来に向けて

 今日はディヴァリアと共に孤児院に来ている。

 俺はフェミルとエリスの様子を見たかったから。ディヴァリアはノエルに話があるとのことだ。

 ここにくるのも久しぶりで、なんだか落ち着く。やはり居心地のいい場所だ。


「リオンお兄ちゃん、聖女様、久しぶり。リオンお兄ちゃんが活躍したって、こっちにも伝わってきてるよ。フェミルさんとエリスもリオンお兄ちゃんがカッコいいって言ってたよ」


 ノエルは相変わらず俺に飛びついてくる。しっかりと抱きつかれていて、暖かい。

 こうしていると、懐かれていると感じるな。俺もノエルが大好きだから、嬉しい限りだ。


「それで、フェミルとエリスはうまくやれているか?」


「うん、大丈夫じゃないかな。みんな受け入れていると思うよ」


 ノエルが言うのなら、正しいのだろう。この子は孤児院の中心的存在だからな。

 そんな子が俺を大切に思ってくれている。とても素晴らしい事実だ。ディヴァリアが孤児院を開くと決めたとき、ノエルと出会えて良かった。


「聖女様、リオンさん、よくいらっしゃいました。歓迎します。あまりもてなしはできませんが、ゆっくりしていって下さい」


 以前は色々と貰ったのに、なぜだろう。戦争の影響で物価が上がりでもしたのだろうか。俺は自分で買い物をしないから、その辺がよく分からないんだよな。

 ただ、子供達が飢えているような雰囲気ではない。だから、今のところは大丈夫なのだろう。

 それとも、単に急に来たから用意ができなかっただけだろうか。そちらだとありがたいな。


「エルザさん、フェミルとエリスを受け入れてくれて、ありがとうございました」


「いえ、お気になさらず。身寄りのない人に救いの手を差し伸べるのが、聖女様と私の理念ですから」


 エルザさんは柔らかく微笑ほほえんでいる。この人にも、聖女という名前が似合いそうだよな。

 本当に子供達を愛しているのが伝わってくるし、とても優しい人だとも感じる。

 エルザさんをこの孤児院に連れてこられたのは、ディヴァリアの大きな成果だよな。ノエルがいい子で過ごせているのも、幸せそうなのも、エルザさんのおかげなのだから。


 もちろん、他の子供達だって健やかに過ごせているというのがよく分かる。

 俺達がいつ来ても、ここの子供達は笑顔であふれているからな。エルザさんの穏やかな人柄の影響は、とても大きいだろう。


 ノエルやエルザさんに挨拶をしていると、フェミルとエリスもこちらにやってきていた。

 前に見たときより顔色がいいし、いい生活を送ることができているのだろう。素晴らしいことだ。

 フェミルは以前は張り詰めていたが、今は穏やかな雰囲気になっている。エリスともども、幸せに過ごせているんだな。


「リオン、あれ以来ね。どう? 元気にしてたの?」


「まあ、そこそこだな。悪いこともあるにはあったが、俺自身に問題はない」


「戦争をしていたのだし、そういうこともあるか。私に手伝えることがあるなら、言ってくれていいわ」


「ありがとう。だが、今は大丈夫だ。それより、今は幸せか?」


「ええ、もちろん。リオンのおかげよ。あなたがここを紹介してくれたから。そもそも私達を助けてくれたから。前にも言ったけど、リオンが望むのならば何でもするわ」


 何でもと言われても困ってしまうのだが。俺は見返りを求めていたわけではない。フェミルの幸せそうな姿を見られただけで十分だ。

 とはいえ、フェミルが恩を受け取ったままだと、罪悪感が生まれるかもしれない。恩を踏み倒せる人間には見えないからな。

 だから、何か考えておいたほうがいいな。とはいえ、何があるだろうか。ゆっくり考えるしかないか。


「お兄ちゃん、ありがとう。お姉ちゃんといっしょで、うれしいよ」


「ああ、良かった。せっかく助けたんだから、幸せになってもらわないとな」


「だから、リオンお兄ちゃんはノエルを大切にしてくれるの?」


「それもある。だが、一番大きいのはノエルが大好きだという感情だな」


 俺だって人間なのだから、嫌いな人間を幸福にするために力を尽くそうとは思えない。

 だから、ノエルがいい子でいてくれたのは本当に良かった。疑うことなく、大好きでいられるのだからな。


 ノエルは輝くような笑顔になったかと思うと、またこちらに飛びついてくる。

 こちらからも抱き返していると、頬をこすりつけられた。なんだかマーキングみたいだな。まあ、ノエルにそんな意図はなくて、単に好きだと伝えてくれているだけなのだろうが。


「私もノエルが大好きですよ。だから、提案があるんです」


「聖女様、なんですか?」


「ノエル、リオンの使用人になりませんか? そして、メルキオール学園に入学しませんか?」


 俺は何も聞いていないのだが。とはいえ、ノエルが使用人になってくれるのなら、大歓迎ではあるのだが。

 それにしても、メルキオール学園に入学か。ノエルは以前は別にいいと言っていたが、あれは俺達の近くにいられないから。そのあたりはどうなっているのだろう。


「リオンお兄ちゃんの使用人になれるのなら、嬉しいよ! でも、メルキオール学園は、聖女様とリオンお兄ちゃんと一緒じゃないなら意味ないかな」


「大丈夫。私達と同じクラスになれるんです。ただ、そのためには、ノエルに乗り越えてほしい試験があるんです」


「だったら、どんな試験だって突破してみせるよ! 2人と一緒になれるのなら、何だってするからね」


 ノエルは間違いなく本気だ。俺達と一緒にいるためなら、犠牲すら許容しかねないと思えた。

 少しだけ危うさを感じる気がするから、無理だけはしないでほしいところだ。ノエルが幸せでさえあるのなら、十分なのだから。


「ところで、リオンの使用人は他に募集していたりするんですか、聖女様?」


「フェミルさんもリオンの使用人になりたいんですか?エリスさんはどうするつもりですか?」


「エリスはここでまってるよ。お姉ちゃん、おうえんするから」


 先ほどお姉ちゃんと一緒にいられて嬉しいと言ったばかりだろうに。エリスもいい子なんだな。

 とはいえ、フェミルにも同じ試験を課すのだろうか。ハッキリ言って、ノエルほどの才能は感じないが。


「なら、どうしましょうか。ノエルへの試験は、どちらかと言うと私の都合なんです。心奏具を使えるのならば、メルキオール学園への入学はそれほど難しくはありませんよ」


「聖女様がそう言うのなら、なにか理由があるんだよね? ノエルはもちろんいいよ! 聖女様とリオンお兄ちゃんのそばに居るためなら、どんな試練だって乗り越えてみせるから」


「私がメルキオール学園に入学する理由はあるんですか? リオンの使用人になれれば十分なんですけど」


「アインソフ家は侯爵家ですからね。何の才能もない人間が簡単に近づける場所ではないんです」


 父さんも母さんも簡単にユリアを受け入れてくれたが。まあ、ユリアは才能に恵まれているとはいえ。

 とはいえ、誰も彼もを受け入れてはまずいということは分かる。つまらない人間が寄ってきかねないからな。

 さて、フェミルはどう返すだろうか。少し悩んでいる様子ではあるが。


「エリスさんのことは、私に任せて下さい。この孤児院の母として、かならず幸せにしてみせます」


 やはりエルザさんは優しいな。ここに入ったばかりで抜けようとしているのに、嫌そうな雰囲気を少しも出さない。思うところがあるようにすら見えない。


「よし、決めた。リオンの役に立つために、メルキオール学園に入学するわ。というか、年齢は大丈夫なの?」


 確かに、フェミルは俺たちより少し年上に見えるな。だが、ディヴァリアが誘うのだから、問題は解決しているのだろう。


「学生に欠員が大勢出ましたからね。学園側も、人材を集めるのに必死なんですよ」


 間接的にとはいえ、ディヴァリアが原因だろうに。よくもまあぬけぬけと。

 ただ、ノエルやフェミルと共に学園生活を送れるのなら、楽しいだろうな。俺としては歓迎だ。


「分かったわ。なら、なんとしてもメルキオール学園に入ってみせるわ」


「お姉ちゃん、がんばって」


「では、手続きはこちらで進めておきますね。ノエル、今から私達と一緒に来てくれますか?」


 ディヴァリアの言う試験が始まるのだろう。ノエルならきっと突破できるだろうが、緊張するな。

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