6話 ディヴァリアの裏表

 よく分からない男が、急に決闘を申し込んできた。

 ディヴァリアはどんな反応をするのかと思っていたが、普通そうだ。


「聖女様! あなたの傍にこんな小物はふさわしくありません。見ていてください。あなたの優しさにつけこむ不届き者に天誅てんちゅうを与えてみせますから!」


「リオンはそのような事をする人ではありません。落ち着いてください」


「このような者をかばう必要はありません。リオン、まさか逃げはすまいな?」


 面倒だが、仕方ないか。

 こんな無礼なやつが原作にいた記憶はないし、おそらくは弱者なのだろうが。いや、油断は禁物。命を狙ってくる敵に同じ考えをしたら命取りだ。

 まあいい。俺の訓練の成果、試させてもらおうか。


「いいだろう。それで? どういうルールにするんだ?」


「なんだ、卑怯なことでもしたいのか? 決闘なのだから、正々堂々挑むことだな」


 ずいぶん曖昧なことを言うやつだ。

 これは、勝っても面倒なことになるかもしれない。

 さて、どうしたものか。ただの剣で戦ってみるか?

 いざとなったらエンドオブティアーズを使えばいい。とはいえ、言い訳の余地がない形で勝ったほうがいいだろうからな。


 それから、決闘をおこなう場所へと向かって。

 ディヴァリアが見ている中、俺たちは向かい合っていた。


「見せてやろう。俺の心奏具を! 貯蓄たくわえろ――ランスオブファイア!」


 名前も知らないこいつの心奏具は槍らしい。

 そういえば、俺やディヴァリア、サクラの心奏具は効果が分かりにくい名前だな。なにか法則性があったりするのだろうか。名前から心奏具を知ることができたならば、便利だと思うが。


 相手が心奏具を構えるのに合わせて、俺も剣を構える。

 さて、ただの剣でランスオブファイアとやらの温度に耐えられるかな。問題ないのならば、特に障害はないだろうが。

 槍はリーチが厄介とはいえ、構えを見ただけで相手は弱いと分かる。


「なんだ? 心奏具も使えないのか? 君の程度は知れたのだから、降参でもしたらどうだい?」


 バカバカしい。心奏具が使えるかどうかで勝負は決まらない。

 俺が心奏具を使ったところで、素手のディヴァリアにすら勝てないのだ。確かに心奏具には強力なものも多いが、心奏具に依存するなど論外。

 やはり、この男は弱いのだろう。いや、勝負が決まるまでは油断しない。


「さてな。で、来ないのか?」


「言われずとも!」


 勢いよく男は駆け寄ってくる。ただ、有翼連合にいたゼファーの足元にも及ばない動きだ。

 本当に弱いようにしか見えないが、落ち着いて相手に対処する。

 相手が振り下ろしてきた槍を受け流す。なにか炎が飛び出してきたりしないか警戒していたが、特に何もなかった。

 ただの槍として心奏具を使うだけならば、大した敵ではないが。


 そのまま何度か打ち合っていると、いったん相手が距離を取った。

 別に追撃しても良かったのだが、卑怯だなんだと騒がれないために止めた。

 相手は自慢げな顔をして、槍に炎をまとわせる。


「ランスオブファイアの力はどうだい? 今なら降参も許してあげるよ」


 さて、炎を飛ばしてきたり、剣が傷んだりするのなら厄介だろうが。

 そんな様子は見えないからな。一体なぜ勝った気になっているのか分からない。どう考えてもサクラの心奏具の足元にも及ばないのだから。

 まあいい。相手が油断しているのなら楽ができる。


「さっさとかかってこい。臆病者ではないだろう?」


「心奏具も使えないやつが!」


 相手は勢いよく突っ込んでくる。この程度の挑発に我を忘れるんだな。まあ、こちらにとっては都合がいい。

 俺は単調に振り下ろされた燃える槍をかわし、相手の首筋に剣を突きつけた。


「まだ続けるか?」


 相手はうなだれて心奏具を解除する。

 結局、炎をまともにうまく扱えていなかったな。

 俺も心奏具を十分に使いこなせているつもりはないが、こいつほどではない。

 ただ、俺の目標はディヴァリアが暴走した時に止めることだ。この程度の相手に勝ったところで浮かれていられない。サクラに置いていかれないように、ディヴァリアにいつか届くように。


「こんな偶然で君が聖女様にふさわしいとは思わない。いつか追い落としてやる!」


「リオンは私をよく支えてくれています。それに、私にふさわしいかどうかは私が決めます」


「聖女様! なぜそんな愚かなことを! あなたの足を引っ張るだけの相手ですよ!?」


「命が惜しければ止めておけ。それに、お前の言葉はお前の価値を下げている」


 わりと親切心からの言葉だ。

 ディヴァリアの機嫌を本気で損ねたのならば、間違いなく死ぬからな。

 まあ、ディヴァリアがわざわざ手を下すほどの相手とも思えないが。

 とはいえ、死ぬかもしれないのに放っておくのは寝覚めが悪いからな。


「覚えておけ、リオン! 聖女様の威光にすがることを止めてみせるからな!」


 ディヴァリアがそんなことを許す相手ならば、俺はもっと気楽だっただろうな。

 まあいい。いちいち覚えておくのは無駄な相手だ。自分を鍛えることに集中している方がマシだろう。

 俺としては、サクラとの心奏共鳴に近づきたいものだ。

 ただ、急いで絆を深めようとしてもダメだろう。ゆっくり落ち着いて、お互い切磋琢磨していくしかない。


 それから、またディヴァリアとの会話を再開していた。


「さっきは大変だったね、リオン。流石に、あんな相手に負けることはないか」


「聖女様がそんな事を言っていいのか? あいつ、嘆きそうだな」


「どうでもいいよ。別に興味ないからね」


 さっきのやつも、かわいそうなものだ。あそこまで慕っていたのに、眼中にすらない。

 ただ、ある意味では幸福かもな。ディヴァリアの本性を知っていたのならば、今日まで生きていたとは思えない。


「まあ、お前ならそうか。ところで、興味のわいた生徒は居るのか?」


「サクラは気になるかな。あの子、いい子だよね」


 なんというか、年下に対する物言いのような。

 実際、サクラはいいやつなのだが。原作でもそうだったし、出会ってからの印象としても。

 ただ、ディヴァリアが興味をもつのは意外だったな。まだまだ実力的にはディヴァリアの目を引くほどではないだろうに。

 まあ、俺の実力も似たようなものなのだが。


「仲良くするのなら、サクラほど友達として素晴らしいやつは少ないだろうな」


「そこまで評価してるんだ。リオンにしては珍しいね」


 俺が人を評価しないやつみたいに言う。

 さっきのやつみたいな人間に興味がないだけで、俺には尊敬している人も多いが。

 それに、ディヴァリアほど人を見下してはいないと思う。なんだかんだで、ディヴァリアは他者に価値を見出していないフシがあるからな。


「俺だって評価しているやつは居るぞ。ミナやシルク、ルミリエだってそうじゃないか」


「第4王女と魔法の天才に歌姫でしょ? 評価の基準が高いんだよね」


 ミナが第4王女で、シルクが回復魔法の天才、そしてルミリエが歌姫だ。

 3人ともディヴァリアと同じように、原作での敵役。確かルートによって違う相手と戦っていたような。

 まあ、今のミナとシルクにルミリエが悪役になるイメージはわかないが。

 機会を作って、ミナやシルク、ルミリエとも訓練をするのもいいかもしれないな。


「またミナやシルクやルミリエと一緒に遊びたいものだな」


「そうだね。サクラを紹介してもいいんじゃないかな」


 それも面白いな。サクラなら親しくなれるだろうから。環境的におべっかを使う人間が嫌いな3人とは相性が良いはずだ。サクラは気遣いはできるが、世辞のたぐいは言わないからな。

 まあ、またいずれだな。急ぎすぎても仕方ない。


「サクラとならあいつらも仲良くできそうだな」


「うん、そう思うよ。それに、私もサクラと仲良くしたいな」


 ディヴァリアがそんな事を言うなんて珍しいな。

 さっきの俺じゃないが、ディヴァリアが人を気に入るなんてなかなか無い。


「なら、そのうち交流を深めたいものだな」


「個人的なパーティでも開いてみようか。そこでみんなを紹介しようよ」


「ああ、いいな。いつ開く?」


「私はいつでもいいけど、みんなの都合を聞かないとね」


「そうだな。なら、みんなに会いに行かないとな」


「うん、それがいいよ。有翼連合の件があって、リオンを心配していたから」


 ディヴァリアの言葉で、俺はみんなと会いに行くことを決めた。

 楽しみだな、旧交を温め合うのは。これから、時間を作ろう。

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