56話 リオンの覚悟
サクラの心奏具、ソローオブメモリーが砕け散っていった。
ただ、まだサクラは生きている。できることはあるはずだ。
心奏具が壊れた人間は動かなくなっていった。サクラは今動けないはず。なら!
「シルク!」
「分かっています!」
シルクにサクラを守る結界を張ってもらうと同時に、俺は敵をサクラから引きはがしに動く。
エンドオブティアーズの剣を伸ばして、アルスの槍で受けてもらう。そして、そこからも全力で剣を伸ばし続ける。
狙い通り、敵はエンドオブティアーズが伸びる力に押されて遠ざかっていく。
「ここからは俺が! シルク、サクラを頼む!」
「任せてください。ご武運を!」
シルクはサクラを守っているから、こちらに結界を張るのは難しいだろう。
つまり、俺とユリアでどうにかアルスを倒さなければいけない。4対1で押しきれなかった相手を。
こうなったら、手札をすべて使い切るつもりでやる。まずは、1つ目。
「ウインド!」
俺の体の一部に強い風を浴びせ、加速する技だ。シャーナさんに教わった身体強化、魔力の調整があってこその技。
加速したい部分に当たるだけの最小限の範囲に風を起こす。そして、風の威力による体への負担を身体強化でごまかす。
本来、初級魔法では十分な加速をできるほどの強い風は起こせない。だが、魔力を1ヶ所に集中させることで、風の威力を大幅に上げているんだ。
勢いそのままに敵へ向かって駆け出し、剣を振り下ろす。走る時は背中に、剣を振る時は剣と腕に全力の風をぶつける。
先ほどまでよりも明確に速い動きができている。とはいえ、それなりに負担はあるからな。長期戦は難しいだろう。
「面白い技を使うではないか! もっと早く全力を出していれば、あの女も無事だっただろうに」
サクラは死んだわけじゃない。だから、まだ取り戻せるはず。それに、いま後悔しているヒマはない。そんな事をすれば、サクラは本当に死んでしまいかねない。それに、ユリアとシルクも危なくなる。
いま俺にできることは、とにかく目の前の敵を倒すことだけだ。それに全力を尽くす。
「いくぞ、ユリア!」
「どこまでもお供しますっ!」
シルクの結界が期待できない以上、俺がユリアを守らなければならない。
だから、ユリアとはそこまで離れずに戦うつもりだ。いざという時に盾でかばえる位置を保って。
俺のエンドオブティアーズは決め手にはなりづらい。ホープオブブレイブで決めたいところ。
あるいは心奏共鳴もとどめに使えそうだが、発動条件がハッキリしないからな。できる限り、心奏具でどうにかしたい。
ユリアが切りかかっていき、敵が反撃しようとする。それを俺がかばう。続いて反撃する。
ウインドを使ったおかげで、敵の動きに十分ついていけている。今の速さなら、シルクやサクラが遠距離からサポートするのは難しかったかもな。
まあ、もしものことを考えても仕方がない。いまは目の前の敵に集中するだけ。
「そう簡単には負けんぞ! せめて1人でも道連れに!」
敵は勢いよく槍を振り回してくる。だが、エンドオブティアーズの盾で十分防げる。
盾の後ろから風で支えることによって、これまで以上に安定した受けができているからな。
この調子ならば、勝ち目は十分だ。ただ、まだ気を抜くわけにはいかない。他の誰かを傷つけさせないために。
「どうした? 先ほどまでの勢いがないじゃないか。もう限界か?」
「ここで終わると思うなよ! リオン・ブラッド・アインソフ! 貴様だけはなんとしても討つ!」
本当にこいつが俺にだけ集中してくれるのなら、ありがたい限りだが。
とはいえ、敵がユリアを狙っていると判断した結果、サクラは心奏具を破壊された。しっかりと、ユリアやシルク、サクラにも気を配っていないとな。
ただ、今の敵は俺に向けて全力で攻撃している。なんとしてもエンドオブティアーズの盾による防御を抜くつもりらしい。
あるいは、俺の心奏具も壊そうとしているのか? なんでもいい。俺を最大の敵だと思ってくれるのなら、助かるだけだ。
「リオンさんの敵は死んでくださいっ!」
ユリアは明らかに勢いを増して敵に攻撃している。それでも、敵は俺を集中的に攻撃してくる。
明らかにユリアのほうが大きい脅威だと思うがな。ホープオブブレイブに当たってしまえば終わりなのだから。
いや、敵は自分の心奏具が壊れないと思っているのか? その可能性はあるな。気を配っておこう。
そうだな。ホープオブブレイブの一撃を決め技と考えないほうが良いか。通じなくてもフォローができる立ち回りをしよう。ホープオブブレイブで敵の心奏具を切り裂けるなら幸運だという感覚で。
「そろそろ疲れてきたんじゃないか? 諦めたらどうだ?」
本当に諦めてくれるとは思っていない。ただ、俺に注目しているようだから、最初より挑発に効果があるかもしれない。そう考えての言葉だったが、当たっているかもしれない。
証拠に、敵は先程よりも激しい攻撃をしてきた。何度も何度も槍で突いてくる。
槍を振り回せばユリアを巻き込めるかもしれないのに、そんな事は頭にもないという様子で。
確かに相手は冷静さを損なっている。ならば、次の手札が通じるはずだ。
最高のタイミングを待て。これは一度きりしか通じないはず。だから、できればトドメまで持っていきたい。
槍を何度も盾で受け、敵のスキをうかがって剣を伸ばして突く。槍で受けられる。まだ伸ばす。今度の敵はかわそうとする。
そして、右手を伸ばしきった俺に向かって駆け寄ってくる。
「もらったぞ!」
敵は全力で俺の方に集中している。俺の命を奪うために。だから、この技が通じるんだ!
「ライト!」
ただ暗い場所での明かりとして使うだけの魔法。だが、いまの俺は光を1ヶ所に全て集められる。
当然、集める先は敵の目だ。敵は目がくらんだ様子で、それでも俺に向けて槍を突き出してくる。
だが、俺にはシルクがいる。死にさえしなければ、絶対に回復させてくれるシルクが。
ならば、俺のするべき事は一つだ。最低限だけ急所を外して槍に刺され、全力で槍をつかむ。
「今だ!」
「当たり前ですっ!」
ユリアは敵に向かって全力で剣を振り下ろす。そのまま敵は真っ二つになっていった。
これで俺達の勝ちだ。みんながいたからこその勝利だな。主を失った心奏具が消えていき、俺の傷口から血が吹き出る。
慌ててシルクが駆け寄ってきて、回復魔法をかけてくれた。
「ホーリーヒール! リオン君、わざと刺されましたね? 何でそんな無茶をするんですかっ!」
「そうでもしなければ勝てないと思ったからだ。サクラは大丈夫か?」
「結界はまだ
「ここで勝てなければ、お前達まで危なくなる。それに、シルクならば絶対に治してくれるだろう?」
「信頼は嬉しいです。ですが、そんな無茶をさせるために、あなたを癒やすわけではありませんよ!」
シルクは相当に怒っているようだ。だが、今回ばかりは改めるつもりはない。治せるだけの傷よりも、みんなの安全のほうが大切なのだから。
「そうですよっ。リオンさんが死んでしまったら、勝利になんて何の意味もないんですからっ」
「まだ油断するなよ。敵兵が1人でも残っていたら、危ないんだから」
「分かりましたっ。でも、終わったらもっと怒るんですからねっ」
「同感です。サクラさんを安全な場所に運んだら、説教です」
そう言ってシルク達は周囲を警戒しながら移動を始める。
サクラは何も反応を返さない。息はあるから、生きているのは間違いないのだが。
大きな戦いが一段落した。だが、俺達には傷跡が残る結果となったようだ。
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