55話 砕け散る心奏具

 アルスと名乗る敵の大将は、槍を構えてこちらを見る。おそらく心奏具だ。

 さて、どんな能力を持っているのだろうな。俺の盾で防げる力だといいが。

 こちらが警戒していると、俺に向かって敵は駆け出してくる。地面の土が強烈に跳ね上がる。そして敵は恐ろしいほどの勢いで突っ込んできた。


 敵の攻撃を盾で受けると、強い衝撃が襲いかかってくる。

 ソニアさんや、ユリアを助けたときの敵に匹敵する重さの攻撃だ。これだけでも、強敵だということが分かる。


「ぐっ、重い! だが、この程度なら!」


「誰がこれを全力だと言った! まだまだ終わらんよ!」


 そのまま敵は連続で攻撃してくる。腕にしびれが走りそうな威力だが、ちゃんと盾で受けられる。

 速さ自体は十分見切れる範囲ではある。ただ、反撃に移ろうにも、盾を両手で支えているので難しい。

 このまま耐えていれば、敵が疲弊してくれるのならばありがたい。とはいえ、希望的観測に過ぎないからな。策を考えないと。


「リオン、しっかり防御しなさいよ!」


 サクラは俺ごと巻き込む勢いで心奏具から上級魔法を放つ。いい判断だ。多少のリスクを背負ってでも攻撃しなければ、勝てる相手ではないだろうからな。

 俺はエンドオブティアーズの盾があれば、上級魔法くらいなら問題なく防げる。

 だから、多少なりともアルスに痛手を与えてくれればいい。そう考えていた。


「ぬるいわ!」


 敵は槍を振り回し、サクラの上級魔法を弾き飛ばす。メチャクチャだ。だが、当たればダメージが入ることは分かった。そうじゃなければ、そのまま受けていただろうからな。

 相手の心奏具の能力がわからない以上、重要な情報だ。サクラのおかげだな。


「やああーっ!」


 次はユリアが攻撃を仕掛ける。敵はユリアの剣を受けようとはせず、横から弾く。

 体勢を崩したユリアに槍が襲いかかるが、シルクが結界で防ぐ。

 念のために盾でかばえる位置に入っていたが、シルクの結界でも防げるんだな。

 そして、敵はユリアの剣を槍で受けなかった。つまり、ユリアの攻撃に警戒している証。


「その剣、受けるとでも思ったか! 我が兵たちが命で集めた情報を無駄にするわけがなかろう!」


 なるほどな。俺達のこれまでの戦いは見られていた。当たり前ではある。対策くらい考えるよな。

 だが、俺達の心奏具は、みんな情報を知られてからが本番だ。いくつも警戒すべき先がある中で、どれだけ冷静に判断できる?

 こちらは4人、相手は1人。まだまだ手札は十分にあるぞ。


 そういえば、マリオ達は参加してこないんだな。足止めでもされているのだろうか。大将首はここにあるのだから、手柄を立てたいマリオがやってきてもおかしくはないが。


 今はマリオ達は居ないのだから、俺達4人でどうにかする手段を考えないといけない。

 さて、どうしたものか。大した技量の持ち主だから、真正面から戦っても不利だろう。

 となると、どうにか弱点を突きたいものだが。やはり、時間を稼ぐのが王道か。

 相手の能力が何か割り出すことで、対策を練れるからな。攻撃はそれからでも遅くないはず。


「なら、当たるようにしてやるまでだ!」


 口ではそう言うが、俺としては警戒してくれれば十分だ。攻撃しづらいと思ってくれればな。

 エンドオブティアーズの能力を知られている以上、隠す必要も意味もない。だから、ユリアに向かっていく敵に対して剣を伸ばす。

 今度は槍で受けられた。やはり、ユリアの能力には気を配っているようだ。


 心奏具が壊れたら、間違いなく大きな悪影響がある。だから、敵はユリアの剣を受けようとしないのだろう。

 仮にユリアの剣に耐えられるとして、情報がない段階でバクチを打つ意味はないのだから。

 イチかバチかに出るタイミングは、相応に追い詰められたときだろう。だから、今の敵はユリアの剣に当たらないように動くはず。


 なら、敵の動きをある程度制限できる。ユリアが味方に居るというだけで。本当にホープオブブレイブは強い。単純な威力だけではなく、敵の行動を誘導することまでできるのだから。


「あたしだってまだまだ続くわ!」


 サクラは敵とユリアの距離ができると、かならず上級魔法を放つ。おかげで敵は遠距離にも警戒していて攻撃の手が緩んでいる。

 まだ十分なスキがあるとは言えないが、今においても敵は特殊な力を使っていない。

 この状況で手札を隠す意味があるとは思えないので、敵の能力にある程度あたりが付いた。


 おそらくは、身体能力を強化する力。これなら、始めに地面が強くえぐれたほどの踏み込みにも、俺が受けるのに苦労する攻撃の威力にも説明がつく。

 とはいえ、単純がゆえに厄介だ。どこまでの強化が限界なのかは分からない。それでも、応用の幅は広いからな。


 俺が思いつくだけでも、攻撃の威力を上げる、移動速度を上げる、槍を素早く振り回す。単純に肉体での攻撃だってできそうだ。

 能力が分かったとしても、簡単に勝てる相手ではないことは十分に分かる。

 ハッキリ言ってしまえば、早くて強いだけでとても恐ろしいのだから。


「この程度で止まるものか! 倒れた兵の命も背負っているのだ!」


 アルスからは強い気合のようなものを感じる。大勢の部下を殺されているのだから、当たり前か。

 だが、俺は仲間を誰一人として死なせるつもりはない。だから、お前には倒れてもらうよ。


「犠牲で強くなれるのなら楽なものだな! 見習いたいくらいだよ!」


 流石にこの程度の言葉で冷静さを失う相手ではないだろうが、やって損はないからな。

 俺に注目してくれるのならばそれで十分な成果だし、何もなくても問題はない。


 俺はそのまま敵に向けて剣を伸ばして攻撃する。今度も槍で受けて対処される。

 やはり、俺の攻撃は受けても問題ないと判断されているようだ。なら、できることがあるかもしれない。


「あたしだってここで終わりじゃないのよ!」


 サクラは再び上級魔法を放つ。今度は避けられた。そこに俺は剣を伸ばす。また受けられる。続いてユリアが切りかかっていく。これはかわされる。

 敵はユリアに向かって反撃するので、俺とシルクでカバーする。


「皆さんは私が守ってみせます!」


 実際、シルクのおかげで助かっている場面は多い。俺がユリアを盾で守れない時は、かならずシルクが結界で守ってくれるからな。

 これで分かった。やはりユリアがいちばん警戒されている。まあ、一撃で終わらせられる危険な能力だからな。


 なら、ユリアを守ることを優先していくか。実際、ユリアがいちばん戦いの経験が浅いからな。


「ユリア、無理はするなよ! お前が俺達の要なんだからな!」


「もちろんですっ! リオンさんに勝利を捧げてみせますからっ!」


 ユリアは気合十分といった様子で、敵に攻撃を仕掛けていく。

 そして、敵はユリアに対して反撃を仕掛けようとする。俺もシルクもユリアを守るために動く。


「甘いわぁっ!」


 なんと敵は、ユリアへの攻撃を中断してサクラのもとへと向かう。まずい。サクラは防御を得意としていない。

 だが、俺がここから駆け出しても間に合わない。


「甘いのはそっちなのよ!」


 サクラは敵に上級魔法を放つ。多少手傷を負わせたようだが、それでも敵はサクラに向かって進む。


「取ったぁっ!」


 敵はサクラに向けて槍で突きを放つ。サクラは右手のソローオブメモリーで槍を受ける。

 すると、しばらくの間拮抗して。それから、敵は槍を引き、もう一度突きを放つ。そしてもう一度サクラは攻撃を受ける。


 結果として、サクラの心奏具が、ソローオブメモリーが、はかなく砕け散っていった。

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