58話 傷ついたサクラ

 敵将アルスを倒して、残りの敵も全て片付いたようだ。今は帰るための準備をしている。


「別のところで話はついたから、今回の戦いはこれでおしまいだよ」


 とのことだ。本当に良かった。サクラが傷ついたまま戦い続けることに、不安があったからな。

 それに、俺もいい加減つらかった。人を殺し続けることの負担に飲み込まれそうな気すらするほど。

 仲間たちが傷つく可能性を考えると、積極的に殺したほうが良いんじゃないかと思えていたから。

 このまま進んでいれば、俺は戦えなくなるか、あるいは人殺しに罪悪感を覚えなくなるか。どちらかだっただろうと感じていた。


 戦いが終わったとのことで、サクラの様子を確認していた。俺達の言葉に、ほとんど反応を返さない。

 それでも、食事や睡眠は問題なくできている様子。だから、とりあえず命は心配しなくて良いだろう。

 だが、言葉も話さないまま、うずくまっている事がほとんどで、いつものサクラとは程遠かった。

 俺がもっとうまくやれていれば、今もサクラの笑顔を見られたのだろうか。つい拳に力が入って、爪に血がついてしまった。


「よう、リオン。お手柄だったそうじゃないか。うらやましいな。俺は大した手柄を立てられなかったからな」


「マリオか。お前達は無事なようで、良かったよ」


「当たり前だ。こんなところで死んでいては、絶対に王にはなれないからな」


「そうか。それもそうだな」


「じゃあ、俺は行くぞ。リオンも無事なようで、何よりだ」


 正直、少し口から暴言が出そうになった。サクラの状態があるから、俺はとても喜べないのに。

 だが、マリオ達には関係のない話だろうからな。それに、せっかく勝ったのに、空気を悪くしたくなかった。


 とはいえ、本当に悲しい。勝った喜びなど忘れ去ってしまいそうなほどに。サクラがいつものように話しかけてくれないというだけで、叫びだしたくすらなった。

 だが、そんな事をしても何の意味もない。きっと誰かに迷惑をかけるだけ。

 今の思いとしては、もしサクラがまた元気になるのならば、何でもしていいくらいだ。

 それこそ、生贄が必要だというのなら、捧げてもいいとすら思えるほど。さすがに知り合いならば諦めるかもしれないが。


「リオンちゃん、サクラちゃんの状態だけど、こっちでも調べてみたよ。どうも、心奏具が壊れると無気力になっちゃうみたい」


 確かに、今のサクラの状況と一致する。無気力という言葉は的確だろう。

 心奏具は心の形を具現化したもの。そう言われていたが、事実だったのか。

 なら、ユリアに心奏具を切り裂かれた敵が動けなくなっていたのも、心が壊れたからなのか。

 そして、今のサクラも心が壊れている。だから、言葉を話すことすらせずに、うずくまっているのだろう。


 ただ、俺が知りたいのは、サクラを治す手段があるかどうかだ。回復魔法が役立つのなら、もうシルクが治しているはず。

 だから、癒やすにしても別の手段が必要なはず。サクラの心を癒やすための手段。いったい何だ。


「それで、サクラは治るのか?」


「例が無いわけじゃないんだよね。でも、条件がバラバラで、よく分からないんだ」


「ありがとう。十分だ。道があるというのなら、全力で探すだけだ」


 間違いなく本音だ。俺はサクラとの日々を取り戻すために、どれほどのことでもする。

 1日中サクラと一緒にいれば回復するのなら、徹夜だって当然する。俺が傷つけば良いのなら、どんなケガだって耐えてみせよう。

 だからお願いだ。サクラ、また元気な姿を見せてくれ。お前は俺にとって絶対に欠けてはならない大切な人なんだ。


「うん。私も同じ気持ちだよ。それで、何からする?」


「まずは、落ち着いた環境に送ろうと思う。学園の寮ではダメだろうから、俺の家に連れて行くよ」


「いいと思う。メルキオール学園は、サクラちゃんにとって居心地のいい場所じゃないだろうからね」


 だろうな。俺たち以外の友達がいないらしいから、周りには敵だらけに見える可能性すらある。

 そんな環境に身をおいていて、サクラの心にいい影響があるとは思えない。だから、俺の家で、俺とサクラとサクラの友達たちとの時間を作る。

 心が壊れているのだから、サクラへの負担はできる限り減らすべきだろう。なら、ディヴァリアにも手伝ってもらうか。

 きっとディヴァリアだって、サクラを大切だと思ってくれているはず。だから、こころよく協力してくれるはずだ。


「そういえば、ミナは元気か? ルミリエは声を聞けているが、ミナは声すら聞けないからな」


「ミナちゃんは元気だし、私も元気だよ。リオンちゃんとまた会うの、楽しみにしてるね。それで、サクラちゃんにも元気になってもらって、またパーティでも開こうよ。今度はノエルちゃんとかユリアちゃんも誘ってさ」


「いいな。楽しそうだ。盛り上がるだろうな」


 正直、空元気だ。実際にパーティが開かれれば楽しいのだろう。だが、今はサクラのことで頭がいっぱいなんだ。

 どうすればサクラは元気になってくれるのだろう。笑顔をみせてくれるのだろう。

 そういえば、俺に言いたいセリフがあると言っていたよな、結局なんだったんだろう。


「リオンちゃん、かならずサクラちゃんを元気にしてあげてね。きっとリオンちゃんにしかできないことだから」


 なぜ俺にしかできないと思うのだろう。だが、それが事実なら、いや、事実でなくとも俺はすべてを懸けてみせる。

 俺がサクラを戦場に巻き込んだという責任もある。サクラは主人公だからと、無意識のうちに盲信していたのだろう。

 だから、どれだけ手間が必要だろうが、苦しかろうが、かならずサクラを元気にする。それが俺の責任だ。


「当たり前だ。他の誰かができることだとしても、俺がやってみせる。それが、サクラの友達でいる資格だろうさ」


「サクラちゃんは、何もなくても友達でいてくれると思うけどね」


「そうかもな。だが、俺が俺自身を許すためにも必要なことだ」


 サクラを傷つけてしまった責任は俺のものだから。俺がつまらない油断などしなければ。そもそもサクラを巻き込まなければ。今もサクラは無事だったはずなのだから。

 だからこそ、かならずサクラを取り戻してみせる。また楽しい時間を過ごすために。


「無理はしないでね。サクラちゃんだって、リオンちゃんが犠牲になれば悲しいと思うから」


「ああ。誰かの命と引き換えに生きることを喜ぶ人ではないよな。分かっているさ」


「うん。それが分かっているなら良いかな。こっちでも、サクラちゃんを治せる手段は探しておくね」


「ありがとう。パーティの件、楽しみにしているよ」


「うん、準備しておくね。サクラちゃんが元気になったら、すぐにでも開けるように」


 ルミリエも、おそらくミナも、サクラが元気になることを望んでくれている。ありがたい。

 本当に、サクラをディヴァリアたちに紹介したことは正解だった。きっと、みんながサクラを大切に思っていることも、サクラの回復に役立ってくれるはず。


「みんなサクラが大好きなんだ。だから、早く元気になって欲しいものだな」


「そうだね。私だって、サクラちゃんが今のままだと、ワクワクできないよ。ミナちゃんもディヴァリアちゃんも、きっと同じはず」


「だよな。またみんなで過ごす時間のために、頑張っていきたいものだ」


「それがいいよ。責任とか、許しとか、そんなことじゃなくて、またサクラちゃんと一緒に居たいから。それが一番じゃないかな」


 確かにな。サクラが傷ついて悲しいのも、俺がサクラを大切に思っているからだ。サクラと過ごす時間が好きだからだ。

 なら、またサクラの笑顔を見るため。そのために全力を尽くそう。

 方向性は決まった。あとは駆け上がるだけだ。待っていてくれ、サクラ。かならずお前を取り戻してみせる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る